異世界行ったらばあや⁈でモフ☆モフ☆ライフ⁈
@azchialla
第1話 デコトラにはねられた先は獣臭い天国…?
プロローグ
久しぶりの社内飲み会は、予想どおり荒れた。
「だいたい何なんですか〜っ! 総務部Bって……Bって……‼︎」
営業3課の本城くんに背負われた高橋エリカが、今晩10数回めの雄叫びを上げる。
エリカは先週、本城くんのいる営業3課から、わが総務部Bに配属されたばかりだ。入社2年めにしてちょっと急な異動。今日の飲み会は、この子の歓迎会も兼ねていたりする、わけなんだけれど……。
「大丈夫、すぐまた戻れるからさ」
本城くんが無駄に爽やかな営業スマイルでエリカをなだめると、
「いや、無理でしょ!」
と、鬼の形相のエリカが言い返す。
「でも悪いのはエリカじゃないんだし――」
本城くんがフォローらしきことばを口走るが、これってまたエリカが噴火する流れじゃ――?
「まぁ、その話は――」
とわたしが言いかけたのと同時に、エリカが本城くんの背中で号泣し始める。
やば……と顔を引きつらせている本城くんと目が合った。(すみませーん)と、彼の口が動く。悲しげな顔ですら爽やかだ。
わたしたちは飲み会でつぶれたエリカを彼女の住まいに送り届ける途中だった。
駅から徒歩15分だという道のりを、国道に沿ってもう30分近くよろよろ歩いている。本城くんの背中でエリカが定期的に噴火するせいだ。今もまた、涙と鼻水を本城くんのパリッとしたスーツになすりつけながら、エリカが夜空に吠えている。
まあ、その気持ちはよくわかるけどね。
花の営業部から総務部B、エリカにとっては悪夢のような転落だろう。総務部Bはワケあり社員が飛ばされる部署として存在している、と考えている社員は多い。
そしてそれは、ほぼ正しかったりする。
「オダ先輩だって悔しくないんですか? ユキマルくんを作ったのってオダ先輩なんでしょ? 先輩のアイデアなんでしょ?」
手のひらサイズのユキマルくんマスコットのチェーンを、エリカがぶんぶん振り回している。今日の飲み会で係長がみんなに手渡してくれたものだ。500万セールスを記念した特注品らしい。
「それなのに総務部Bに飛ばされるなんて……こんな大ヒット商品を作ったのに……」
いつのまにか怒りの矛先が変わっている。ぐるぐる振り回されている白猫のマスコットが哀れだった。いや、正確には白猫ふうのフォルムにペガサスみたいな美しい翼を備えた美獣であって――
「先輩、もう何年いるんですか総務部B」
「え? ああ……3年と半、かな」
ちらっと見ると本城くんが気まずそうにしている。
「ほーらみろ本城! すぐになんて戻れないんだよーっ! なにさこんな猫もどき! 恩知らずめ! ええい、どっか行けーーーッ!」
本城くんの背中でエリカが渾身の力をこめ、ユキマルくんを放り投げた。
「わ、だめ!」
本城くんとわたしが同時に声を上げ、本城くんより身軽なわたしがユキマルくんをキャッチする。
「先輩! 危ない!」
本城くんの声が響く。
「え?」
気づけばわたしは歩道を飛び出し、国道に立っていた。
目の前に迫ってくるのは――大型トラック。
逃げる暇もなかった。
グワン、という衝撃。
遠のく意識のなか、最後に頭をよぎったのは案外どうでもいいことだった……
……今どきちょっと珍しいよね……キラキラフリフリド派手に飾り立てたデコトラって……
★★★
目を覚ますと、小さな女の子と目が合った。心配そうな面持ちだ。
「……サキちゃん?」
自分の声がずいぶん遠くから聞こえる。しわがれていて、他人の声みたいだ。とっさに姪っ子の名前を口にしてしまったけれど、目の前の子は……サキちゃんじゃない。
だれ……? 見たこともない。
緑色の瞳に――赤い髪。
外国の子?
女の子は何も言わずに部屋を飛び出していく。
「おばあちゃんの目が開いたよ! なんかしゃべった!」
おばあちゃん?
先月31歳になったばかりだ。百歩譲っておばちゃんくらいは許せる。なのにおばあちゃんって――
聞き違い、だよねぇ。はぁーやだやだ。
目をこすり、こすった手を見て――固まった。
あれ?
シワシワ。
体を起こそうとするが、全然力が入らない。自分の体じゃないみたいだ。
えっと、わたし――昨日何してたっけ?
総務部Bの飲み会があったよね、エリカの歓迎会も兼ねていて、営業3課の本城くんも飛び入りで参加していて、エリカがものすごーく荒れて……。
そうだ。
そうだよわたし轢かれたんだ、ド派手なデコトラに。
思い出したとたん、心臓のあたりがぐっと痛くなる。
助かったのか? で、命は取りとめたものの昏睡状態でずっと目覚めなかったとか?
両腕を顔に近づけ、じっくりと見る。
この感じだと40年はたってるかも。うちのおばあちゃん85歳だけど、シワシワ加減がよく似ている……ってことは、50年近く眠ってた⁈
そんな……
なんて考えていると、女の子が戻ってきた。女性をふたり引き連れて。そのままわたしの寝ているベッドに近づき、みんなでこちらを見下ろしてくる。
ひとりはティーンエイジャーくらい、もうひとりは40代後半というところ。親子なのだろう、3人ともよく似ていた。
「おはよう、よく眠れた?」
母親らしき人が話しかけてくる。あまりにもふつうで、とても50年眠っていた人に話すような口調じゃない。
あれ?
今度こそ起き上がろうとすると、ティーンエイジャーの子が背中に腕を回して支えてくれる。
「あ…りがとう」
うう、口がよく動かない。
「美味しいごはんができていますよ、その前にお着替えしましょうか」
☆
着替えを手伝ってもらいながらようやく頭が回ってきた。
ここは日本じゃない。
というか、現代社会ですらないかも。
天国? とも思ったけどちょっと違う気がする(行ったことはないが)。だって天国って、花畑とか、光がさんさん降り注ぐ場所で、みんなで歌って過ごすようなところだよね?
こんなにガッツリ生活感があるとは思えない(行ったことはないが)。部屋の壁は灰色の石っぽいし、床なんか土の上に敷物を引いただけだ。
そして何よりわたし、すごいおばあちゃんなんですけど。
これはきっと夢だ。わたしの夢の世界。デコトラに轢かれて病院に運ばれて、そこで見ている夢に決まっている。
それにしても、生まれて初めて老人になってみたら、ふつうに立っているだけでも足がガクガクする。夢なのに妙にリアルだ。中学・高校・大学とソフトボール部で足腰を鍛えまくり、体力だけが武器だったのに、なんだろう、この心もとなさは……うちのおばあちゃん、85歳なのにテニスしてるよね、いやぁほんと尊敬しかない。
そしてわたし今、どんな見た目なの? おばあちゃんのわたし……鏡が見たいよ! 鏡はないのか? 鏡は‼︎
わたしがきょろきょろするたびに、母娘がビクッとする。3人そろって赤髪に、緑色の瞳。服までおそろいで、足首まで隠れるスカートに、ざっくりした感じのブラウス。部屋はうすら寒くてかび臭いし、どこからか獣臭も漂ってくる。
「あの……ここってどこなんでしょう?」
そうたずねると、着替えを手伝ってくれていた母と娘――ティーンエイジャーのほう――が顔を見合わせた。それから娘が口を開く。
「本当に……思い出せないの?」
目が合った。真剣な眼差し。よく見ると整った顔立ちをした感じのいい子だ。でもこれまで会ったことなんてない。だいたい外国人の友だちも知り合いも皆無に等しいのだ。昔、英会話教室に通っていたことはあるけど、先生、日本人だったし。
っていうか、いま話してることばも日本語じゃないよね? 意味もわかるし会話しているけれども! 夢ってすごい。
「お、おばあちゃん、このあいだ、倒れた拍子に頭をぶつけて、記憶喪失になっちゃったのよねー。まだ記憶が戻らないの、心配だわー」
母親のほうがとってつけたように言う。なんだろう、少しあわてた感じがするような。じっと見つめると、母親が目をそらす。
「さて、お着替えできたから、食事にしましょう!」
明るい声で母親がそう言うと、小さな娘のほうが元気に応えた。
「そうだね! もうじきお迎えが来るし」
お迎え?
母親の顔が引きつった――気がした。
「さ、さあさあ、食事はあちらよ!」
どうやらこの夢世界では「記憶喪失になったおばあちゃん」であるらしいわたしは、急き立てられるように部屋から連れ出されたのだった。
☆
1時間後。
パンとスープという質素な食事を終えたころ、本当に「お迎え」が来た。そして夢はいっこうに覚める気配がない。
母親に手を引かれ、家の外に連れ出されたとたん目に飛び込んできたのは、だだっ広い荒野だった。何もない……いや、目を細めて見ると(おばあちゃんでも視力はわりと大丈夫らしい)、遠くのほうにちらほら、家みたいな塊が見える。
振り返ると、今いる家は外観も粗末なつくりで、近くにほかの民家もない。家の横手には少しばかりの畑、繋がれているヤギ的な動物が一頭(ヤギにしては胴がちょっと長いような……)。家の後ろはすぐそこまでこんもりした崖が迫っていて、一面緑に覆われている。
そして馬車だ。この荒野にはそぐわないほど、ぴかぴかで黒塗りの大型馬車が、ぼろ家の前の道ともいえないような道に停まっている。馬車のことなんて何もわからないけど、シンプルなくせに高級そうな威圧感を放っている。飾りは紋章だけ。ライオンと龍が合体したような生き物が描いてある。
いったい何のお迎えなの?
ゆっくりと母親のほうを向くと、母親は気づかないふりをしている。上の娘のほうを向くと、目が合った。その目がみるみる涙で潤んでくる。
「え…?」
どういうこと……? と下の娘を見下ろすと、娘はにっこり笑った。
「行ってらっしゃい、おばあちゃん」
あ、でもなんか予定どおりなわけね。
あくまで平常運転です、といった下の娘とは対照的に、上の娘は、ひっく、という声とともにしがみついてきて、本格的に泣き始めた。
まあ、ずいぶんおばあちゃんっ子なんだ、こっちの娘は。おばあちゃんとしては、ここでちょっといいことなんか言うべきなんだろうけど、記憶喪失らしいから、まあ、いっか。よくわからないまま、泣いている上の娘の背中をぽんぽん叩いていると、馬車から誰か降りてきた。
「おお……」
思わず声が出てしまう。
まず目を引いたのはブルーの長い髪だ。ゆったりとしたローブを着ていて、男性のように見える。歳はまだ若そうで、営業3課の本城くんくらいだろうか。優雅な足取りでこちらに近づいてくる。母親が頭を下げると男はうなずき、口を開いた。
「で、そこの女人か?」
どうやらわたしのことらしい。
「は、はい、タマラ…でございます」
母親が深く頭を下げる。
タマラ? おばあちゃんの名前? わたしは今、タマラなわけね?
男がこちらに近づいてきた。右手に、小さな手鏡のようなものを持っている。
わ、鏡!
わたしは無性に自分の顔が見たかった。おばあちゃんになったのはわかったけれど、見た目はどうなの? がっつりタマラなの? わたしが30数年慣れ親しんできた織田万里とは、まるきり別人になっているの? ……気になる!
こちらがよほど食いつくような顔をしていたのだろう、男は少したじろいだが、すぐに手鏡らしきものをわたしの額に向けた。それはやっぱり手鏡で――そこにはシワシワのおでこと瞳が映っていた。
短くカールした銀髪に、淡い紫色の瞳。
どう見ても「織田万里」の老後の顔ではない。
タマラおばあちゃん……わりと美人……シワの奥の瞳がとても美しい。じっと見つめていると、我ながら(?)引き込まれてしまいそうだ。
――と、いきなりシャランと音がした。音を立てたのは鏡そのもの、のようだった。男が鏡の背面を見て眉をひそめた。もう一度、こちらに向かって鏡をかざす。
シャラン。
鏡の背面を見て、ふたたび男が首をひねる。
「あの…何か?」
母親が遠慮がちにたずねると、男が口を開いた。
「この女人……タマラ殿は……80歳ほどと見受けるが」
「は、はい! まさに80歳でございます」
母親の声が上ずっている。
「さぞや徳を積まれた女御なのであろう」
男がじっとこちらを見る。瞳は髪より深い青――藍色に近い。珍しいものを検分するような視線が居心地悪くて、目を伏せた。男は腰にさげていた黒いポーチのようなものから何か取り出した。
「これを」
受け取った母親が、驚いて後ずさりする。
「あ、あの…これは…⁈」
金貨っぽいコインが10枚……というところか。
「この女人の錬度は30代に相当する。祝儀は錬度に応じて額が決められているからな。其方たちは、よいご祖母殿に恵まれた」
……レン・ド? 30代? 確かにわたし、31だけれど……。
は、ははーっとばかりに母親が頭を下げた。泣いていた上の娘もつられて頭を下げる。下の娘だけがよくわからず無邪気な顔で男を見上げている。よくわからないのはわたしも同じ。でもまあご祝儀が出るくらいだ、何かめでたい儀式にでも連れていかれるのだろう。
「さ、参ろうか」
男に腕を引かれ、わたしは馬車に向かってゆるゆると歩き始めた。
「お、おばあちゃん!」
上の娘が駆け寄ってくる。
「これ」
泣き顔の娘が差し出してきたのは……
「ユキマルくん?」
あのときエリカがぶん投げた、ユキマルくんマスコットだ――ペガサスのような羽根を広げた白い猫。
これをキャッチするために車道に飛び出して、デコトラに轢かれたわけで。
「おばあちゃん、大事そうに持ってたから」
「持ってたって、いつ……」
わたしのことばは男にさえぎられた。
「さ、中に」
そして馬車の中に押し込まれ、いい香りがするなと思った途端――意識が途切れた。
☆
やっぱり夢だよね。
タマラおばあちゃんだなんて。
あんな無国籍民話ワールドみたいなところで、生活しているなんて。
しかも80歳だよ。
寝返りを打ちながらわたしは心の中でそうつぶやいていた。
ポトン…ポトン…
どこからか、雫の垂れるような音がする。やけによく響くなぁ、温泉場の大浴場みたい。そういえば去年の部内旅行は、湯河原温泉だったなぁ……。総務部B、まったく盛り上がらなかったけど、お風呂だけは最高だったなぁ……
なんて考えていたら、バタン!という大きな音ともに、冷たい風が吹きつけてくる。あまりの寒さにぶるっと震えながら目を開けると、そこは、温泉場の大浴場――ではなく、洞窟みたいなところだった。いや、洞窟というのでもない。もっと巨大なドームのようだ。岩壁が白いせいか、ほんのり明るい。
もしかして、天国――の待合室的な?
わたしは地面に横たえられていた。背中の堅くひんやりしたい感触からして、石床かもしれない。
天国、寒い!
花畑はどうした、花畑は!
起きようとしたら、またもバタンと大きな音が響き――さっきよりも大音量だ――冷たい突風が吹いた。
そしてその突風は、どこか獣めいた匂いがした。
天国ってこんな匂いなんですか……?
風の吹きつけてくるほうに顔を向けると、モフッとした小山がある。白銀に輝くモフ山だ。その山の端がフワッと持ち上がり――次の瞬間バタンと石床に打ちつけられる。そのせいで風が起こり、もろに顔に吹きつけてくる、という仕掛けだ。
つ、冷たい……顔が凍る……。避難したほうがよさそうだ。ゆっくりと身体を起こして立ち上がり――
息が止まった。
モフ山だと思っていたのは何かの尻尾、それもかなり後ろのほうだった。尻尾ははるか前方まで続き、目をこらしてみると、その先には本体が――これまた巨大な山のように聳えている。
バタン、バタンと動かしていたのは尻尾のほんの先だけだったらしい。トカゲで言えば、ちょろっと切れちゃうあたりだろうか。尻尾全体でバタンとやられた日には、わたしなど軽く隣の町くらいまで飛ばされてしまうだろう。
やばい。やばいですわよ、これ。
巨大な山から目を離さないようにしながら、そろりそろりと後ずさりする。
数メートル下がったところにゴツッと岩が盛り上がっているところがあったので、さっと身を隠す。よかった。気づかれていないようだ。それどころか全然気にもしていない感じ。こちらに背を向けて、何をしているんだろう?
と思ったとき、ようやく床に転がっている人たちが目に入った。あっちにひとり、こっちにひとり、という具合で転がされている。どの人も身動きひとつしていない。
まさか死んでいる……?
いや、さっきまでのわたしみたいに、眠らされているのか……
巨大なモフ山が、向かって3時の方向に身体を動かした。身体の先が見え、顔が見える。
ドラゴン、といえばいいのだろうか。長い尻尾に短い手足、全身を白銀色のモフ毛に覆われ、巨大な目が半分だけ見えている。ルビーのように赤い目玉だ。そして目玉と同じように赤く長い舌を伸ばしては岩床の何かを巻き取って食べている。鼻の穴からキラキラした蒸気のようなものを噴き上げながら。
岩床の何か――
転がっている人間だ。
ま、まじですか…⁈
声が漏れてしまったのだろうか、モフ竜がゆっくりこちらを見る。
サッと頭を岩陰に隠したけれど、なんだかよくない気配……あの大きな赤い目玉と目が合った気がする……
モフ竜がフンッと鼻息を吐く。顔のある位置からはゆうに50メートルは離れているというのに、突風が吹き寄せてきた。岩陰に隠れていたにもかかわらず、わたしはころんとコケた。もうタマラばあちゃん、弱すぎだって! すぐには立てないのも後期高齢者の悲しいところだ。ドス、ドス、とたったの2歩でモフ竜はわたしのすぐ目の前に聳え立った。
待って、まだ立ち上がってないんだから。よっこらしょ……
こうなると岩陰なんてなんの助けにもならない。上から丸見えだ。
赤い目玉がこちらを見下ろしている。建物でいうなら2階建てロフト付き、くらいの高さだろうか。もっとよく見ようとでもいうかのように、顔を下げてくる。シャリンシャリンと音がして、モフ毛から雪のような銀の粉が舞う。さ、寒いよ、冷たいよ……
モフ竜は赤い眼でまだじっとこっちを見ている。動いている人間が珍しいのだろうか(はい、ようやく立てましたよ、タマラばあちゃん)。
周りで倒れている人たちは本当に誰ひとりピクリとも動く気配がない。今ここで動いているのはモフ竜とわたしだけのようだ。モフ竜がさらに顔を近づけてくる。
少しだけ後ろに下がってみた。下がりながらも目は逸らさない。だって獣と対峙したときって、目を合わせたままのほうがいいんだよね? あれ、どっちだったっけ? 合わせないほうがいいの?
逸らすに逸らせなくなって、仕方なくよーく見てみると、赤い目玉の奥には炎らしきものがチラチラ見える。その奥でときおり、緑色の光が点滅していて――
なんて観察している場合じゃなかった。
モフ竜は少し小首を傾げてこちらを見下ろしていたけれど、さすがにそろそろ飽きたようだ。顔、というか巨大な口が近づいてきた。赤い舌が見え隠れしている。
すかさず、ささっと後ずさった。
モフ竜がフンッと息を吐く。すごい風圧。ばあちゃん、飛ばされてます。おかげで少し距離ができた。モフ竜、遊んでいるつもりだろうか?
いや、そうではなかった。赤い目玉がギラッと光り、次の瞬間、勢いよく口を開け、長い舌を伸ばしてくる。
これ、ここで食われちゃう流れだよね。もしかして、このために連れてこられたとか…? 気づくの遅すぎ……そうだよ、上の娘、泣いてたよね、母親、なんだか一貫して怪しかったよね……
なんて言うんだっけ、こういうの……
あ、人身御供!
赤い舌がぬるんぬるんと迫ってくる。
逃げよう! タマラばあちゃんがんばれ!
思ったよりも走れたけれど、竜の舌に足を取られてすぐコケた。無駄なあがきだったか。
弾みで胸元にしまってあったユキマルくんがポ〜ンと飛び出し、投げ出される。
「ユキマルくん!」
モフ竜もユキマルくんに気づいたようだ。やっぱり動くものが珍しいのだろうか、竜からすれば羽虫ほどの小ささだろうに、長い舌をちろりとユキマルくんに向ける。
反射的に、わたしもユキマルくんにダイブした。
ユキマルくんをぎゅっとつかんだのと、赤い舌に巻き取られるのと、ほとんど同時だった。
ぐわっと数メートルの高さに持ち上げられ、一気に下降する――モフ竜の口へと。
く、食われる……。
ユキマルくんを握りしめながら、ジェットコースターみたいだな、なんていう考えがちらりと頭をよぎった。目をぎゅっと閉じる。恐怖というより身体が熱い。特に、おでこのあたりが。
身体がモフ竜の口の中に引き込まれたとき、竜の動きが止まった。
へ?
全然動かない。
そして、目を瞑っていてもわかる。なんだか光ってない? おまけにめちゃくちゃ熱い。
おそるおそる目を開ける。が、眩しくて目をまた閉じた。ものすごい光なんですけど。
感触的にはまだ舌に巻かれたままだけれど、竜の動きは完全に止まっている。自分の髪が(正確にはタマラばあちゃんのだけど)、逆立っているのがわかる。おでこがガンガンに熱い。
もしかして発光してるの、わたし? 熱さはどんどん高まって、気が遠くなりそうだ。竜に食われるのはなんとか免れてるけど、このままじゃ熱中症で死ぬ……
意識が遠くなりかけたとき、ふうっと涼しい風が吹いてきた。目を開けると、わたしの身体から何かキラキラしたものが蒸発して、ひとつにまとまっていくのが見える。
ユキマルくん?
握りしめていたユキマルくんがこちらを見上げて口から息を吐いている――ように見えた。ユキマルくんの息が風になって吹き寄せてきて、わたしの身体の熱をキラキラした何かに変えているのだ。そしてそれは大きなひとつの――ふわふわした勾玉みたいな形になって、竜の喉の奥へと流れていく。
ユキマルくんがぐわっと吠えると、モフ竜の喉の奥で勾玉が弾け、またも眩い光に包まれた。わたしの身体に巻きついていたモフ竜の舌がほどけ、飛ばれたわたしはころんと地面にひっくり返る。
モフ竜の姿が消えた。
「ミャ〜」
消えたのではなかった。足もとを見ると、子猫のように体が縮んだモフ竜の姿があった。
へぇ……。何か考えた気がするが、そのままわたしは気絶した。
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