龍が降らした雨のあと。

稚魚劇場108

第一章 忘れないで。

第1話 きみはアイドル(挿絵イラストあり)

 人口約五万人の離島,左遷ヶ島させがしま

 自然豊かなこの島には、高貴な名を持つ少年が暮らしていた。


 彼の名札は、今日も大きく傾いたままだ。


【 左遷ヶ島させがしま小学校 6年A組8番 】


【 王階きみしな 翠雨すいう 】



 山の中腹にある古びた寺、【永伝寺えいでんじ】の境内。

 本堂に施された精巧な龍の彫刻は、沈みゆく夕日に照らされ、黄金色に輝いて見えた。


 翠雨すいうは、石段の隅に捨てられていたタンポポを優しく拾い上げた。

 足元に咲く島の花々とは、見た目が大きく異なっている。

「よそから来た子だっちゃ……

増えないように、抜かれてしまったんだね」

 彼は島の方言で、外来種のタンポポに声をかけている。


 鳥の鳴き声に顔を上げると、朱鷺の群れが夕焼け空へと消えていくところだった。

 大陸タンポポについた泥を丁寧に払う。


「おれの家においで。一緒に帰ろう」


 翠雨はこの花をランドセルのサイドポケットへと挟み込んだ。


 

(表紙イラスト)

https://kakuyomu.jp/users/chigyo/news/16818792439698331987



 チリリン、チリリン! 

 錆びたベルの音が静寂を破った。1台の自転車が目の前の山道を降っていく。


「お、お前さん!!! もしかして……王階きみしな 翠雨すいうくんか?! 」


 息を切らして自転車を停めたのは、見知らぬお年寄りであった。興奮した様子で、翠雨の顔を覗き込んでいる。

「やっぱりそうだっちゃ〜! 孫から話を聞いとるよ。カラオケ大会で優勝した美少年……

いやぁ、髪型だけが惜しいなぁ。

【チャチャチャ坊や】にしか見えんよ」


 翠雨の髪型は、一房ひとふさの前髪だけを残し、それ以外は坊主に刈り上げられていた。前髪の毛先は眉上で切り揃えられている状態だ。


(挿絵イラスト)

https://kakuyomu.jp/users/chigyo/news/16818792439705174460


「あの……お爺さん、

【チャチャチャ坊や】って……何? 」


 しかし、顔立ちは誰もが振り返るほどの並外れた美形であった。弱りきった蝶も、翠雨の周りから離れようとはしない。

 お年寄りは確信したように頷く。

「アイドルになったらどうや? 本間ほんまさんも同じことを言うとったよ」

「……頼むから、おれの質問に答えてくれ! 」


 軽トラックがふたりのすぐ横で一時停止をした。荷台に乗っている、柴犬【サクラ】と雑種の【ンボ】もご機嫌だ。

「おぅ、翠雨! カラオケ大会で披露しとったモノマネ、最高やったで。さすが、左遷ヶ島のアイドルだっちゃ〜

……でも、【ヨーカイカイ】には気をつけや。  公式キャラクターの【チャチャチャ坊や】

あれ、翠雨がモデルやと思うで」

 笑顔の運転手が、手を降り去っていく。

 お年寄りもしきりに頷きながら、再び自転車を漕ぎ出した。

 翠雨は彼らの背中を見送りながら、小さくため息をつく。

 

「どうしてみんな……

おれのことを知っているの?

ま〜た、

トラブルに巻き込まれる予感がするっゃ」


 中性的で美しい顔立ち、透き通った声に青みがかった大きな瞳。

 翠雨を知る左遷ヶ島させがしまの人間は、みな口を揃えてある説を唱えた。

 彼はきっと____




 


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