自称魔法使い×借金まみれ青年の同居生活【2-9】リンゴ収穫と、新しい居場所

そうこうしているうちに、アマゾンや楽天の荷物を届ける配達員がやってくる。


昼にようやくほっと一息タイム。

携帯をいじっていると裏山に離したヤギを迎えに行く時間になり、そのついでに鶏舎にいる鶏にも餌を投入。


雨戸を閉めて回る時間になる頃には、住人らがちらほら帰って来る。


今夜は、宣言通りインスタントな夕食になった。


食卓にいるのはいつものメンバーだ。大野、向井、鳥越。そして、ツバサ。


「アレクは?」


彼の体の具合を知らない大野が聞いてくる。


「調子悪いらしい。過労だと思う」


向井と鳥越が顔を見合わせた。


「二年に一回ぐらいあるよなあ」

「龍さん入院した直後もあったよね。あの頃は気を張っていたから」


となると、今回は明らかに俺のせいだな、とツバサは確信。


「さっき、顔を見てきたけど、爆睡していた。疲れが溜まっているなら、明日も食事はこんな感じになると思う」


「うーん」と唸りながら向井が指を折り始める。


「明日、鳥越は普通に学校だろ?篠は論外。オレ、大工の仕事入っているし、大野は害獣駆除の招集かかってたんだっけ」

「そ」

「あの、何の話?」


すると、向井が答えた。


「明日、人手が足りないからアレクもリンゴの収穫作業に向かう予定だったんだ。他の人に振るしかないけど、見つかるかなあ。もうピークに入っているから、バイトに出られる人には、すでに声がかかっているだろうし」


「行き先どこだっけ?」

「確か、東出さんとこ」

「あ~。ドタキャンは面倒くさそうだな」


東出。聞いたことのある名前だ。

確かこの前、いや、もっと前にやってきたゴン狐ではなかっただろうか?


「じゃあ、俺、行くよ」


ツバサが軽く手を上げると、大野と向井に驚かれた。


「お前、外で働くのはすぐには難しいってアレクが言ってたぞ。平気なのか?」

「もう大丈夫だと思う。社交的にはなれないとは思うけど。仕事の手際も自信ないけど」

「そういうのあいつら期待してないから、大丈夫。じゃあ、行けるんだな?アレクからお前に変わるって伝えとくけど。朝にやっぱ無理っていうのは無しで頼むぞ。誰にだってできる仕事で、一人欠けたって致命傷にはならないけど、アレクが作り上げてきた信頼が崩れるから」


「分かった」


後片付けをしてから部屋に戻り、目覚めていたアレクセイに伝える。

即座に否定された。


「無理だ。重労働だぞ」


ツバサはアレクセイの額に手を当てる。

微熱っぽい。


「じゃあ、今のアレクセイにはもっと無理だろ。俺、行くから。黙々とやるだけでいいって大野さんと向井さんに言われたし。責任持ってやるって約束するから、アレクセイは安心して休んでくれよ」


そうは言ったものの、ツバサはあまり眠れないまま朝を迎えた。

アールハウス住人を除けば、他人に雇われて働くのは数年ぶり。


逃げるようにして辞めた東京の職場が、何度も夢に出てきた。


七時半になると、東出が軽トラで迎えにきた。

これから外部の人間と働くというだけで、心臓がドキドキしてくる。


「これ、渡せたら」


寝てろよと言ったのに玄関まで出てきたアレクセイが、弁当と一緒にリュックに入れてきたのは挨拶用の缶のクッキー。


連れて行かれた果樹園は、びっくりするほどの広さで、目に入るどの木にも数十のリンゴが成っている。


それを老人の東出夫妻、新人バイトのツバサ、その他数名の手伝いの人たちでやらなければならないようだ。


手伝いの人は親族のようで、東出と親しげだ。

ツバサだけ完全にアウェイだった。


最初のうち、あれこれと話しかけられたが、外部の人間とスムーズに会話できるまでには回復していないようで、意図的に無愛想にしなくてもそんな態度になってしまった。


やがて誰も話しかけてこなくなった頃、八時の仕事開始時間になった。


どの面も赤くなっている状態のリンゴを選び、果硬(かこう)と呼ばれる茶色い角のようなツルの部分から専用のハサミでもぐ。


枝傷があるもの、変形しているものは、ジュースに加工するので、別の籠に分ける。


本当はもっと注意点があるのだろうが、初心者のツバサに伝えられたのは、それぐらいだった。


教えられた通り、黙々とリンゴの収穫を開始。


頭を使うような複雑さは無いから、これならなんとかなるだろうと思っていたら、予想外のところに障害があった。

十五分で猛烈に肩が痛くなってきたのだ。


リンゴはすべて頭上になっている。

小さな脚立を借りているが、それでも必ず手を上に上げなければならない。


昼休憩にはもう疲労困憊。

しかし、他の労働者はご飯を食べながら、おしゃべりする余裕まである。


見たことのない漬物やおかずを勧められ、「⋯⋯っす」と聞こえるか聞こえないぐらいの声量で礼を述べて食べる。


美味かった。

アレクセイの作る料理みたいな手が込んだ複雑な味わいはしないけれど、素朴で、なんだか懐かしくなる味だった。


今まで、こんなの一回も食べたことがないくせに。


午後の作業が始まって早々にツバサの身体が限界を越えた。

もう虚無状態に陥り、機械みたいに収穫をこなしていく。


十五時になり、作業終了。

十六時にはかなり冷え込んでくるからだ。


昼食の一時間を除く六時間の収穫作業で、八千円をその場でもらった。

安いのか高いのか正直分からない。


雇い主の東出は、

「あんた、手際もよかったし、コツコツ頑張ってくれた」

というニュアンスで褒めてくれた。


お土産は籠いっぱいの傷ありリンゴ。ここらへんでは、クズリンゴと呼ばれているが、東京のスーパーで売られているものよりも瑞々しく美味しそうに見える。


「アレちゃんが手伝いに来たときにいつも持たせているものだ。兄ちゃんにもあげるよ。あと、こっちは庭で取れたイチジク。これも、アレちゃんが喜ぶから」


アレちゃんとは、アレクセイのことらしい。あんな風貌なのに、可愛いニックネームですこと。


玉ねぎとは質感が少し違う果物が別の籠に五十個ほど入っていた。


「イチジクって、日本で採れるんですか?」


あまりにも驚いて、ぽろっと質問してしまうと、東出どころか周りの人らも大笑い。

ここいらじゃ、庭に植えられていて、自生しているものからもザクザク採れるらしい。


さらに、八朔も土産に数個追加。

アレクセイが喜ぶだろうなと思った。


家に帰るのが楽しみになると思った後、はっとした。


―――家。そうか、あそこ、俺の家か。


管理人のアレクセイや高校卒業までいることが決まっている鳥越以外は、他にいいシェアハウスやいい土地があれば、最短数日で居なくなってしまう。

縁が切れてしまえば、他人だ。


ツバサが東京に帰ってしまえば、アレクセイだって。


こんなところ、短期しかいないと決めていたはずなのに、アールハウスはツバサにとってかけがえのないものになりつつあるようだった。


帰りも東出の車に乗せてもらう。

初めて知ったのだが、東出はアールハウスの古民家の所有者だそうだ。


元々は弟夫婦が住んでいたのだが、子供は皆都会に出ていき、夫婦は亡くなってしまい引き継いだとのこと。


時々見回りはしていても人が住まないだけであっという間に古びていって困っていたところに父親がシェアハウスをしたいので買わせてくれと申し出たそうだ。


余所者に先祖の土地、建物はやりたくない。

だが、日々傷んでいく古民家をなんとかしなければならない。


苦肉の策で、賃貸にしたらしい。


家賃はなんと五千円。あの広さでこの価格は破格過ぎる。

ただし、所有者が申し出れば住人はいつでも出ていくという条件がついていた。


「でも、アレちゃん筆頭に丁寧に暮らしてくれるから」

「そう言ってもらえて安心しました。俺、東京にもう家が無いし」


軽トラックから降り際、ツバサはリュックから缶を取り出した。


「あの、挨拶が遅れたけど、東京から来た北川です。よろしくお願いします」


緊張しながら渡すと、東出はにっこり笑って受け取ってくれた。


新住人としてようやく務めを果たした気がして、ツバサはすっきりした。

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