カノジョだと、いつになったら、キミは呼ぶ?

山本正純

第1章 帰ってきた幼馴染

第1話 転校生、杉浦薫 前編

「やっぱりいないなぁ。ズボン履いてる女子!」

 春らしい暖かな空気を肌で感じ取りながら、スポーツ刈りの少年、佐藤優輝さとう ゆうきは溜息を吐き出した。いつもと同じ教室で会話を楽しむ女子生徒。白いワイシャツに赤色のネクタイを閉め、紺色のブレザーを羽織った彼女たちは、何も変わらない。今年からジェンダーレスに配慮して、女子生徒もズボンを着用できるようになったのだが、どこを見渡しても、紺色のスカート姿のままだ。

 そのことに不満を漏らすガッチリとした体つきの彼の右肩を、黒髪短髪の活発な体育会系少年、天野光太あまの こうたが優しく叩く。


「ズボン履いてる女子はレアだ。ジェンダーレスに配慮しろって言うけど、選択肢が増えるだけで何も変わらないってことだろうな」 

「ズボン履いてる女子を拝んでたら、スマホゲームのガチャでレアキャラが当たりそうなんだ。このクラスに神様はいねぇのかよ!」

「まあまあ、落ち着けよ。みんな様子を見ているんだ。3カ月くらい待てば、少しずつ増えていくさ」

 光太が宥めるように両手を広げる。だが、優輝は落ち着きを取り戻さない。 

「それじゃあ、遅いんだよ! あゆにゃんのバースデーガチャの限定カードが欲しいんだ! アレが手に入るのは今年だけなんだ! お小遣い全額課金しても、手に入るか分からん。クソ、こうなったら、転校生に全てを賭けるぜ!」


「転校生?」

 優輝の言葉が引っ掛かった光太が首を傾げる。

「知らないのかよ。このクラスに転校生が来るらしいぜ。そいつがズボン姿の女子だったら、万事解決だ!」

「この前まで、かわいい転校生来いって言ってなかったっけ?」

 光太が目を点にした瞬間、チャイムが鳴り響いた。それと同時に、ドアが開き、担任教師が顔を出す。

 教卓の前に立った担任教師は、着席した生徒たちを見渡すように首を動かす。

「おはようございます。鈴木です。今年もよろしくお願いします。ということで、お待ちかねの転校生登場です!」


 担任教師が右手でドアを示す。クラスメイトたちが息を呑み、転校生の登場を見守ると、すぐにドアが開く。ゆっくりと教室内に入ってきた転校生はズボンを履いている。黒髪短髪で160センチほどの身長の転校生の容姿は整っており、優しい雰囲気を漂わせている。


「イケメンじゃね?」

「芸能人みたい……」


 クラスメイトたちのヒソヒソ話を耳にしながら、転校生は深呼吸しながら、顔を前へ向ける。


「初めまして。杉浦薫すぎうら かおる……えっ、光太?」

 見知った顔を見つけた薫が目をパチクリと動かす。一方で、自分の名を呼ばれた光太は、ジッと転校生の顔を見つめた。どこかで会ったような気がする。そう感じ取りながら、記憶を手繰り寄せた光太は、驚きのあまり、自分の席から勢いよく立ち上がった。

「なんだよ。転校生って薫かよ。久しぶりだな。元気だったか?」

「……その話は、また今度。えっと、改めまして、杉浦薫です。生まれ育ったこの街に戻ってこられて、嬉しいです。よろしくお願いします!」

 簡単に自己紹介した薫が一礼すると、クラス中から拍手が響いた。



「おい、薫。久しぶりだな!」

 休憩時間、教室の中央に位置する転校生の杉浦薫の席に天野光太が歩み寄った。右手を大きく縦に振ってアピールする光太に対し、薫は小さく頷く。

「うん。久しぶり。まさか、光太と同じクラスだったなんてね。ビックリしたよ」と笑顔で返す間に、薫の周りにクラスメイトたちが集まっていく。

「おい、光太、お前らどういう関係だ?」

 右手を大きく挙げながら尋ねた優輝が、光太の右隣に並ぶ。それに対し、光太は同じ疑問を抱えているであろうクラスメイトたちの顔を見渡しながら、答えた。

「幼馴染だよ。10年くらい前まで、一緒にサッカーで遊んでた。サッカークラブでは、俺の頼れる相棒だったんだぜ」

「なるほどな」と腕を組み考え込む優輝を薫がジッと見つめる。

「光太の友達?」

「ああ、紹介がまだだったな。佐藤優輝。俺と同じサッカー部の友達だ。小学校からの友達な」

 光太が左手で優輝を示す。「どうも」と優輝が頭を下げた後で、光太が薫の右肩を軽く叩いた。


「薫。サッカー部に入らないか? 夏の大会で引退だから、5カ月くらいしかできないけどさ。俺らとサッカーできるぜ!」

 優輝が元気よく右手を差し出す。だが、薫はその手を取らず、申し訳なさそうな顔で両手を合わせた。


「……ごめんなさい。実は病気になっちゃって、昔みたいに光太とサッカーできないんです。激しい運動をすると、気を失っちゃうから、体育も見学です」

「マジかよ。大丈夫か?」

 心配そうな表情の光太が薫の顔を覗き込む。それに対し、薫は首を縦に動かした。

「大丈夫。定期的に通院したり、毎日薬を飲んだりしないといけないけど、それ以外は普通の生活ができるから。サッカーはできないけど、ゲームとかなら一緒に遊べそう」

「それならいいや。じゃあ、今度の日曜、俺の部屋でサッカーゲームしようぜ」

 光太の提案に、薫は「えっ」と声を漏らす。

「俺、何か変なこと言ったっけ?」

 困惑する光太の前で、薫は誤魔化すように両手を振る。

「ううん。何でもないよ。その日なら予定ないから大丈夫そう」

「ホントか。日曜が楽しみだ」と光太は笑顔になった。


(まさか、ホントに……いや、そんなわけない)と杉浦薫は心の中で呟いた。

 光太とは10年離れていたが、昔と関係は変わっていない。だが、その事実は彼女に疑念を抱かせる。


 天野光太は、杉浦薫の正体に気が付いていないのではないかと。











 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る