いただきます
要四季
いただきます
一枚の紙が届いた。
全てを告げる、一枚の赤い紙。
○──────────
机の上にずらりと並ぶのは、今までに見たことがないほどの料理の数々。
「本当はお正月用のお米だけれどね。思う存分食べていきなさい」
生まれた時から怒るところを見たことがないほど優しく、穏やかな母の声。
母が台所から最後の皿を運び、静かに腰を下ろす。
「これはお隣さんがわけてくれた卵だ。ありがたいことだな」
長いこと病気をしてやつれてはいるが、いかなる時も瞳に強い光を宿している父。
茶を注ぎながら言う父の言葉に、深く頷く。
「ほんの少ししかなくて申し訳ないけれど……」
貴重な小豆を使った、ほかほかと湯気を立てるぜんざいを差し出す祖母。
そのお椀に添えられたしわくちゃの手が、ほんの少し震えていて。
「お兄ちゃん、ぼくこんなごちそう見たことないよ!」
卓に並ぶたくさんの料理に目を輝かせ、無邪気に笑う弟。
腹に回された温かい腕の感触に、頬を綻ばせた。
みんなの視線が自分に向けられる。
力強くて、でもどこか悲しみを抱えていて、どこまでも優しい視線。
「いただきます」
そっと口に運んだ料理はどれもこれも美味しくて温かかった。
ゆっくりと口を動かしながら、目に堪えようのない涙が浮かぶ。
人生にはこれほどの幸福があっていいのだろうか。
潤み揺れる世界の中、小さな器に収まる銀シャリがどんな宝石よりも美しく輝いていた。
○──────────
ともに飛び立った仲間たちが、一機一機と減ってゆく。
制御が狂って海に落ちる者。敵船に撃ち落とされる者。
短期間とはいえ寝食をともにした仲間が次々と消えていく辛さは筆舌に尽くし難い思いだ。
この辛さを母に、父に、祖母に、そして弟に味わわせてしまうことが申し訳ない。
しかし必死に操縦桿を握りながらも、心の中は不思議と落ち着いていた。
こんな馬鹿なことが、と思わなかったわけじゃない。
でも、あの日の幸福な時間を思うと、自分の人生は素晴らしいものだったと思えた。
自分を思って泣いてくれる人がいる、それはとても幸せなことに思えるから。
あの日のみんなの視線が、銀シャリの輝きが脳裏に浮かぶ。
「ありがとう」
目の前に迫る軍艦を前に、笑った。
いただきます 要四季 @Punyon
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