【1-15】仇との再会

 集まっていたエルフの中には、療養していたトウの姿もあった。彼は頭を抱え怯えていると、タルタがすぐさま駆け寄り様子を見る。

 周囲を見れば負傷しているエルフの姿もあり、それぞれが手分けして手当てをしていた。


「ヴェルダの仕業……なのか?」

「……と思うが」


 果たしてどうなのか。俺の呟きに対し、ウォレスはそう返すと、刀の柄に手を添えつつ燃え盛る里を警戒する。

 騎士達があれだけとは限らない。もしかしたらまた別の攻撃を仕掛けてくるかもしれない。そう考えていた時、木々が揺れ、炎が高く上がる。


「!」


 その炎は渦を巻き、ものすごい速さで迫ってくると、エルフ達の騒めきが大きくなる。とはいえ、避け切れる程逃げ場がある訳でもなく、ふと脳裏に諦めと共に死の文字が浮かんだ。


(焼き尽くされる)


 眩い光と共に高温が肌を焼こうとしてくる。何も出来ず目を強く瞑った時、辺りに一人の男の声が響いた。


「大地の雫よ! 我の手に集まれ!」

「!」


 そんな呪文と共に、火災旋風を打ち消す様に高く水柱が上がる。それが高温によって蒸発すると、辺りが白く霞んだ後、中から一人の男が現れる。

 黒髪を後ろで一つに束ね、腰には水色の巻かれた羽織。して、振り向き様にその男の顔を見て鬼村の記憶を鮮明に思い出す。


「赤い右目と、紫の左目……」


 似ているのはそれくらい。だが、自分の五感がはっきりとあの化け猫の魔術師だと理解していた。

 その人物にはウォレスやレンも驚いていて、それぞれが彼の名を呼ぶと、そちらを向いて笑う。


「良かった。間に合って」

「何でここに」

「何でって……レンに続いて、ウォレスも中々帰ってこないからさ。心配してきたんだよ」


 それよりも。と、魔術師の視線がこちらとぶつかる。俺は思わず抜いた短刀を握りしめると、彼は目を見開いた後、眉を下げつつ目を逸らす。

 思いがけない形での再会。それも、助けてくれた。本来ならば礼を言うべき場面であるのは分かっている。けれども、頭に浮かぶのは恨みや怒りだった。

 それが口から出てきそうになるのを何とか堪えると、深く息を吐いて顔を逸らした。

 互いになんとも言えない気まずい空気が流れる中、その空気を引き裂く様に、辺りに獣の様な咆哮が響き渡った。


「っ⁉︎」


 思わず肩を跳ね上げると、真上に大きな影が強風を引き連れ遮っていく。して、少し離れた場所に旋回しつつ降り立ったそれは、炎によって黒い鱗を輝かせるドラゴンだった。


「ドラゴン⁉︎」

「え、でもトウはそこに……」


 レンが声を上げると、マコトは困惑した表情でトウがいる方を見る。俺も見れば、タルタに付き添われている人の姿のままのトウがいた。

 トウはそのドラゴンを見るなり、より強張った表情を浮かべると、ドラゴンは鋭い牙が並んだ大きな口を開ける。その喉奥がやけに明るく輝くと、ウォレスが振り向き様に叫んだ。


「っ、炎を吐くぞ‼︎ 逃げろ‼︎」

「⁉︎」


 ウォレスの忠告の直後、真っ赤な炎がこちらに襲いかかる。俺達はそれぞれ左右に跳び避けるが、何を思ったのか、ドラゴンは徐々にこちらに向けて炎を吐いていく。

 逃げ続けるも、その先に迫るのは先が見えない崖だった。


(っくそ、また……)


 一難去ってまた一難。足元の見えない崖へ飛び出すか、炎が避ける事に望みを掛けるか。

 駆けていた足が止まり躊躇していれば、背後から強い力によって押され、崖の下に落ちる。瞬間頭上を炎が掠った後、俺は振り向くとそこにはあの男がいた。


「っ、何の真似だ‼︎」

「喋らないで! 舌噛むから‼︎」


 そう言われて、口を閉ざすも睨むと、少しして激しい音を立てて川に落ちる。川底は深く、一瞬沈んだ後顔を上げると、腕を掴まれ男によって岸に上げられる。


「大丈夫? 怪我はない?」

「……ああ」

「そう」


 俺の返事に男は安堵の息をつくと、遠くで燃える里を見つつ、立ち上がる。

 俺もつられて立ち上がると、川に落ちる前に鞘に納めていた短刀を再び抜き、男の背中に刃先を突き付ける。

 俺は小さく反応するも、しばし黙り込んだ後、「ごめん」と謝る。


「たったそれだけで済む様なものじゃない事は分かっている。……それに謝るのが遅くなったのも、悪かった」

「……」


 唇を噛む。突きつけた短刀に力を込めれば、僅かに彼の背に刺さるのが分かる。けど、これ以上は出来なかった。


(仇がここにいる)


 このままやれば、復讐は果たされる。……でも。

 カタカタと短刀を握る手が震える中、俺は一人「どうして」と叫んだ。


「後少し。後少しだったのに……‼︎ 何で力入らねえんだよ……‼︎」

「……」


 衝動的な感情が徐々に雁字搦めになって下火になっていく。そうしている間に、手から短刀が滑り落ちると、俺は頭を抱える。

 胸が痛い。頭が痛い。手足は痺れて、目の前が真っ暗になる。


(どうして)


 仇となる人物が悪人ではなかったのだろう。頭領達を殺めた事が正しかったと言ってさえくれたら、俺はすぐにその背中に刃を突き刺せたのに。

 俯く俺を他所に、男はそっと振り向く。と、再度小さく「ごめん」と謝って、足元に落ちた短刀を拾い上げる。してその短刀を見つめると、寂しげに呟いた。


「俺が言うのも何だけど。アンタが生きていてくれて。そしてここまで大きくなっていて嬉しかったよ」

「……」


 言葉の後、俺の左手を掴むと短刀を握らせる。それに顔を上げた時、背後から風を切る音が聞こえて振り向いた。


「‼︎」

「危ない‼︎」


 男の声が間近に響く。と、俺の腕を引き寄せ腕の中に閉じ込める。続いて頭上から男の呻き声が聞こえると、そのままこちらに身を寄り掛からせる。


「お、おい」


 咄嗟に男の身体を支えつつ、男の肩越しに彼の背を見れば、鎖の付いた鎌が刺さっていた。

 男は俺の肩を掴み、何とか頭を上げるも、その顔は痛みで歪んでいた。


「お前……何で俺を……!」


 何度も身を挺して守ろうとする彼に、俺は戸惑い混じりに声を上げる。それに対して男は考える様に黙り込んだ後、「それぐらいしか出来ないから」と言った。


「それくらい? まさか償いとでも言うのか?」

「ははっ、まあ、否定は出来ないかも……けど、もう、これ以上失いたくはないからさ」


 そう力無く笑うと男はよろめきながらも、自立する。そこに里を襲っていたあの鎧騎士達がぞろぞろと武器を片手に現れた。


「崖から落ちてくる者がいるかもしれない。……やはりブーリャ様のお考えは素晴らしい」

「ブーリャ? どこかで聞いた事のある名前だね……」


 鎧騎士の言葉に、男は笑みを浮かべつつ鎧騎士を見る。俺も俺で鎧騎士を見ると、前衛の背後から弓を構えた騎士が複数人見えた。

 傍には先程落ちた川。自分を挟んで反対側は木々であまり隙間はない。


(それに手負いのこいつもいる)


 助けてもらって何だが、この状況で一番の不安はこいつだった。

 色々と考えを巡らせた後、相手の騎士達が一歩ずつ近づいてくる様子に、俺は男に声を掛けた。


「お前、魔術師だから後方支援位は出来るよな」

「え? ま、まあ出来るけど……」


 何をする気と男は怪訝な顔でこちらを見る。俺は正面を向くと、短刀を握りしめつつ言った。


「あいつらを足止めさえ出来ればいい。後は俺が何とかする」

「何とかするって……あっ、ちょっと⁉︎」


 男の言葉を他所に、俺は前に出る。俺が出た事で騎士達も武器を振り上げ、矢を飛ばす中、俺は目の前にいた騎士を勢いよく足蹴りした後、その後方から迫ってきた騎士にぶつける。

 運悪く後方の騎士が持っていた武器が、ぶつけた騎士に当たると、倒れ込んでしばらく動けない様子だった。


「き、さま‼︎」

「っ!」


 今度は背後から大きな金槌を持った騎士が振り上げる。俺はそれを後退して避けると、そこにいた騎士を前に押し出し、金槌の相手をしてもらった。

 そうして次々と交わしつつ、敵を減らしていくと、矢が飛んできて、それを短刀で弾く。


(流石にった方が良いか?)


 とはいえ、いざ自らの手でやろうと思うと、拒む自分がいた。その躊躇の中、とにかく前に出ると後方から赤い光が数発飛ぶ。

 それが弓を構える騎士達を次々と倒すと、俺は足を止めた。魔弾が直撃した騎士達を見下ろしつつ、息を整えていれば、足音が聞こえる。振り向くと男が立っていた。


「……お疲れ」

「ああ……」


 頷いた後、額から滴る汗を拭う。して未だに燃える里を見れば、俺達は先を急いだ。

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