「定価で売っている場所を、探すんだよ?」

「――反省、って」


 銀二は不満顔だ。


「別に、俺は悪いことはしてないぜ」


 この期に及んで、自己弁護。翔太達――特に正志が、苦虫をつぶしたような顔になる。


「盗んだわけじゃない。普通にお金出して買ったものを、欲しい相手に売っただけじゃないか」


「それは、あくまで人間社会の理屈だろう?」


 そこまで黙っていた景が、口を挟む。


「確かに人間の法律では、そこまで禁じてはない。けど、あくまで法律には反してないってだけで、そもそもモラルとか道徳でも問題あり――そのくらいは、知っているんじゃない?」


「……っ」


「それに、そもそも今はこちら側の理屈の問題。モラルとか道徳、心の在り方が結構重くてね。君は、僕の仲間を怒らせた。だから――そんな状況に陥っている。とりあえず、話してみるんだね」




     ◇


 ――その妖怪の名前は、カルタ小僧と言った。

 

 ずっと昔から子供達に交じって、カルタやメンコ遊びに興じる――ただ、それだけの妖怪。

 最近になって、カードゲームに興味を持って、ちゃっかりとその仲間に加わっていた。


「気付いてないだけで、翔太達とも遊んだことあるんだぜ」


 言織の言葉に、翔太と正志は顔を見合わせる。彼女が言うには、カードショップの店内で遊んでいた時に、カルタ小僧が居合わせたこともあるとのことだ。


 ――そして、今。

 迷い家の一室にて。

 瀬川銀二は、カルタ小僧と引き合わされていた。


 妖怪とのことだが、見た目は普通の少年だ。

 それこそ、どこにでもいるような小学生男子。もっとも、時代時代の子供に紛れ込むのがカルタ小僧という妖怪である。


「……ボクは、ただ子供達と楽しく遊びたいだけだったんだ」


 数年前からはまった『G・D』は、本当にお気に入りだった。

 妖術を使って、ずるをすることもない。カルタ小僧の妖怪としての能力は、ただ人間の子供に違和感なく混ざるだけ。


 そうして、しばらくは平和に遊んでいた。

 けれども、ここ最近になって――その状況に陰りが見えてきた。。

 それは――


「お前たち、転売ヤーのせいなんだぞ?」


 その瞳に、激しい怒りが垣間見える。妖怪としての恐ろしさが、少しだけそこにあった。

 

 買いたいのに、定価で買えない。

 大人や、アルバイトで稼げる高校生ならまだしも――限られたお小遣い。やりくりしなければならない 小学生にとって、それは致命的だった。

 本来は買えるはずのものが、買えない。高額過ぎて、手が出せない。

 それは、興味もないのに買い占めて、売りつけようとする転売ヤーのせいなのだ。


 憎い。

 恨めしい。

 腹が立つ。

 許せない。

 赦せない。


 そんな子供達の思いがあふれ、集まり――ふとしたきっかけで、カルタ小僧に宿った。

 その怪異の性質に、相性が良かったのだろう。子供達の楽しいという感情を起源としたカルタ小僧にとって――その『楽しい』を蹂躙する行いは猛毒。

 その猛毒が、本来なかった妖力を与えてしまったのだ。


 それが、瀬川銀二にかけられた呪いの能力。

 これもまた、ヒトの想いが形となった結果なのである。


「だ、だからって――何で、俺なんだよ!」


 転売ヤーは、自分だけじゃない。他にもたくさんいるし、それこそずっとずっと長い間続けている者だっている。

 そっちのほうが、よほど害悪じゃないか――そう、銀二は悲鳴のように主張した。


「……そ、それに、俺だって好きで転売ヤーになったわけじゃない。仕事をなくして、どうしようもなかったんだ! 俺にパワハラをした上司の奴が、何で平然としてるんだよ!」


「……まあ、間が悪いってことだろうね」


 言織の答えは、素っ気ない。


「カルタ小僧が、たまたまこの町でよく活動してて……その目に止まってしまった。けどさ、他にも同じなのがいるって言っても、あんたも同様なのは変わりないでしょ?」


「……う」


 迫力ある視線に見据えられて、銀二は呻く。細くて、ずっと年下に見えるだけの少女。けれども、その眼光と声の重さに、気圧されてしまった。


「逆にあんたは、?」


 続けられた言葉には、反発を覚える。言織の言葉は、納得がいかない。――運がいい? それこそ、カルタ小僧に見咎められなかった奴らの方が、幸運じゃないか。


 その言葉の意味が、この時の銀二には理解できなかった。


「おまえは、子供達の楽しみを奪った」


 カルタ小僧が、言い募る。言織に向いた意識が、カルタ小僧へと戻った。

 おどろおどろしい声色で、まさしく妖怪と言うべきだった。もっとも、そう感じるのは、敵意を向けられる銀二だけであったが。


「だから――同じ時間だけ、おまえの楽しみを奪う。食べ物の美味しさ、転売を続けた時間だけ奪ってやるんだよ」


 銀二が転売を開始したのは、約三ヶ月前。まだ一週間にも満たないのに、もう限界に近付いている。何を食べても、美味くない。地味ではあるが、苦行である。

 生きる上で、食事は大きな楽しみだ。それを奪われる。

 

 すぐさま生き死にに直結するわけではないが――実際、食欲にも影響している。食事はただの作業になり、その味気なさは体調不良という結果を出していた。


「……た、頼むよ」


 情けないと思うが、銀二は頭を下げた。


「俺が悪かった。許してくれよー、あと何週間もなんて耐えられねえよ」


「そう」


 カルタ小僧は、少し考える素振りを見せた。ニヤッと笑う。


「じゃあ、ボクの条件を飲んでくれたら、許してあげてもいい」


「……ほ、本当か?」


 表情を明るくする銀二だが、すぐに曇らせる。

 ――何でもする、とは言えない。どんな無理難題をぶつけられるか、わからない。

 しかも相手は妖怪だ。これまで半信半疑だったが、いつの間にかその現実を受け入れている。

 警戒するのは、当然と言えた。


 翔太達にも、緊張が走る。他人事とは言え、これからどんな難しい条件が出されるのか。

 特に一度、痛い目にあっている翔太以外の三人は、なおいっそうに見える。



「ボクが許す条件は――」


 もったいぶってカルタ小僧が提示した、瀬川銀二を許す条件。

 それは、肩透かしを喰らうものだった。



 少なくとも――聞いた時には、そう思えたのだ。




      ◇



「……ふう」

 ため息をつく銀二。

 約二時間後――彼は、八津代市から電車で一時間ほどの場所にいた。


「結構、面倒だな」


 愚痴が漏れるが、顔色は意外にいい。 

 何しろ、数日ぶりにまともな食事を取れた直後だ。手軽な駅前の牛丼が、涙が出るほどに美味かった。

 感極まる銀二を、周囲の客と店員が若干引いていたくらいに。

 カルタ小僧の条件を飲むことで、一時的に呪いを解かれていたのだ。

 何せ、これから苦労するのだ。体調を万全にしておかねばなるまい。


 彼が出した条件――それは、銀二が高額転売したカードゲーム『G・D』の最新弾で、勝負をすることだったのだ。

 彼曰く――


 ろくに知りもしない、ただの転売品として取り扱ったことが許せない。だから、『G・D』を知って、自分達と遊べと言うのだ。


 一瞬、耳を疑った。

 そんな軽い条件でいいのか。


 すぐさま、スマホで『G・D』の最新弾パックを検索した。フリマサイト『ウルカイ』で、七倍近くで出品されている商品をすぐに見つける。


(……うわ、俺が売った時より上がってやがる)


 こんなことなら、転売せずにとっておけばよかった。少し後悔したけれど、背に腹は代えられない。


 銀二は一番安い――とは言ってもせいぜい百円ほど、の出品を買おうとしたのだが。


「それは、駄目だよ」


 カルタ小僧に、止められた。


「……どうして?」


 眉をひそめる銀二の横で、言織と景はさも当然と頷いている。


「転売品は、駄目に決まっている。買い手がいるから、転売が成り立つ。そもそも、僕たちはその転売に腹を立てているんだからね」


 と、景。

 彼もまた、カルタ小僧の側である。


「本末転倒じゃないか」


「じゃ、じゃあどうしたら……?」


 もしかして無理難題を突き付けられた、ということなのか。銀二は少し肝が冷えた。


「決まってるじゃないか」


 さも当然と、景は答えた。


、探すんだよ?」



 ――そうして。

 銀二は、わざわざ店を回ることになったのだ。









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