亡霊 与力藤堂八郎⑤

牧太 十里

一章 女はいかぬ

一 他界

 皐月(五月)十七日、昼前。

「これは、いったい・・・」

 日本橋田所町の廻船問屋亀甲屋の裏長屋を訪ねた、雲水の賢秀けんしゅうは、住人で従兄の前田雅恒まえだまさつねが、彫り掛けの五寸ほどの仏像を手にして、座ったまま他界している姿に唖然とした。


 賢秀は直ちに長屋の大家おおやに知らせた。大家は地主から長屋の管理を委託され、長屋の入り口付近に住んでいた。


 大家の庄兵衛が長屋の店子たなこたちと共に現れ、他界した前田を褥(敷き布団)に寝かせ夜着よぎをかけ、枕机に燭台と香炉を置いた。



「前田さんはかたきを探しておいででしたが、ここ三ヶ月、風邪から胸を患い、床に伏せる日が続いておりましてなあ。長屋の家賃は飯山本多家上屋敷から毎月頂いたおりました。

 ところで、お坊さんは、前田さんとどのような関係ですか」


「私は前田の従弟で同郷です。前田が江戸に出たと聞いて尋ねて参りました。

 前田は敵を見つけたのですか」

「はい、そう話してました。敵を見つけたんで、祈願成就の願掛けだと言って、あの仏像を掘りはじめたんですよ。なんとしても見つけた敵を討ちたかったんでしょうよ」

 褥(敷き布団)に寝かされて打ち覆いをされた前田の枕机に、燭台と香炉、彫り掛けの仏像と、敵、伊納忠義いのうただよしとの果たし状がある。


「わかり申した。拙僧が供養しましょう」

 大家の意を解し、賢秀は前田の枕元に正座し読経した。



 翌日、皐月(五月)十八日。

 神田湯島の円満寺の丈庵住職の好意で、前田は円満寺の墓地に埋葬された。


「御坊、しばらく本山に逗留しては如何か」

 丈庵住職は賢秀に只ならぬ気配を感じた。


 賢秀は、丈庵住職も気配を感じたかと思った。賢秀の懐には、前田の遺髪と、敵との果たし状、そして、前田が彫り掛けの仏像があった。刀(打刀と脇差)も預ったままだ。

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