自称魔法使い×借金まみれ青年の同居生活【4-1】流星の別れと、新たな決意
アレクセイがマクシミリアンに今生の別れを告げたのは、とある初春の夜。
折しもその日は、アールハウスのリフォームローンが全額完済となった日と重なった。
大宴会を終えた後、やってきた日の衣装に着替えたマクシミリアンが、従兄と堅い包容をする。
「元気でな」
「お前こそ」
不在の篠以外全員が見送りに外に出た。
「アレクのことをよろしく頼むぞ。特にツバサ」
マクシミリアンが指を空に向ける。
「見ろ。これは、従兄への餞だ」
奥蓼科の夜空を走り始めたのは、無数の流星だった。
まるでまばゆい氷の粒が群青のキャンバスを背景に流れているみたい。
口をあんぐり開けて、皆、見とれてしまう。
「うわあっ」
「おおっ!すげっ!」
「マッさん。魔法使いみたいだ」
「実際にそうですよ」
「あ。忘れていた」
「なあ、アレク!すごいな」
皆でひとしきりはしゃいだ後、ツバサは気づく。
「あれ?マッさんの姿がどこにも見えない」
庭に彼の姿は無かった。霞のように消えてしまっていた。まるで元々存在していなかったかのような気分にすらなる。
「らしいというかなんというか」
とアレクセイが呆れ、他の住人は、
「マッさん。またなあ」
「無理してでもまた来いよ!」
「そんなこと言ったら、あの人、すぐ来ちゃうよ」
と口々に笑い寂しさを吹き飛ばす。
一人、家に入り、他も続く。
ツバサとアレクセイだけ庭に残されて、ツバサは彼の手をこっそり握る。
「マッさんの奴、しんみり見送られるのが嫌だったんだろうな。アレク。平気か?」
「ツバサがいるから」
ストレートな言葉は未だに照れる。
(今が夜でよかった)
「なあ、これからどうしたい?」
「ツバサを抱く」
「そうじゃなく」
「覗き見癖がある従弟が去って、ようやく気兼ねなくできるというのに?」
「マッさんがいた頃、いつ気兼ねしてた?!俺が聞きたいのは今後、どうしたいかって話。アールハウスでまだまだやりたいことがあってオヤジの仏壇の前で言ってただろう?それって、ここをもっとでかくしたいとか?」
実はこの日本家屋、まだ半分しか使われていないのだ。
居間の先には廊下がありその奥には座敷が何室か。ほとんど修繕されないまま放置されている。移住してきた当初、資金も時間もままならなかったらしい。
「規模は今のままでいいと思っている」
「でもさあ、近くの村にまた新しいシェアハウスが出来たらしいじゃん?そのせいで部屋が埋まらなくなってきたらどうする?」
「その時はその時だ。住人が全員いなくなったら、ツバサとひっそり暮らす。山に収穫に行き、畑で作物を育て、秋冬は収穫と雪下ろしのバイトをすれば暮らしていける」
「料理の現金収入を忘れているぞ」
「あれは、趣味だ。それぐらいのスタンスが丁度いい」
ツバサはアレクセイの手を離しながら、心の中で思う。
(そう言いつつ、たくさん作れないことに、ストレス溜めているような気がするんだけどなあ?)
でも、作れない以上に、食材を余らせすことがストレスだということもツバサは知っている。
(やっぱ人だよなあ。食べてくれる人。買ってくれる人)
ネットに情報が溢れている今、認知してもらうのはとても難しい。
知ってくれ、知ってくれと質より量でアピールをすると、押しばかり強くなり、そっぽを向かれる。
(やっぱり、興味ある層が自ら寄ってくるようなコンテンツじゃないと)
それが可能なのは、アレクセイのインスタの気がするのだが。
家の中に入る。
アレクセイは珍しく居間でテレビを見始めた。
普段は録画して、昼の時間帯に見ている趣味の園芸だ。
「マッさんと送り出したからか、気が抜けたか?」
質問に彼は「いいや」と答えただけ。
北海道旅行を終えて多少素直になった気がするが、まだまだ意地っ張りだ。
画面には、スウェーデン人の庭師が出ている。
所属している造園の名前入りの半被を着て、中も藍色の古めかしいデザインの作業着。少し舌っ足らずな日本語で、柔らかい笑顔で喋る。
アレクセイはこの番組が好きなようだ。日本で仕事をする外国人という同族意識みたいなのも働いているのかもしれない。
「この人、人気あるよなあ。別の番組でも見たぜ」
実力があってこそのメディア露出だと思うのだが、ツバサはこの人がどうやってここまで有名になったのか知りたくなり、ネットで検索を始めた。
「なあ、アレクセイもこうなりたい?」
想像してみる。彼が映像の中で料理をしている姿を。
うん。めちゃくちゃ格好がいい。
クールで澄ました感じで、ちょっと毒舌。
でも、一生懸命料理を頑張る生徒には情のある教え方をする。
しかし、居間にいる当人はしかめっ面。
「キッチンスタジオに呼ばれての撮影は勘弁」
「やっぱ、料理作るなら、使い慣れたここのキッチンか」
「五百万かかっているから、絶対に使い倒す」
「分かった、分かった。うん。そうしよう」
父親が金に糸目をつけず、品質に惚れて買った品々はそこかしこにある。
その中で、一番存在が大きいのは、このアールハウスという箱。
アレクセイは、この箱を何よりも大切にしている。
だから、ここでできる仕事が絶対なのだ。
「ツバサこそ、これから何をする気だ?」
「うーん。俺?借金も無事返し終えたことだし、三月から始めた写真をもうちょっと極めてみようかなと思って」
「冬に雪下ろしのバイトで出会った風景写真家に習うのか?」
「うん。能登さんっていう。スキルサイトで名前を見つけてお試しで写真撮影とVログカメラの使い方を教えてもらったら楽しくてさ」
「前職で下地があるものな」
のんびり趣味の園芸を見ているアレクセイを居間にそのままにし、部屋に戻ったツバサは、プリントしたパンの写真を持ってきた。彼に見せる。
「おお!前よりさらに上手くなっている」
「へへへ。そうだろ。構図を習ったんだ」
「ん?このパン、どこかで」
「そう。アレクのパンだよ。この前、写真を習いに能登さんちに行ったとき、お昼ごはんにたくさん持たせてくれただろ。それを食べる前に撮ったんだ。照明と小物だけでここまで変わるんだぜ」
「ツバサも写真家を目指す気なのか?それとも趣味で。どちらだとしても、まあ、頑張れ」
「え?反応薄くね?」
自分の作品が綺麗な写真になったのだからもっと喜んでくれると思った。
「あと、趣味で始めたわけじゃないから。俺はアレクの料理を有名にしたい。そのための写真修行」
「私の?」
思いの他、アレクセイの声はきつかった。
「駄目?」
「⋯⋯」
(あれ?久しぶりのよくない雰囲気。俺、地雷踏んじゃった?)
しばらく黙り込んだアレクセイが、テレビを消した後、ようやく口を開く。
「料理は、自分の好きな場所で自分のぺースでしたい」
「そんなの分かっているって」
「まったく分かっていない。私が築き上げてきたものに、簡単に乗っかろうとしないでくれ」
「―――って言われちゃってさ」
マクシミリアンを見送った流星の夜から少し日が過ぎて、奥蓼科では真冬が終わり、各々の家で雪囲いが外されるようになった。アールハウスも同様。薄暗かった家の中に明るい日の光が差し込むようになった。
冬の労働を終え、素材、金ともに蓄えがたっぷりある大野は、部屋に籠って革小物作り。
彼はアレクセイとの付き合いは長い。もう十年以上になる。
手伝いも兼ねて部屋に行き相談してみると、作業の手を止めずに大野が答えた。
「それなあ。アレクが最も嫌がるやつだわ」
「俺、別にあいつを利用して儲けようなんて」
「分かってる、分かってる。けど、あいつにはトラウマがあんの。アールハウスも最初の数年は客付きが悪くて、半分ぐらい空室な時もあったんだ。その時期に、ユーチューバーがやってきて、宣伝するからアレクに協力しろって。ほら、あの面だろ?」
「絶対、映像映えはするよな」
正直、ツバサは彼の抜群のビジュアル活かしたいと考えなかったわけじゃない。
なんとなく顔を売るのは嫌がっているようだから、提案するのを避けてきただけで。
「そのユーチューバーに協力したら、アレクがプッシュして欲しかった料理付きシェアハウスってとこは全カットされて、あいつが農作業したり、ゴン狐と交流したりする様が外国人が古きよき日本の生活をしているって面白おかしく切り抜かれてネットに載せられてさ。で、アレクの面ファンが一気に出来て、アールハウスにまで押しかけてきて」
「ここまで?」
「東京とか、福岡とか。四国のどこかの県から来たってのもいたし、沖縄からってのも」
「ユーチューバーの影響力すげえ。アレクの顔面も」
「金を払うから泊まらせろ!料理を作れ!と騒いで、中にはストーカーみたいになった女もいて。一時、茅野に家を借りて、レンタカーで山登ってきていた」
「⋯⋯うわあ」
「言い方大げさだけど、幾ら眺めてもいい、何を言ってもいいみたいな芸能人風に扱われて、アレクは参っちゃったんだよな。だから、料理教室開催するためにやむなく地元の広報誌に顔出しはしたりするけれど、ネット媒体は懐疑的。インスタも、アレパンファンから、急な休みや時間変更が不安だから分かるようにしてくれって言われて嫌々やっているだけだし」
「余計なことをしたわけかあ、俺」
ツバサはプロに習った写真を大野に見せる。
「手始めに、常設販売のパンの写真を新しいのにしてみるのはどうかなって思ったんだけど」
「しばらくほっとけ。あいつ、頑ななところあるから。それに、お前はお前でしっかり、自立してほしいってのもあると思うんだよな」
「自立かあ。写真習った能登さん見ていると、スキルで稼ぐの大変ってのは分かる」
「写真やんの?」
「ううん。どっちかっていうと動画の方。ここの生活を発信してみようと思って」
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ここでしか読めない 限定SSはピクシブ公開中。
さらに――
一人称で描かれる“完全版”の物語は
Kindle版『お願いを言え――そう言って、魔法使いは俺を抱いた』 で。
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