二 果し合い

 翌日、皐月(五月)十九日、未明。

 賢秀は、丈庵住職に気づかれぬように、神田湯島の円満寺を出た。腰には前田の刀(打刀と脇差)を帯びている。


 夜明け前に小塚原に着いた。かたき、伊納忠義はすでに到着していた。

「前田雅恒、病にて他界した故、従兄あにに代り、この従弟おとうと、前田賢秀が相手つかまつるっ」

 賢秀は名乗りをあげた。


 それに応え、敵の伊納忠義が名乗りをあげた。

「私は伊納忠義だ。相分かった。前田雅恒殿は亡くなられたか・・・。前田殿に従弟が居ったとは知らなんだ・・・」


「従兄から、伊納殿は従兄の友、と聞いていた。伯父上を斬った訳を教えてくれ」

 賢秀は腰の刀のつかに手をかけた。 


前田善右衛門まえだぜんえもん殿は、私が前田雅恒殿の奥方、美緒みお殿に懸想けそうしたと思いこみ、前田に会うために屋敷を訪れた私を、いきなり玄関にて斬りつけた。

 私は斬撃をかわしたが、どうしたものか、その斬撃が柱で反れ、善右衛門殿の首に刀が当たり、首から血が噴き出た。

 この事を前田にも、御上にも報告したが、信じて貰えなかった」

 伊納忠義も腰の刀の柄に手をかけている。


「美緒は伯父の女だった。そうとは知らず、従兄は美緒と祝言を挙げた。

 美緒は図太く何食わぬ顔で屋敷に居座った。最初から、前田家に居座る気だった。

 そして親子に悲惨な思いが募った。

 いずれ、従兄と伯父は美緒を巡って斬り合いになったはずだ・・・」

 賢秀は腰から刀と脇差を外し、近くの木立ちの根本に立て掛けた。そして、刀を鞘から抜いて両手に持ち、正眼に構えた。


 伊納忠義は賢秀が刀を鞘に戻す気は無いと解し、己も賢秀の所作と同じにした。

 と同時に、賢秀が刀を右横に構え、伊納忠義へ突進した。

 伊納忠義も賢秀と同じに刀を右横に構え、賢秀に向かって突進した。


 四間ほどの距離が一瞬に縮まり、刀と刀がぶつかり火花が散った。ふたりは同時に退りながら、賢秀は伊納忠義の頭に斬撃を放った。伊納忠義はその斬撃を撥ね除けようとした。


 だが、賢秀の斬撃が一瞬早く、伊納忠義の斬撃を躱して、伊納忠義の頭頂部を薙いだ。バサッと伊納忠義の髷が草の原に落ちた。

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