【1-16】黒いドラゴン(ウォレスside)
炎が収まった後、地べたに伏せた身を起こせば、炎が当たった地面は赤く熱し穴を作っていた。その傍らには逃げきれなかったのか、エルフらしきものの黒い遺体や赤く高温に熱した鎧が何体もあった。
その残酷な光景に衝撃を受けつつも立ち上がると、庇ったレン様と、マコトと呼ばれていた女人が顔を上げる。
「怪我はございませんか。レン様」
「う、うん……何とか……って、それよりもキサラギは⁉︎」
「キサラギは……」
恐らく大丈夫だと信じたい。ライオネルの姿もない事から、彼を助けに向かったのは間違いないだろう。とはいえ別問題、彼らだけにしといて大丈夫かという気掛かりはあるが。
そんな不安を抱えつつも、すぐ様意識を切り替えると俺はドラゴンのいる方向を見る。
そこにはあのドラゴンの姿は消え、代わりに黒い外套を頭から被った男が立っていた。手には大剣。そして炎に照らされて見え隠れする顔には見覚えがあった。
風に揺れ、よりその顔が露わになると、黒髪に緑の鋭い目が見えた。
「クリアスタルの
そう疑問を吐露すれば、ブーリャは外套を揺らしながら、こちらへ歩いてくる。俺はレン様とマコトの前に立ち塞がりつつ、刀を構えるが、その男から感じるただならぬ覇気に手が震えた。
それもその筈。龍狼の騎士というのは、
その中でもこの男はその騎士らをまとめる龍狼隊の隊長も務めている。
(しかもあいつはただの竜人ではないと聞いた事がある)
そんな人物に対して、俺は二人を守り切れるだろうか。視線を逸らさずとも、睨んだまま刀の切先を向けていると、ブーリャは足を止める。そこに現れたのはこの里の村長だった。
「ブ、ブーリャ様、何故我らにこの様な事を⁉︎」
「何故? それはお前達の国の主に訊ねるといい」
その言葉に村長だけでなく、周りの人々も言葉を失う。それを他所にブーリャは言葉を続けた。
「我らヴェルダ及びクリアスタルは、魔鏡領域にて最も相応しい守神様の配下の国である。それに比べてエメラル及びラピスラは、守神様に従うどころか反感の意を示している」
それはあまりにも魔鏡領域には相応しくない。そう言って、ブーリャは村長に向けて高々と大剣を振り上げる。
「改革には犠牲は付き物だ。お前達は残念だが、この国の新たな未来への礎として眠ってもらおう」
「……っ、ブーリャ様!」
村長の悲鳴が上がる。だがブーリャは躊躇いもなく、大剣を下ろした。
悲鳴は断末魔へと変わり、頭部に致命傷を負った村長はその場へ倒れ込む。
「っ」
この光景に全員が言葉を失う中、一人の里の男のエルフが激昂混じりに、ブーリャに向かって行けば、ブーリャはその男も虫を払うかの様に大剣を薙る。
男は腹部を大きく裂かれ、同じく崩れ落ちると、こちらを見つつ村長を踏み越えて歩んでくる。
(狂ってる)
本当にこいつはあの龍狼の騎士か? そう疑いたくなる位に、やっている事は非道だった。
と、隣にいたレン様が声を震わせつつ、ブーリャ様に言った。
「どうして、こんな酷い事を……‼︎」
「酷い事? これは報いだ。文句を言いたければ、エメラル王に言うといい。……最も、聖園領域の国のお前達がこちら側の問題に口を挟む権利は無いと思うが」
「っ……気付いていたのか」
こちら側を知っている素ぶりに、つい問いを口にしてしまうと、彼は笑みを浮かべ「ああ、知っているとも」と言って、歩む速さを上げる。
「桜宮……八年前は良くもヴェルダを攻撃してくれた。このまま我らの邪魔をするというのなら……鬼村の二の舞にしてくれよう」
「っ⁉︎」
大剣を構えたかと思いきや、ブーリャは勢いよく突進してくる。その行動に構えるのが遅くなった俺は、モロに左肩に攻撃を受け、後方に飛ばされる。
激痛と共に、肩から聞こえた嫌な音に顔を顰めると、地面に叩きつけられ、背中を強打する。
(っくそ、左腕がやられた)
力の入らない左腕。骨や筋がどうにかしている事は見なくても分かった。しばらく地面に伏せつつも、どうにかして上体を起こせば、レン様がこちらに走る姿が目に入る。
だが、その背後からブーリャが大剣を大きく振り下ろそうとしているのが見えた。
「っ、レン様‼︎」
後ろと声を上げる。けどもう間に合わない。
そう思った時、ブーリャの右肩に刃が飛び出す。
「っ⁉︎」
ブーリャにとっても予想外だったのか、降ろされた大剣が力無く落ち、レン様は足が絡れつつも、ブーリャの方を振り向く。
ブーリャも後ろを振り向いた時、その人物に向かって唸った。
「お前……!」
「っ……やめろ」
そう言い返しつつ、薙刀を握りしめたマコトはブーリャを睨み返す。だが、すぐにブーリャによって強く押し返されると、彼女は地べたに倒れ込む。
ブーリャは肩に刺さった薙刀を引き抜いた後、「面白い」と言って、マコトに手を伸ばす。
「マコト‼︎」
レン様が彼女の名を呼び、刀を握って向かう。当然ながらそれは無謀という者で、ブーリャは振り向き様にレン様を地面に叩きつけると、マコトの首を掴む。
「っ、あ」
「先程の攻撃。中々のものだった。しかし。結局はそれだけ。だがその勇気に免じて……楽に眠らせてやろう」
「っ、マコト……!」
地面に膝をつきつつも、レン様が手を伸ばす。その間にもマコトが首を掴まれたまま持ち上げられると、彼女の口から苦悶の声が上がる。
このままでは彼女が危ない。そう思ったのと同時に、脚に力を入れて立ち上がるなり、地面を蹴って迫る。と、そこに別方向から何かが飛来するのが見えた。
「!」
ブーリャがそれに気付き、マコトの首から手を離すと、それに向かって大剣を振り上げる。
一方で地面に落とされたマコトはしばし咳き込んでいたが、直後その目前に現れたキサラギを見れば、眉を下げつつも笑みを浮かべた。
「キサラギ……」
「……大丈夫か?」
マコトに対してキサラギはそう訊ねると、彼女がこくりと頷くのが見える。
ブーリャはキサラギを見るなり手を伸ばすが、キサラギは足元に刺さっていた短刀を足で引き抜き、上手く手元まで蹴り飛ばすと、突く姿勢に入った。
至近距離である以上、キサラギの方が有利であるのは確かで、マコトが貫いた肩に向けて、今度はキサラギが刃を穿つ。
この攻撃に流石のブーリャも身を退けると、彼らを睨みながら大剣を握る。
「……っ、随分と厄介なものを」
そう苦し紛れにブーリャがいう中、キサラギはブーリャを見つめたまま静かに返した。
「まだやるなら相手してやる。だが、その腕じゃもう大剣は握られないだろ」
「っ……くそ」
舌打ち混じりに言った後、ブーリャの身体が黄金色の光に包まれる。して、再びドラゴンの姿になった後、いそいそとこの場を離れていった。
ブーリャがいなくなり辺りは静まった後、キサラギは歩み寄る俺を見るなり謝ってくる。
「すまない。遅くなった」
「いやいい。無事であれば……それよりもライオネルは」
「ああ。あいつは人質になっている」
「人質?」
何でまたそんな事に。堪らず素っ頓狂な声を上げてしまうと、キサラギは頭を掻きつつ面倒そうに返した。
「この状況をケンタウロス族にも知られたみたいでな。納得する説明が出来るやつを連れてこいと」
「ああ……それでライオネルが」
理解は出来たが、これはこれで面倒な事になった。そう思っていると、ふとキサラギがある方向を見て黙り込む。俺もそちらを見れば、倒れた村長達に集まる里の者達の姿だった。
キサラギはその光景を見るなり、小さな声で言った。
「あいつがやったのか」
「……ああ」
「……そうか」
声色を落としつつ、キサラギは返す。して、傍らにいたマコトの元に行くと、俺は俺で地べたに座り込んでいたレン様に歩み寄った。
レン様は茫然としていたが、俺が近づくと眉を下げて今にも泣きそうな顔で言った。
「何も、出来なかった」
「……はい」
それは俺だって一緒である。歴然とした差を見せつけられて、傷一つすら付けられなかったのだから。
しゃがみ込み、レン様と目線を合わせると、狐の面を外しつつ言った。
「今は互いに生きていたという事だけ良しとしましょう」
「……」
俯きつつレン様が頷く。そして微かに涙ぐむ声が聞こえると、俺はその場に座り込んだ。
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