彼女のいる場所

 この作品の美しさは、何よりもその構造にあります。
 半角と全角の「カシャ」の使い分けという、一見些細な表記の違いが、二つの世界の境界を静かに示している。
 この技巧に気づいた瞬間、物語の全体像が別の意味を帯びて立ち上がってきました。

 写真を見せ合う二人の会話が、とても自然で温かい。
 「ふふんと誇らしげな顔をする」という描写に、彼女の生命力が宿っている。

 でも物語が進むにつれて、リクエストの内容が変化していく。
 動物、街、そして「全部___たくさん」という切実な願いへ。
「私たちが見たとこも…全部」という台詞の途切れ方が、言葉にならない感情を雄弁に語っていました。

「急に早足をするから/ゆっくりな僕は追いつけなくなったけど」という表現の繊細さに、胸が痛みます。直接的には語られないけれど、その婉曲な言い回しが、かえって切実さを増しています。

 最後の「白の壁ばかり」という一文で、彼女の世界がどんどん狭まっていることが明かされる構成も見事でした。
 窓辺の蝶から、思い出の街へ、そして白い壁へ。
 写真というメディアを通じて、二人の時間の流れ方の違いが浮き彫りになっていく。

 福祉を学んでいた主人公が写真の道を選んだという設定も、物語に深い意味を与えていて。
 誰かのために、という動機が、職業選択にまで及んでいる。

 読後に残るのは、悲しみだけではなく、写真を撮り続けるという行為に込められた静かな愛情です。
 間に合わないことを知りながら、それでも撮り続ける。
 その姿勢に、言葉にならない優しさを感じました。

『これから僕が撮っていく景色の中に映るはずだった君の背景は最後にずっと白の壁ばかり』

 この一文は、写真という作品全体のテーマを象徴していると思います。
 写真は本来「そこにいた証拠」を残すもの。
 でもこの物語では、彼女が「いないこと」を記録している。
 彼女が行けなかった場所、見られなかった景色、一緒に歩けなかった道。
 主人公は失われた未来を知りながら、それでも撮り続ける。
 彼女のために外の世界を切り取り続ける。