自称魔法使い×借金まみれ青年の同居生活【4-4】「ここを出て行け」――突然の宣告

奥蓼科にやってきたばかりの頃、手伝おうとしたがアレクセイはとにかく細かく、料理を知らないツバサでは、即戦力にならないどころか、目に見えて足手まといだった。


だから、料理の手伝いはこれまで遠慮してきた。


たぶん断ってくるだろうなと内心思いながら破れかぶれでお願いしてみたところ、「構わない」との答え。


「嘘?!」


「やるなら、みっちり教えるからな」


その夜、ツバサは初めて料理をするためにキッチンに立った。


メニューは今が旬の八朔のジャムとピール。ピールは去年、まだ病み上がりだった時に河原に連れて行ってもらって、バーベキュー後のおやつとして食べた思い出のものだ。


日々進化を続ける料理のプロと包丁すら握ったことのない超初心者だと、まったく話が噛み合わない。


例えばこんな風に。


「まず包丁の使い方から。違う。そうじゃない。どうやれば、そんな危なっかしい持ち方になる?!」


「なあ。果物の皮ってこんなに長い時間、炒るものなの?果物の重さの半分、砂糖を使うって本気で言ってんの?え?今、当たり前って言った?果物からジャム作ったことがある人のほうが圧倒的に少ないと思うんだけど」


ツバサは料理の常識を知らないのに、アレクセイが知っているものと思って話を進めるので、レッスンは開始三十秒で脱線。めちゃくちゃになり始める。


どうにか、ジャムとピールが出来上がった時、ツバサは格闘技でもしたような疲れを覚えていた。


「パンに塗られるジャムと、おやつで食べるピールがあんな手間暇がかかっていたなんて知らなかった」


アレクセイは勝ち誇った顔。


「もう料理動画なんてやりたいと思わないな?」


「これからはもっと心してアレクの料理を食べるよ。だから、また教えて」


「まだやる気なのか?」


「うん。俺のすぐ側にあるのに、遠い存在だと思っていた料理だけど、アレクに教わるとこんな金色なジャムとピールが作れちゃうんだもん。魔法みたいだ」


狙ったわけではないが、最後の言葉が矢となってトスッと魔法使いの心に刺さったらしい。


「⋯⋯いいぞ」


しっちゃかめっちゃかなマンツーマン料理レッスンから変化があったのは数日後。


二人のコントみたいな料理する様子をこっそり鳥越が撮っていたらしく、文字と音楽を入れてツバサに送りつけてきたのだ。


タイトルは、

『セルビア系ロシア人に怒られながら料理を習う日本人』


大野や向井に見せたら大爆笑だった。


写真家の能登も。


アレクセイとツバサのことを知っているから面白いのかと思って、彼をまったく知らない移住者にも見せてみたが、腹を抱えて笑ってくれた。


日本人が外国人に日本語で怒られながら料理を習っているのがかなりツボるらしい。


そして、こんな感想をもらった。


―――厳しいって新鮮だ。


ツバサは、大げさに言うなら、神様の啓示を受けた気分だった。


「アレクの教え方が厳しいと、皆、笑ってくれる。そうか、これ、厳しいから新鮮で面白いのか」


そこに気づいたツバサは即、元動画を鳥越から送ってもらい、編集。土下座する勢いでアレクセイにユーチューブに載せたいと頼んだ。


彼はいつもの表情と声色。


「だから、見世物にするなと」


「どっちかっていうと、俺の方が見世物」


最初は渋ったアレクセイだったが、ツバサが粘ると、取り下げてほしいと言ったときに即対応してくれるならという条件で動画のアップが許された。奇跡だ!


結果、プチバズリ。


予想もしない形の露出はアレクセイには不本意だったようだが、それでも取り下げろとは言わなかった。


ツバサはこの形式に手応えを感じ、何本か撮ってみようと提案した。


絶対に今回は拒否されるだろうから、タイミングを見計らって何度か繰り返しお願いしてみようと長期戦で考えていたら「撮影が料理の邪魔をしないなら」という条件付きOKがあっさり出た。


(あれ?アレクどうした?)


答えは出なかったが、今はそこを長々と考えている場合ではない。


主役の気が変わらない内に、ツバサはすぐにセッティング。


キッチンの正面にVログカメラを添え、二人の携帯でそれぞれ手元を映す。


明るさが足りないので、撮影用ライトだけは購入した。相談に乗ってくれたのはもちろん能登だ。


レッスンがスタートし、事前に何を作るか知らされていないツバサは、率直な質問をする。


「乾燥わかめって水に戻すものなの?味噌汁にそのままぶち込むもんだと思っていた」


辛口でアレクセイが返す。


「埃が付いている。水で戻さないと柔らかくならない」


ツバサの疑問は、料理ができない者の視点の疑問だ。


そして、分かる者からすると、こんなことも知らないのというツッコミも入れやすい。


料理初心者が怒られつつ、不器用ながら努力する姿勢を見せ続ける。


先生もそこは素直に褒める。


撮り終わったら、それをひたすら編集。笑いどころは大きな文字を入れて、冒頭には音楽も添えて。材料や作り方の紹介は、この動画のメインなので丁寧に。


タイトルは『初心者男子。セルビア人アレクから料理を習う』


十本目ぐらいからちらほらファン登録が増えてきて、二十本目には再生数がそこそこ回るようになってきた。


料理動画を積極的に撮る一方、ツバサはこの冬も雪下ろしのバイトにも精を出した。


「心底充実している。人生で今が一番」


屋根にシャベルを担いで登って、頬に奥蓼科の厳しい寒さを感じながら、銀世界を眺めていると、知らず知らずのうちに、そんな言葉が出てくる。


体当たりの田舎暮らしは、確実に自分を成長させている。


不便で、意外と物価が高くて、収入は都会に比べたら笑ってしまうほど安い。


冬は寒いし、通販商品が届くまで時間がかかる。


でも、好きな人と仲間に囲まれているから楽しくやっていける。


自分一人では絶対にここまでの境地にはなれなかった。


春になり、ツバサは奥蓼科生活七シーズン目になった。


鳥越は高校三年生に。


大野ことバンビ先生は昔、勤めていたインテリアショップとコラボしたり、以前は出品者として参加していたクリエイターズマーケットに今度はゲストで呼ばれたりと忙しい。


移住支援金の返還縛りが無くなった向井はすぐ別の県に移住するのかと思っていたがまだアールハウスに居てくれている。


マクシミリアンが使っていた部屋は、新規の住人を取らず、急な宿泊客にそなえて空室のままに。


ツバサは雪解けと同時にアレクセイに申し出た。


「薪活、今年からは俺がやるよ。道の駅に商品を下ろしたり、郵便局での発送作業も。アールハウスの掃除も、完全に俺に任せて」


「いいのか?」


「アレクセイはとにかく料理時間の確保。山菜採りや流木拾いだってやっとくよ」


「それは私の気分転換や料理を離れて考え事をする時間になっているから取らないでくれ」


「おう」


「一緒にいこう」


「⋯⋯おう」


「ツバサとできる限り一緒にいたいという私のこの気持ち、伝わっているか?」


時として、日中のアレクセイも情熱的になることがある。


今は、色んなことに追われて昔みたいにする機会は減ったが、住人部屋から忍んで行って、アレクセイの懐に潜り込んで明け方部屋に帰るスキンシップは多めに取っている。


「結婚すんのか?」


と大野には言われるが、都会と違ってまだそういう制度が整っていない。


今のままでいいような気もするが、きちんとした証明も欲しい気がする。


ひとまず、指輪は交換した。


「男同士、店に買いに行くのはなあ。ネットにするか」


手軽に済ませようとしていたら、相談に乗ってくれたのはなんと篠。


大野から向井を経由して知ったらしい。


知り合いの銀細工を専門としているジュエリーデザイナーを紹介してくれた。


かつて性的指向をからかったことへの彼なりの謝罪と仲直りの印らしい。


出来上がったそれは、鎖をつけて互いの首へ。


まぐあいの最中に上になったアレクセイからひんやり冷えた指輪がツバサの胸に着地する。


畑仕事などは、ツバサがメインで。


一畝植えて、全部失敗することもある。


だから、ゴン狐の一人に教えを乞うようになった。


「東京から来たばかりの自分からしたら、どえらい変化」


肝心の料理の方はと言うと、『初心者男子。セルビア人アレクから料理を習う』の動画が少しずつ回るようになってから、アレクセイから料理を習いたいという依頼がインスタのダイレクトメール経由で増えてきた。


最初、月一件だったのが、二件となり、三件となり、増減はあるがゆっくり増えていっている。


自分が作っている野菜をプロに料理して欲しいとか、アレクセイから習ってみたいとか、理由は様々だ。


需要を知るために始めたメニュー無しのフリーレッスンにアレクセイは最初、難色を示したが、今では自分の発想にはない料理希望者のレッスン動機を面白がっている節がある。


すべてが軌道に乗ってきたように見えて、実は毎年なにかしら事件も起こっている。


マクシミリアン襲来、狩り女子の来訪などは可愛いもので、今年は梅雨の時期にいまだかつてない大事件が起こった。


また税金の納付書がやってきたと思った六月。もっと招かれざる客が到来。


今どきどこに生息してんのと眉をひそめたくなるぐらいのブランド物で身を固めた男だった。


アールハウスの大家である東出の遠い親戚だ。彼の妻もいる。ジロジロ玄関を眺め回していて、印象が悪い。


これは彼らの個性。多様性。


ツバサは寛容な気持ちを持とうとしたが無理だった。


「何かの冗談だろ?いきなり、ここを立ち退けなんて」


彼にいきなり言われて、ツバサは耳を疑った。


「そう。そういう契約なんでしょ?一か月は猶予してあげるからさ」


東出は、夫婦の側で肩身狭そうにしている。


「じいさんさあ、奥さん死んじゃって、いよいよ次は自分の番だっつうことで、家の管理をゆくゆく親戚に任せたいと親族会議を開いた訳。んで、俺が手を上げてやった訳。民泊施設にしようと思っているからさ、家の中を見せてよ」


「ほう。民泊」


アレクセイの機嫌が一気に悪くなる。


ここら辺の村では、民泊は非常に評判が悪い。


夜中まで大音量の音楽。


川辺でバーベキューをして、ゴミはそのまま。


予定外の人間を何人も呼び、彼らが去った後の部屋は、無惨な状態だ。


当然、近隣住民からのクレームが絶えない。


「大丈夫。大丈夫。何軒か持ってて経験あるし。じいちゃんの大切な家だし」


「急にそんなこと言われても困る!」


ツバサは、叫んだ。

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