第24話 未来とつながる線

 出版社で編集長とのやりとりを済ませたあと、私はマチコを探した。

 石室で見た“未来”の出来事。あの奇妙な感覚を、誰かに話さずにはいられなかった。

 そして、もし話す相手がいるとすれば、それはマチコしかいないと思った。


 私は確かに見たのだ。

 二十二年後の、まだ見ぬ年号“令和”七年。

 私は三十歳のまま、マチコは四十歳になっていた。

 あの夕陽が落ちる港で、彼女は言った。

 「あなたは一人で生きられないものね」


 その言葉の意味を知りたかった。


 今のマチコは十八歳。

 私との年齢差は十二歳。

 だが、あの未来では逆転していた。

 時の流れがねじれていたのか、それともあれが夢だったのか、いまだに確信は持てない。


 マチコは少し驚いた顔をして、私の話を聞いていた。

 「わたしが四十歳だなんて、想像できません」

 そう言って、恥ずかしそうに笑った。

 「でも……オバチャンの仲間入りね」


 その無邪気な笑いが、どこか遠くの記憶を刺激した。

 あの港の黄昏の光、髪をなびかせて笑う彼女。

 たしかに、この笑顔だった。


 「でも不思議な体験でしたね」

 マチコは少し考えるようにして続けた。

 「わたしは信じます。だって信じてくれる人がいなかったら、あなたはナイーブだから、きっと生きていけないかもしれない」


 そう言った瞬間、マチコの表情が一変した。

 自分の言葉にハッと気づいたようだった。

 その言葉が、あの未来で彼女が語ったものと同じだったからだ。


 私は黙ってマチコを見つめた。

 言葉を交わさなくても、互いに理解していた。

 いま、この瞬間に、過去と未来が確かに接続されたのだと。


 そして私は思った。

 時間とは、線ではなく、輪なのかもしれない。

 マチコのその表情が、まるで未来へと伸びる“線”のように、私の胸の奥に焼きついた。



 しかし、現実に戻れば問題は山積していた。

 マチコにはひとつ、懸念があった。


 私が“神隠し”状態のとき、もし何らかの事件が起きた場合。

 そのとき私は、どこにも存在しなかったことになる。

 アリバイを証明できず、容疑者として逮捕される危険がある。


 そのことを誰よりも恐れていたのは、マチコだった。

 だから彼女は言った。

 「旧日方邸の調査からは、もう手を引いてください」

 その声には、記者としての冷静さではなく、私を思う優しさが滲んでいた。


 「たとえジャーナリストという立場ではなくなったとしても、それでいい」

 マチコは、まっすぐな目でそう言った。


 「オカルト雑誌の部署でも構わない」とも。

 私を失いたくない、その想いが痛いほど伝わってきた。


 不意に選択を迫られた気がしたが、私は答えを用意していなかった。

 ただ、マチコとの関係を深めようとするなら、その答えはひとつ……

 ジャーナリストを辞めることになる。


 どうすべきか。

 私の見た未来、“令和七年”は確定したものなのか。

 ここでどちらを選ぼうとも、あの結末に辿り着くのか。


 私は再び、あの石室へ行き、壁に触れる必要があるのかもしれない。

 私が三十歳であるために……

 それは、意味のあることなのか。


 わからない。

 何も、わからない。


 真実を掴む日は、本当に来るのだろうか。


 そんな時、携帯電話が震えた。

 画面には「佐藤」の文字。

 私は無意識に通話ボタンを押した。


 「宇佐美が亡くなったよ」


 耳に届いたその声は、遠くで鳴る鐘のように、現実を告げていた。

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