自称魔法使い×借金まみれ青年の同居生活【4-3】狩猟女子の来訪と、料理動画の誘惑
「つまり、猟の受講料が五万円で、そこに申し込めば、食と宿の提供ができるので、希望があれば使ってくれみたいな感じで言えばいいんだな」
大野が彼女にそう提案してみたところ、是非にという返信がすぐあったそうだ。
翌週、猟銃ケースを車に積み込んで京都から狩り女子はやってきた。軍人のような精悍な女の人が来ると思っていたツバサは想像を裏切られた。漫画が好きそうな風貌だったのだ。銃を握る姿なんて想像がつかない。
大野と山に入る狩り女子に許可を取って、ツバサも動画撮影のためについて行く。
彼女は、数時間で鹿一頭とイノシシ一頭、鳥数羽を仕留めた。とにかく命中率が高い。
「すごい腕前!」
ツバサが褒めると、狩り女子が仕留めた獣の皮剥ぎをしながら照れくさそうに答えた。
「高校、大学の部活で射撃部だったんです。狩猟ポイントをまだうまく探せないので、狩り自体には馴れていません」
「だから、皮剥ぎと解体はおっかなびっくりなんですね」
弟子の面倒を見る大野は、彼女の発言から何か掴んだらしく「狩猟ポイントねえ」と呟いている。
山で解体した獣肉は、アレクセイが料理。
大野の動画に載せる用の映像が欲しいんだ!と頼み込んでなんとか撮らせてもらう予定でいた。
前もって大野からアドバイスを受けていた。
「きっと、いいって言うぜ。なんせ、シェアハウス一部屋の家賃の半分が、今日、手元に入るんだから。いつもと同じことをしているだけなのにな、これは得かもしれないって思いはじめているはず」
言った通り。
「そういうことなら」
とアレクセイはすんなり了承してくれて、ツバサは気合いを入れて動画を撮った。
それを大野のホームページなどの雰囲気に合わせてセンスよく編集。
狩り女子は、仕留めた獣が高級レストランの料理みたいに変化したことに「わあ。すごい。私が仕留めたものがこんな風に!」と目を輝かせ、味にも感動。
アレクセイはこの感想を聞いて「んふ」と鼻にかかった笑い。
先生は大層満足したご様子だ。
撮影隊のツバサは、皿も引き立つように料理も写真に収める。
今回使われたのは、蓼科から去っていった移住者から買い取った絵付けの皿で、縁が欠けても、漆と金粉を使って金継ぎの技法で再生して使うぐらいアレクセイが気に入っているものだ。
皿コレは大げさなことを言えば、シーズンごとに増えている。だが、住人や料理教室以外で使うシーンはなかなかない。
良く撮れたのでフォトプリンターを使ってその場で印刷し、狩り女子にプレゼントした。ついでに、アレクセイにも。
その日の夜は第一金曜日でパン祭りの日だった。狩り女子はジャムを購入してくれた。
最終日。狩り女子は、大野の新作革小物をいつか買い、後部座席に冷凍した獣肉と、ゴン狐たちの家の野菜、アレクセイのジャムやらピクルスやらたくさん車に積み込んで去っていった。
ツバサが作ってくれたアンケートにもたくさん記入してくれた。
大野がそれも条件にしたらしい(しかも、後付けで言ったようだ)。
『民家なので、車で本当に入っていいか戸惑いました。帰りの日が、パン祭りの日だったら、パンもたくさん買えたのに、残念って思いました』
彼女の回答に、この家、初めての人には分かりにくいんだなとか、狩り修行にやってきた人でも、パン祭りに参加したかったかあ、とツバサは気付かされた。
『大野先生に教えてもらえてなおかつ宿泊費と食事がついてくるなら、受講料は破格だと思いました。倍は覚悟していたので。大野先生の昔からのファンで、今回の活動は私にとって推し活みたいなものでした。変な言い方ですけれど、消費するところがあればもっとお金を使いたかったぐらい』
この回答には、目からウロコだった。
ずっと不景気で、物価が値上がりしている今、旅行であってもできるだけ節約したいものだと頭から信じ込んでいた。でも、そういう人だけではないらしい。目的がある人は、一生懸命に貯め、ここぞという時に使う。
こうやって、狩りと料理とアールハウスのコラボは学びが多く、充実感いっぱいで終わった。
そして、このコラボには後日談がある。
アレクセイからありがたいお言葉があったのだ。
「インスタのパンの写真。全部、変えてくれてもいい」
と。
***
秋が深まる頃、二人目の狩り女子がやってきた。
大野の猟とアレクセイの料理動画を見たのだという。
時間に間に合うようにかなり早く奥蓼科最寄りの駅についたのだが、いくらタクシーを待っても来ず、遅刻。
(そっか。都会ではタクシーは待っていれば来るもの、けれど、田舎では呼ばないと来ないんだ)
そういうことも注意事項には書いておかねばならないとツバサは学んだ。
トラブルは好きじゃないが、改善点の宝庫でもあると知ったのは、バンビ先生―――大野のおかげだ。
彼は、実用を好む男性向けの無骨な革商品をメインにしているのだが、女性が手にしやすい商品には、子鹿の焼印を入れるように改良を始めた。
だから、名前もみんなが親しみやすいようバンビ先生。
顔と名前のギャップで、一発で覚えてもらえる。
大野曰く、
「オレが目指す方向とは正反対」
だそうだが、売れるのはやはり楽しいらしい。
ツバサはキッチンに立つアレクセイに話しかけた。
「大野さん、また月の売上記録更新したんだって」
「それはすごいな」
「あの人、キャラがいいんだよ。喋らなければ、今どき感あるおしゃれ渋メン猟師だし」
「でも、宣伝代行しているツバサの力も大きいんじゃないか?」
「認めてくれる?」
「ああ」
「なあ。アレク。料理動画を本気でやってみる気ない?二人目の狩り女子は、あんたの顔と料理も込みで大野さんの、あ、間違えた。バンビ先生の講座に申し込んできたの見え見えだったしさ」
「私は見世物にされるのは好きではないのだが」
「過去にユーチューバーに利用されて、嫌な思いをしたのは知っている」
「なら、そっとしておいてくれ。大野から派生する案件には協力するから」
「でも、教えることが好きだろ?作物を作るよりも、料理するよりも、販売するよりも。俺が撮る。編集もする。撮影中、料理作りの邪魔はしない。絶対に料理教室の生徒は増えるよ」
「しつこい。乗っかろうとしてくるな。前にもそう言った」
「分かってる。⋯⋯分かっているけれど。でもさ。料理動画はよく見ているよな?酒飲みながら料理している人とか、料理に塩を振る位置が高い人とか、キャラ立ちまくっている人らの。ライバルとして意識してるってことだろ?」
「おすすめに流れてくるからで、そもそも、人を見ているんじゃない。料理だ!それに、失敗して時間を無駄にするのは嫌だ」
「まだ、初めてもないのに」
アレクセイが料理の手を止めて、渋々、携帯を見せてきた。
「これ、ユーチューブ?」
「の非公開動画だ」
指が長い骨ばった手が写っている。
「これ、アレクの手だよな?」
手元のみを映したもので、作り方を説明する声はボソボソと小さい。
材料の説明が動画内に文字化されておらず、分かりづらかった。たまに、下部に料理ポイントが出てきても、文字が小さすぎた。
「う、うーん。これじゃあ」
「努力はした。でも、反応はからっきしで虚しくなった。その頃より、遥かに投稿者は増えている。今からじゃ無理だ」
「なるほど。苦い失敗ってことか」
「動画は、野菜を育てたりすることとは全然違う。自然の力を借りての作物作りは最初は失敗しても、手応えもどこかに必ずあって、トライアンドエラーを繰り返せる。だが、相手の顔が見えないデジタルは、どう改善していけばいいのか分からない」
「デジタルにだってヒントはあるよ。第三者の客観的な視点。あと、コメントからだって学べる」
「それは、ツバサの動画に活かしてくれ」
「ぐっ⋯⋯」
(確かに、俺の動画だってまだまだだ。アレクを売り出す前に自分のをなんとかしろよって?アレクにしたことをさせてやるのは、一歩進んで、同じぐらい後退な感じだけどでも、急がない。諦めない)
時間があるのだから、じっくりやるのだ。
料理人アレクセイという紹介を。
効果は少しずつだが出てきている。
秋に写真を入れ替えたアレクのパンのインスタは好評なのだ。
アレクセイの顔を映さないことを条件(なぜか、ヘッダーでは顔出ししているのだが)に撮った料理風景ライブ動画をマメに上げ続けたところ、平均二百個だった売上は三百個へ。
ただ、アレクセイは人を雇いたがらないので、販売個数はここで頭打ち。
作ろうと思えばもっと作れるが、数に追われることでストレスも増える。
代わりに、今まで無料でプレゼントすることが多かったピクルスやジャムなどをきちんと価格を決めて販売を始めた。
食品衛生責任者の資格はアレクセイはすでに持っているので、密封包装食品製造許可証を保健所に申請。
パンの隣に、綺麗なジャムとピクルスの瓶が並び、別のコーナーでは大野の革小物が並ぶ。ここで彼の物は買われなくても、パン購入時に合わせて渡す大野のチラシの二次元コードから買ってくれることが多い。最近の売れ筋は、鹿革とフェルトを使った子鹿のぬいぐるみだ。
品数が増えたことで、やってくる人も増え、前は数か月に一回ぐらいしかなかった万引きが悲しいことに頻発。
防犯カメラ作動中という看板を作った。
同時に、本当にこの家で今日パン祭りがやっているのか、家に入ってもいいのか迷うという声も多かったので、「本日、アレクのパン祭りやってます。第一金曜二十時~二十一時」という看板も作った。
秋は慌ただしく過ぎていき、季節は真冬へ。
アレクセイは以前と変わらず料理動画を見ている。
今日は、酒を飲みながら料理をする人のレシピ本発売記念の回。
「この人、また本出したのか」
「のようだ」
「本当はアレクも出してみたいんじゃないの?」
「なぜ、そんな質問を?」
「機嫌が悪そうっていうか、悔しそうだから」
「⋯⋯」
「有名になったら何冊でも出せると思うぜ?」
「まだ私に料理動画を撮らせろと?思うんだが、ツバサ。そもそも、料理をやったことがないお前が、どうやってバズる料理動画を作る?」
今度は、ツバサが黙る番だった。
「そこんとこは、考えなしか?!呆れた」
「じゃあ、教えてくれる?」
色んな手伝いをしてきたツバサだが、アレクが料理中のキッチンには立ち入らないようにしていた。
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