自称魔法使い×借金まみれ青年の同居生活【3-9】葉が落ちるとき、旅路は終わり、愛は始まる

父親みたいによし、やろうと思い立って見知らぬ田舎にシェアハウスを作る行動力は自分には無い。

ナイフを握ったことが無かったアレクセイをプロレベルに導く料理の指導力も。


翌日、晴れの長野を出発し、日本海側の道を北上していく。


北海道の旅は七日間。

完全な雪道になるまではツバサが運転し、以降はアレクセイがハンドルを握った。


「外は雪景色だけど、車内は温かいなあ。車の中にまで薪ストーブが積まれているだけのことはあるぜ」

「龍三郎の自作だ」

「え、こっちは作ったの?オヤジ、どんだけ好きだったんだ、薪ストーブ」

「ガソリンを多く使用しなくても薪さえあれば温まれるのはありがたい」

「まあな。それにしても似合うなそれ」


ハンドルを握るアレクセイはノルディック柄のセーターを着ている。

古臭いそれは父親の遺品らしい。


「ツバサは今日はよく喋る」

「テンション上がってんだよ。アレクとの旅行だから」


荒れる日本海を左手に見ながら秋田県を抜けて、青森県へ。

フェリーには青森市からも乗り込めるが、そこを通り過ぎてマグロで有名な大間まで行く。

海鮮をたらふく食べてから乗船。


「ここからだと函館まで九十分。案外近いんだな」


車の積み込み料金二万五千円。

客室料金はドライバー一名は積み込み料金に含まれるので一人分の五千円を支払う。


やがて、函館着。

ここでも海鮮を楽しみ、父親の故郷稚内を目指す。


稚内は日本の最北端だ。函館からは六百キロも先。

夏だと九時間半。冬だと高速を使っても十三、四時間かかる。


「これが一つの県。デカさに改めて驚くなあ」

「確かに」


旅の資金は二人分あり潤沢だから、いくつも飲食店に寄り道しながら北上する。


「先にオヤジに会えばいいのに」

「仏壇が逃げるわけでもあるまいし。私は、ツバサとの時間も楽しみたいのだ。付いてきてくれてありがとう」

「どういたしまして。息子だから一度は仏壇に手を合わせておかなきゃと思っていたし。アレク。オヤジと会ったらさ、もう心置きなく帰れるな」

「ん?帰る?」

「ル・シュテファイン王国にだよ」

「ツバサまで、血統書付きの子供が誕生するように私を隣国に出向かせ腰を振ってこいと?」

「お勤めを果たしたら、ひっそり暮らせばいい。田舎あたりに土地を買って、こういう生活」

「マクシーみたいなことを言う。お前、やっぱり変だぞ。まさかとは思うが、私は何かやらかしたか?」

「いいや。アレクの心残りのことを片付けることができて、俺は嬉しいんだよ。そこんとこ、分かって」

「⋯⋯ツバサ」


会話に割り込むように、ナビが『まもなく目的地です』と伝えてくる。


「行こう」


まだ何か言いたげなアレクをそのままにして、親戚の家の前庭にキャンピングカーを止めさせる。

ツバサが先に降り、インターフォンを押した。


父親の実家の連中と会うのは初だ。

窓からキャンピングカーが入ってくるのが見えたのかすぐに玄関を開けられ、父親の弟夫婦、その子供たちとぞろぞろ出てくる。

子供らはキャンピングカーを楽しそうに眺めている。


父親の葬儀の時、行方不明として片付けられていたツバサは、親戚の一番の年配者に連絡は付くようにしろと少し怒られた。


アレクは少し居心地悪そうに立っている。

父親が死んだとき、一悶着あったので当然だ。

それでも、彼はアールハウスのキッチンで作ったピクルスを何瓶か渡す。


家に入らせてもらうと、すぐに仏間に通された。

もうすぐ彼岸なので、仏壇脇の花瓶には紫や黄色の蕾がまだ硬そうな菊の花が飾られていた。


仏壇正面に用意された座布団に座ると、アレクセイが静かに手を合わせた。


「龍三郎。会いたかった」


その言葉が、息子であるツバサの心に染みる。

同じく手を合わせ、


「オヤジ。来たぞ。あんたが作った長野のシェアハウスから、あんたが買い取ったキャンピングカーに乗ってわざわざ」


急に菊の葉がひらりと落ちた。

ツバサはそれを拾い上げる。


「二人で話したいことあるだろ。俺、席、外すよ」

「いいや。いて欲しい」


父親の写真を見ながら穏やかに微笑んでいたアレクセイが、座布団に座る姿勢を正した。


「龍三郎。どうしても伝えたいことがあって北海道まで来た。貴方は、人界の連中と自分が、いや、他人と自分が同じ存在だと認めることが出来なかった馬鹿な私に、分からせてくれた。だから、唯一、無二の人だと思っていた。この世のすべてにおいて神のような存在ですらあった」


むせび泣きが始まった。


「貴方は、別に私に魔法使いじゃなくなってもいいじゃないかと明るく言ってくれた。魔法を使わなくとも、できることはこの世に無数にある、それを教えてやると。そして、実際にたくさんのことを教えてくれた。そのすべてが私にとって初体験だった。そして、その経験は今でも宝物だ」


ツバサは、両手で顔を覆って身体を折り曲げて泣くアレクセイの背中を撫でる。


号泣を聞きつけ心配して襖を開けた親族が、仏壇の上の白い小さな箱を指さしているので、ツバサは頷いた。


アレクセイの慟哭はまだ続く。


「だがな、龍三郎。貴方は一つだけ間違っていた」


アレクセイが目元の涙を拭きながら話しかける。

拭いても拭いても水滴は零れてきた。


「貴方の息子は、私を再び魔法使いにしてくれたぞ」


それは、マクシミリアンがやって来たときに、言った言葉だ。

アレクセイは、大切に心に留めておいてくれたらしい。


「あの言葉で、私は完全に救われた。だから⋯⋯」


泣き崩れていたアレクセイが涙を拭いながら顔を上げた。


「これからは、貴方なしで前に進んでも構わないだろうか?親鳥みたいに後をついて行った龍三郎との関係を終わらせ、思い出として胸に仕舞ってもいいだろうか?」


ツバサは膝立ちになって仏壇から白い箱を取り出し、中身を開けた。

蓋付きの湯呑みのようなそれは、おそらく骨壺だ。


「アレクセイ。これ。オヤジの遺骨の一部。俺用に分骨してたんだって。だからさ、それ持って心置きなく国に帰れよ」


ツバサも自分の目元が濡れてきた。

泣くもんかと鼻をすすって、抵抗する。


受け取ったアレクセイが骨壺を抱きしめた。

ツバサは続ける。


「十年間、右も左も分からない土地で頑張ったんだ。もう十分だろ。アールハウスは、俺がなんとかするよ。大野さんや向井さん、ゴン狐たちもいるし」


長い睫毛に涙をくっつけたまま、アレクセイは激しく瞬きをする。


「⋯⋯何を言っている?」

「やり残したことってオヤジへの別れの挨拶で、前に進むって言ったのは、国に帰って新生活を始めることなんじゃ?」

「そんなこと一言も言っていない」

「嘘?俺の勘違い?!」

「私はアールハウスでまだまだやりたいことがある。帰れなどと言わないで欲しい。酷い息子だなあ、龍三郎」


と言いながらアレクセイは、そっと骨壺を仏壇に収めた。


「いいのか?親戚も葬式の時は少しやりすぎたって反省している。元は俺用だったけど、あんたにも分けていいって」

「前は、龍三郎の骨は手元に置きたい気持ちはあった、だが、持ち帰ったら龍三郎の魂が分けられてしまう気がする。雄大な北海道で眠ってもらおう」


アレクセイは再び手を合わせる。


「龍三郎。さようならだ。ここで見守っていてくれ。私は大丈夫。貴方の息子が側にいてくれるからな。彼は一生一人の相手と添い遂げたいという純真さを持っているのだが」


ここで声が急激に小さくなる。


「きちんと、気持ちを確認する前に抱いてしまった。だから、きちんと責任を取る」


ツバサは苦笑。


「オヤジ。あの世で腹を抱えて大笑いしてそう」


自分の勘違いが猛烈に恥ずかしく、早々に仏壇の前から腰を上げる。


また菊の葉がまた一枚、ひらりと落ちた。

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