第3話
「ではこれを」
側近が懐から取り出した小箱を受け取り、国王はユウに向ってそのビロードの小箱を開けてみせた。
そこにはライトブルーの小さな石がはめ込まれた指輪が鎮座している。
「これは?」
首を傾げたユウに、しかしそれが何であるかを察したリンクスは思わず服の下につけてある革紐のネックレスへ意識を向けた。
その革紐の先には、指輪にはまっているものより二回りは大きいライトブルーの石がぶら下がっているのだ。
「これは魔石です」
「魔石?」
差し出された指輪をマジマジと見つめるユウの手を取ると、国王はそのしなやかな右手の薬指に指輪を滑らせた。
「魔力を増幅させることも、押さえることもできる石です」
「それって貴重な物なんじゃ?」
「ええ、ですが今のあなたには必要な物です。魔法に慣れていないので、魔力を増幅することで魔法を使いやすくしなければ植物を育てるのは大変難しいでしょうから」
そうなんだとユウは不満顔だが、それでも納得したようにはめられた指輪を案外たやすく受け入れた。
ユウが渡されたものよりも大きな魔石。
それが服の下で素肌に触れている感触に、リンクスはそっと目を伏せた。
この石は元々はリンクスの物ではない。
アルフィードの物だ。
リンクスが十三歳、アルフィードが十六歳の時だ。
アルフィードの両親が事故で亡くなった。
何も言えず傍にいることしか出来なかったリンクスは、アルフィードの両親の葬式が終わった三日後、魔力が暴走して寝込んだのだがその時に魔石を差し出された。
代々ひっそりと受け継がれてきたもので、亡き両親からアルフィードが貰ったものだった。
当時リンクスはまだ魔石の事をよく知らなかった。
だから、綺麗だなという感想くらいしかなく、両親の形見であることも教えられなかったため、遠慮をしたが強引に渡された。
しかし本で魔石の事を知って、何故アルフィードが持っているのか問い詰めたところ、親の形見ときたものだ。
そんなものは貰えないと返そうとしたリンクスだったが、頑としてアルフィードは受け取らなかった。
『このままじゃ魔力が抑えられずお前の体がもたない。頼むから、持っていてくれ』
今思い返しても、切羽詰まった声だった。
確かに年々衰えるどころか増大していく魔力に、リンクスの脆弱な体は耐えられなくなっていっていた。
何度も魔力が暴走して、そのたびに体に負担をかけて倒れていたのだ。
いつも真っ先に駆けつけてくれていた幼馴染がくれた魔石を身につけてからは、魔力を石が抑えて暴走することもなくなった。
眉根をよせて懇願されたリンクスは、結局押し切られた形でそれ以来魔石を首から下げている。
けれど、いつかは彼の手に返したいと自分で魔力制御の研究を始めて今に至るのだ。
彼の優しさは、大げさかもしれないがリンクスの命の恩人だった。
ひっそりと思い出に心を馳せていると。
「リンクスと言ったか」
「は、はい!」
突然に国王から名前を呼ばれ、リンクスはびくりと肩を跳ねさせると、慌てて背筋を伸ばした。
「魔力制御の研究をしているそうだな」
「はい、しています」
「今日からユウ様について魔法の使い方を教えてさしあげろ」
国王の言葉に目を丸くしたリンクスが何か言うよりも早く、聞きなれた幼馴染の声が遮った。
「陛下、賛成しかねます。リンクスは魔法を使える状態の体ではありません」
アルフィードのハッキリとした言葉に、リンクスは内心冷や汗をかいた。
まさかそんな理由で呼び出されているとは思わなかったし、アルフィードが国王に再び否を唱えるとも思わなかったからだ。
(それは駄目だよアルフィード!)
もう混乱と驚きでいっぱいいっぱいだ。
正直、頭を抱えたくなった。
「国の危機だ、少しくらいの無理はして当たり前だろう。それにそんな奴の体など知ったことか」
国王ではなく側近の口が開かれた。
「それに、万が一この男がラルカディオの元へと行けば闇魔法使いを二人も相手にしなければならない。寝返らないとも限らないからな。監視の目的もある」
そのセリフにアルフィードの眉根がかすかに寄ったのを見逃さなかった。
「リンクスは」
「わかりました!」
アルフィードが何か言う前にリンクスは声高く返事をした。
幼馴染は微かに不満気な眼差しを向けてきているが、それは気づかないふりをさせてもらう。
リンクスの返答に、側近とそれまで静かに静観していたテーセズが当然だと言うように冷めた眼差しを向けるのを、リンクスは肩をよせながらも受け入れた。
「では、この二人の紹介を」
国王が騎士二人に視線を向けると、二人は静かに立ち上がってユウに向って頭を下げた。
「この者たちは我が国の魔法騎士団の団長と副団長です」
「アルフィードと申します」
「テーセズと申します」
まっすぐに背筋を伸ばして挨拶をする姿は堂々としている。
「騎士?それも魔法の使える?凄い」
少し興奮気味に二人を見上げる優の目は心なしか、キラキラとしていた。
「今日からユウ様の護衛をさせていただきます。アルフィードとお呼びください」
「アルフィード、さん」
ユウはどこかそわりとしたあと、よろしくお願いしますと頭を下げた。
落ち着かないんだろうなとリンクスはユウの様子を見て思った。
アルフィードの整った顔は気品さえあって、年頃になってから本当に王子様だと女の子が夢中だった。
それは男も一緒で、騎士団団長という実力も加え人気を博している。
リンクス自身、今でも時々キラキラした顔だなと落ち着かない気持ちになることがあるのだから。
「では城の中を案内しよう」
立ち上がった国王と側近にユウも席を立つと、リンクスも慌てて椅子から腰を浮かせた。
しかし。
「お前は今日は必要ない。しばらくは城に滞在だ、光栄に思え」
部屋を出ていく面々のしんがりについた側近に突き放された物言いで命令され、リンクスは追いかけようとした足を止めた。
バタンとリンクス一人を残して扉が閉じられると、広い部屋にシンと静寂が転がる。
誰もいなくなった部屋でようやく肩の力を抜いたリンクスは、長々と息を吐いた。
まさかこんな事になるなんて。
服の上から魔石を押さえると、明日からのことを思う。
それは、どう考えても。
「不安だ……」
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