ROUND21 ザ ファントム オブ ザ コロッセオ 怪人

 リキとアイちゃんがアプリで近くのレストランを探し始めた。自分としてはとりあえず消化しやすい多糖類の食事がある場所ならどこでもいい。


 しばらくあれこれ話し合ってイタリアンのお店に決まったようだ。徒歩で行けるところらしく、会場に荷物だけ置いて出かけることにした。


 皆でお洒落な街で秋の爽籟を感じて歩く。今夜バンテージのみの殴り合いをするなんて、なんの冗談なのかと思ってしまうような清々しい瞬間だ。程なく『ローマの休日』に出てくるジェラート屋みたいな印象のレストランについた。入り口に入ると直ぐに席に案内される。


 「トマトリゾット4皿分を大きめの1つの器に入れてください。お米は限界まで軟らかく煮て」

 お腹が空いていたので席につくやいなやお店の人に注文した。店員が苦笑いしている。何だろう。リキとアイちゃんを見てみる。2人も店員と同じ顔してる。

 「ちょっとケイちゃん。ごめんね店員さん。とりあえずリゾット4皿を柔らかめでお願い。他の注文は後で」

 リキが店員に注文をし直して謝ってる。何だ、やらかしてしまったか。こんな不良に自分のマナーがなってないかのように窘められたことが恥ずかしいしちょっと傷つく。育ちがよろしくないからかこういうノンバーバルな常識というか、一般的なやり取りで世間との乖離をときどき感じる。大学で女子学生に嫌われるのもこういうところがあるからなのだろう。


 とりあえず皆に笑われながらリゾットが来るのを待つ。他の皆はメニューを見ながらわいわいしている。皆注文が済み、談笑していると先ずリゾットが運ばれてくる。


 「ケイちゃんの料理場所取っちゃうからまず食べちゃいなよ」

 リキがそう言うと、他の皆もそうだ。と促す。減量が終わって皆の皿が揃うまで温かい料理を目の前にするのは辛いので、そう言ってくれると非常にありがたい。


 もくもくとトマトリゾットを食べていると追って他の皿も運ばれてくる。皆楽しそうに料理の感想を言い合い笑っている。楽しい。楽しいぞ。なんて楽しいんだ。友達と東京にお出かけをしてお洒落な街を散歩しながらレストランに行って食事をしている。初めての経験だ。


 感激して幸せをお粥と一緒に噛み締めていると3皿目に入るところで隣の席に座っている20代前半の女性客2人がこっちを見ていることに気づく。話す内容も断片的に聞こえてきた。


 「ねえ、あの席に座っているの」

 「やっぱり、そうだよね」

 こっちをチラチラ見ながらスマホ画面と見比べているようだ。ああ、カオサイとムーデンか。都会だから格闘技ファンの若い女性も多いのだろう。あらためて凄いな、この目の前にいる師匠とその従兄弟は。


 「ほら、やっぱり疑惑のキックする振りボクサーだよ」

 リゾットを思い切り吹き出した。

 「ねえケイちゃん大丈夫。慌てて食べるからだよ。お腹空いてたもんね」

 アイちゃんが背中を擦ってくれる。リキが店員さんにタオルを頼んでくれた。ゲホゲホとむせ、口を拭って気持ちを落ち着かせる。スマホを取り出して、件のビジュアルの良い動画配信ボクサーの投稿動画を確認する。‥あった。なんと30万再生まで伸びてる。しまった。あいつ人のこと出汁にして小遣い稼ぎしやがって。


 隣の女性客はリゾットを吹き出した様子をみて気分を害したのか、食事も終わっていたようで席を立っていった。


 しかし参ったな。やはり一定の層に顔が割れ始めた。間違ってもバレてはいけない。またボクシングの試合に出たいのだ。コロッセオに関係する連中にサルヴァドール・ミヤオが自分だと知られないようにしなければいけない。今の世の中こんなところから足がつく可能性すらある。


 下を向いて口を拭うついでに、リキに渡された濡れタオルで顔を拭き上げコンシーラーを全部落とした。顔を上げて皆を見ると、一瞬の空白を挟んで一様に堰を切ったように笑い始めた。


 「どうしたネ、ケイ。アライワ」

 ムーデンはお腹を抱えてヒーヒー言っている。

 「お前どうしたんだよ、何でこんなとこで‥」

 満兄貴が珍しく、はばかりなく歯を見せて笑う。リキとアイちゃんは声も出さずにツボって仰け反っている。これから会場に戻るためのビルの出入りすら油断できない。顔を隠さなくては。必ず日の当たった場所に戻らなくてはいけないのだから。


 

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