第28話 現れる犠牲者


「全く」美佐子が舌打ちする。

「あの二人は何なの?」

 しかし反対に真絢は真剣だった。


「何か起こったのかしら? 少し変じゃない夏姫さん」


 言われてみれば、夜野姉妹にしては酷く割れた悲鳴だ。彼女達は『おちゃめ』の芝居でも、どこか体裁を気にしている。


 今の悲鳴はもっと原始的な激しい声の乱舞であり、なり振り構わない響きがあった。


「行ってみましょう!」


 真絢に夏姫は従った。自然と美佐子を置いていく事になるが、今は考えが及ばない。

 聖堂から飛び出すと、夜野姉妹が、近くにあるバラの温室から這って出てくる所だった。

 使われなくなった、窓も汚れ曇っている、廃屋のような温室。


「どうしたの?」 


 夏姫が彼女達に駆け寄ると、人形を抱く利恵瑠や有紗も校舎から走って来た。

「夏姫さん! 碧さんは見つかった?」

 まだ利恵瑠は、事情を全く知らない。

「あれ? いるじゃん夜野双子」

 有紗も首を傾げる。


「夜野さん! 藍さん、碧さん」


 夏姫は説明を省いた。省かざるおえない。


 夜野姉妹の姿が尋常ではないのだ。

 常にほつれ一つ無くセットされていた髪はぼさぼさで、目は剥き出されてこぼれ落ちそうだ。小さな可憐な唇は歪み小さく震え、真珠色の歯が食いしばられているが覗けた。


「藍さん!」


 どちらが藍か分からないが、とにかく夏姫は姉の名を挙げる。

「あ、あれ……」片方の少女が、震える指を温室へと向けた。


 不吉な予感に襲われる夏姫だが、先程の醜態の挽回にわざと勇敢に肩を張ると、温室の汚いガラス扉を開いた。

 枯れたバラが散乱している。


 市立聖クルス学園の校章は薔薇だ。故にかつては、数年前まではこのバラの温室は係によってぴかぴかに磨かれ、バラ自体も丁寧に大切に栽培されていた。


 どんな季節に入っても、機械の力で温度を一定に保っていたバラ温室は、沢山の色や種類のバラが咲き誇っていた。


 世界が変わるまで、だ。


 現在バラ温室にはびこるのは、水分を失いただ腐っているバラの死骸にすぎない。

 バラの死骸に……。


 夏姫は温室に一歩入り、固まった。二歩目はない。そんな度胸はない。

 温室は真っ赤だった。赤いバラが一面に咲き誇っているかのように。

 違う、バラではない。窓に、床に、円い天井にまで飛び散っている鮮血だ。


 夜野姉妹の悪戯で脅かされ失神した夏姫だが、どうしてかこの凄惨な光景では精神が保った。


 誰かが背後ではっと息を呑む。

 利恵瑠だ。多大な好奇心故にじっとしていられなかったのだろう。持っていた人形が落ち、夏姫の足元まで転がったから、分かった。


 血まみれのバラ温室。だが誰から噴出した血なのか、すぐには判別できなかった。

 当人の姿、つまり死体は奥のガラス窓に立て掛けられているかのように座っていたが、首がない。


 市立聖クルス学園の生徒だ、とだけは血に濡れそぼった制服から確信する。

 騒ぎが大きくなる。

 利恵瑠が耐えられなくなり外に逃げ出したし、夜野姉妹も状況を喋られるようになったのだろう。

 夏姫は体の芯の麻痺を堪え、もう一歩進む。


 額の奥に釘でも打ち込まれたような鈍痛があるが、それを無視しよくよく辺りを見回す。ようやく死体の正体を突き止めた。


 李乃だ。行方不明になっていた原李乃。間違えることのない証拠が枯れたバラの中に転がっていた。


 首。


 原李乃の首は横倒しに捨てられていた。

 ただし、一目で李乃だと分かったわけではない。首には彼女のセミロングの髪がべったりと絡みつき、死の瞬間の凄絶な表情も相まって咄嗟には見分けが付かなかった。


 夏姫はぼんぼんと飛び跳ねそうになる鼓動を必死に抑え、じっと見つめて李乃に話しかけた。


「李乃さん……りの……さん」声は震えた。


 今更後悔が襲ってくる。

 何故、最初の浅香那波の時にもっと皆の身の危険を顧みなかったのか。何故、李乃の失踪について本気にならなかったのか。何故、学内の不穏に目をつぶったのか。

 今更だが理解できない。自分達はどうしてこんなに、愚かだったのだろう?


 夏姫は肩を抱いて身震いした。朧だった悪意は、ついにはっきりとした形を取り眼前に姿を現した。


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