自称魔法使い×借金まみれ青年の同居生活【2-10】果実より甘い、不意打ちご褒美キス

家に入ると、すっかり顔色が良くなったアレクセイが、エンジンの音を聞きつけたらしく玄関で待機していた。


「おかえり。ツバサ」


「あ、うん」


アールハウスが自分の家と自覚したばかりで、この男に迎えてもらうのは妙に照れる。

だから、戦利品と給与を少しぶっきらぼうに渡す。


「なんか、仕事ぶりを褒めてもらえたわ」


静かに微笑む自称魔法使いの顔に、何故か心臓がドキッ。

あれ?適応障害の症状がぶり返した?

いや、それとはちょっと違う気がする。


「また、この仕事あったら、やりたい」


「頼んでおこう」


もう少し話したい気分だったが、ツバサはアレクセイの側を離れた。

雇われ仕事が再開できたことからくる高ぶりを知られたくなかったのだ。


「ふむ」


振り向くともらってきたクズリンゴを見て、アレクセイが思案している。

きっとジャムにしよう、アップルパイにしようと考えているのだと思う。八朔も同様。


「お!無事に初仕事終えたらしいな」


猟に出かけていた大野も家に戻ってきた。

玄関に置かれたイチジクの籠を見て、


「伊勢丹のデパ地下で買ったら高いやつ」


かとまるで品名を読み上げるように笑う。


「これが?」


自室に行きかけていたツバサは玄関まで戻った。


「ドライフルーツにしたら十個くらいで二千円。この前、新宿で見て仰天した」


「えっ!!まるで、現金もらってきた気分」


「ハハハ。果物への意識がちょっと変わるだろう」


夜は温泉に。


「うわあ。身体痛え」


浸かると、身体がビリビリ痺れた。

入湯料はアレクセイ・ローンとして支払った八千円中、千円が戻されてきたので、それを使って入った。

今日の風呂は痛いけれど充実感がある。


「もう筋肉痛がきているなんて、若い証拠だ」


隣でアレクセイがのんびり浸かっている。

最近では、一緒に温泉に入りにくるのが当たり前みたいになってしまっていた。


上がると、今日はデザートが出てきた。小さなタッパーに入っていたのは、外が白く中が赤いフルーツ。


「これって、さっきの?」


「そう、生のイチジクだ」


つまんでみると、みずみずしくて甘い。

おまけでもらったものとはいえ、自分が労働力を提供して得たもの。

これも、動き出したという成果。


「すげ」


少ない語彙力で感動を表すと、アレクセイがさらに一つ、押し付けてきた。


家に戻ったツバサは、もう一仕事あることを思い出した。

今日届いていた小さな段ボールを、キッチンで作業しているアレクセイに渡す。彼は体調がもうすっかり回復していた。


「前、流木拾いのことを教えてくれただろう?その後、小さい流木は売れにくいから好きにしていいって箱いっぱいのをくれたよな。それ、いくつか組み合わせてフリマサイトで売ってみたんだ。十セットぐらい売れて、売上金が貯まった。そのサイト、通販会社が運営していて売上金はそっちでも使えるみたいで」


証明のために、アカウントを見せる。

すると、意外なことを言われた。


「ツバサ。お前、写真上手いな」


「そうかな?面と向かって褒められたのは初めてなんだけど」


「いや、上手いぞ」


「前の仕事のおかげかも」


「これの中身は何だ?」


「コーヒー豆。エチオピア産だったかな?」


アレクセイが段ボールを開けてパッケージを確認する。


「こんな高いの」


「コーヒー好きみたいだから、いままでのお礼。これからは流木を売った金でも借金を返すよ」


「それは自由にしていい。物々交換とはまた違う、好きなものが買える喜びを知った方がいい」


「だから、買ったよ。これ。アレクセイが、コーヒーを楽しむ姿を想像すると、何か、そのう、嬉しくなったから」


「しゃがめ」


「え?」


「いいから」


キッチン台の下に大きな身体を折りたたんでアレクセイが座ったので、ツバサも習う。


「もしかして、気に入らない豆⋯⋯」


―――チュッ。


音を立てて唇をついばまれた。


「バッ、馬鹿!バレるって」


焦るツバサを余裕な顔で見ながらアレクセイは立ち上がり、手の上で豆の袋を弾ませる。


「改めて聞くが、どうだった?久しぶりに他人に雇われたのは?」


「一人だけしれっとした顔、しやがって!問題なかったっていうか、向こうが問題ないように扱ってくれた。俺、相当、無愛想だったと思うんだけど」


「地元民からしたら移住者=変わり者って固定概念がある。そんなのがここ二十年で増えて、扱いには慣れている」


「いい職場だったよ。黙々とやらせてくれて。帰りに挨拶の手土産を渡したら喜んでもらえた。なあ、アレクセイ」


「ん?」


「他の家にも渡したいんだ。今度、付き合ってくれない?」


それはこの土地にいたいという宣言だ。

自称魔法使いは「卵も配りたいし丁度いい」と素っ気なく言う割には嬉しそうに頷いてくれた。


その夜、ツバサは久しぶりの充実感と肉体疲労を同時に味わいながら眠りに落ちた。

翌朝、筋肉痛がさらにひどくなり、起き上がれないことになるとは知る由もなかった。

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