第29話 後悔

 しばし経つと皆が温室へと入って来た。

「くそっ」と、誰かがぎりりと歯を食いしばる。


 有紗だった。生前の李乃と最も仲が悪かった生徒だ……夏姫はどこかで安心する。李乃となら有紗の方が好きだ……李乃で良かった。


「下層市民の奴らめ、やりやがったな!」


 有紗はそう吐き捨て、バラの残骸が散らばる地面を蹴る。

「選ばれなかった負け犬のクセにオレ達を……」

「す、すぐに警察を呼ばないと」 

 上ずった声で提案したのは、引き返してきた利恵瑠だ。

「警察?」


 有紗の顔が険しくなるのも仕方ない、ここは女子校、青春期の乙女の園だ。


 無粋な男達、融通の利かない政府の連中を入れるのは、躊躇われた。


「そんな場合じゃないでしょっ!」


 利恵瑠は耳が痛くなる高い声で喚いた。

「先生、何て言うかな? 警察呼んで良いかな?」


 利恵瑠の更に後ろからそっと、真絢が問題提起する。

 意味は分かる。学校、特に聖クルス学園のような名門校は警察ざたを忌み嫌う。それによって学校の名に修復の難しい傷が付くからだ。


「今は非常時よ。それに何も手を打たない方が、下層市民を思いあがらせるわ」

 そう言って夏姫は唇を噛んだ。


 もう警察しか選択肢はない。憎しみを生む格差社会故、この悲惨な事件も下層市民には楽しい娯楽として語られるだろう。


 夏姫は戦慄する。自分達に向けられた眼差しの暗さと深さは、そこまで到達している。


 ……青春の破滅、あの大事件はもう間近に迫っていた。


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青春少女 夏姫は学園の平穏と、青春を守りたい……殺人鬼? 関係ない! 守ってみせるっ! やたか @yatake0428

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