クラスのS級美少女を夜の街で目撃してから、なぜか幼馴染の感情が重すぎる件について

月平遥灯

#01 クラスのS級美少女がおっさんと歩いていたのかもしれない

 

 クラスのS級美少女が、おっさんに身体を売っているかもしれない。


 

 俺は教室に入って席に着くなり、斜め前の席で机に向かうS級美少女の雨ノ浜霞海あめのはまかすみさんを眺めた。誰もが見惚れる容姿で、それは正面からだけでなく後ろ姿も同じだ。

 そんな彼女の重大な秘密を知ったのは昨晩のことだった。

 


 思い出すこと約一二時間前。

 


 バイトが終わって道を歩いていると、どこか見覚えのある後ろ姿を歩道の反対側に見つけたのだった。濡羽色の絹のような髪に透明感のある肌。



 俺は目を疑った。

 


 クラスメイトの雨ノ浜霞海さんが中年のおっさんと歩いていた。たまに見せる横顔はまさに雨ノ浜さんそのものだった。見間違えなどではない。



 二番街という繁華街の、しかもホテルが多く建ち並ぶ場所で仲睦まじそうに歩いている。きらびやかで、妖艶で、華やかさと闇が共生する場所。それが二番街だ。



 雨ノ浜さんは学校では真面目そうで、ウリをするような性格には見えない。だが、それはあくまで学校での印象だ。

 雨ノ浜さんと俺は、そんなに話したことがないためにどんな性格なのかはわからない。雨ノ浜さんはどこか陰があり、あまり他人と話しているのを見たことがない。

 


 だから、もしかすると本性は……そうなのかも?

 

 

 二番街は日本でも有数の繁華街で、夜の店が多い。一本裏路地に入るとホテル街となっている。夜の八時という時間に、こんなところを女子高生がおっさんと歩いているとすると、目的は一つしか思い浮かばない。


 

 しばらく眺めていると、雨ノ浜さんはおっさんの顔をちょいちょい見ながら熱心に話しているように見えた。いったいあのおっさんと何を話しているのだろう?

 


 気になるが、人は人だ。他人に興味を持っても何の得にもならないし、ここで雨ノ浜さんが何をしていようが勝手だ。

 所詮、男と女。その程度のことはここでは日常茶飯事なのだ。



 そんな昨晩のことを思い出しつつ、カバンから筆記用具を出して再び斜め前の席の雨ノ浜さんを目で追った。



 学校での雨ノ浜さんは昨晩のことなど彷彿させるような印象はまるでなく、いつもと変わらず真面目で物静かな人だった。昨晩との違いは、長い髪を後ろで一本に縛っていることと、メガネを掛けていること。それでもS級美少女には変わらず、『誰が一番かわいいのか?」などと話している煩いクラスの男子たちの視線を釘付けにしていた。

 


 こんな子があんなおっさんと……と思うの、なんだかモヤモヤする。それと……嫌でも想像してしまう。頭を剃ったスキンヘッドのおっさんにあんなことや、こんなことをされたのかと思うと、意識してしまうのだ。

 昨日の件を知らなかったら、おそらく一生雨ノ浜霞海という女子に興味を示すこともなかったと思う。



「なあ、蒼文あおふみは夏休みどこかいくのか?」



 声を掛けてきたのは、クラスメイトの幸田是清こうだこれきよだ。


 

「どこにも行かないな」

「だよな。お前の生態謎だもん」

「生態って」

富松蒼文とまつあおふみって人間は謎が多い」



 俺の名前は富松蒼文。どこにでもいる普通の高校生だ。



「なんでだよ」

「一人のときは読書。放課後はまっすぐ帰宅。遊びに誘っても乗ってこない。学校では静観するタイプ。友達は少ない……」



 是清はいつも人をイジってくるのウザいクラスメイト。どちらかというと陰キャで、俺を同類だと思っている。すべてブーメランで返っていることを忘れていないか?



「雨ノ浜のこと好きなのか、お前?」

「は? なんでそう思う?」

「ずっと見てるからだろ。お前でも他人に興味示す事あるんだなって思って」

「別に。たまたま視界に入っただけだって」

「雨ノ浜は人気だから、お前じゃ無理だぞ。ま、あの顔とスタイルだからな。エロいことしたいっつー気持ちはわかる」

「変態の是清さんと一緒にしないでもらえます?」

「俺とお前は同類。男子高生として、そういう目でしか見られないだろ、ほら、あれだし」



 是清の視線の先には席を立った雨ノ浜さんがいる。制服のスカートから伸びるスラリとした脚が目に入り、また昨晩のことがチラチラと頭の中にフラッシュバックする。



 雨ノ浜さんがウリをしている、か。

 もし雨ノ浜さんがそうだとしても、俺には関係のないことだ。

 


 放課後になって、バイト先に直行した。

 


「よっ!!」



 ドンッと突然背中を叩かれて、思わず前のめりになる。振り向くと、ヒラヒラのアイドル衣装に身を包んだ金髪の美少女がニヤニヤして立っていた。

 


「蒼文、おっは~~~」

「……驚かせるなよ。レミー」

「だって、辛気臭い顔してるんだもん」



 俺がバイトをするきっかけになったのが、この幼馴染の晴宮玲海琉はれみやれみるだ。源氏名をレミーという。



 限りなく白に近い金髪とまるで碧眼のようなセルリアンブルーのカラコン。大きな瞳にカールしたまつ毛。薄いピンクのチーク。レミーを見た人の大多数が開口一番に言うセリフは、「かわいい。お人形さんみたい」だ。

 そんなレミーがバイト先として選んだのがここ、アイドルコンカフェのファニーシーブルーだ。俺達のシフト帯はアルコール類の提供はなく、飲食店扱いの喫茶店のために高校生のアルバイトが可能となっている。むしろ、それが目当てで来客するエロオヤジも多い。当然、お触りはナシだ。

 


 常連さんたちは誰もがレミーをS級美少女と称する。

 今では、週四でバイトをしている。月曜日だけは、俺はある習い事をしているからシフトを入れていないが、その他は毎日バイトだ。つまり、ほぼレミーと一緒にいることになる。

 

 

「辛気臭くはない」

「もしかして、あたしと会えない時間を寂しく思ってたり?」



 レミーは無駄に俺の肩に手を回して、顔を近づけてくる。近すぎてウザすぎる。


 

「しませんね。って、暑苦しいから離れろ」

「ほら、レミー好きだ。好きすぎて胸が苦しくて、ライン返せなかったと言いたまえ」



 昼間の学校の時間に鬼ラインしてくるものだから、返せるわけがない。放課後になって返そうとも思ったが、会ってから話したほうが早いと判断したまでだ。


 

「いい加減離れろって」

「や。ライン返してこなかった理由を聞くまでは離すわけにはいきませんな」

「一〇〇件くらいあるやつにいちいち返してたら遅刻するだろ、ふつー」



 レミーは同じ都営アパートに住む一六歳で、高校には行っていない。高校を中退してからここで働いている。本人曰く、学校という狭い檻のなかでは自分が生かされないんだとか……。

 それで日中、おそらく暇すぎて俺に鬼ラインをしてくるのだろう。



「それで?」

「それでってなに?」

「あたしが好きなの?」

「……一応訊くけど、なんでそうなるの?」

「なんとなく、悩んでるように見えたから」

「悩みなんてないけど?」



 あたしのこと好きなんでしょ?

 これはレミーの常套句だ。そうやって俺をいつもからかってくる。

 


「もう開店の時間だって。準備終わってないのに」

「ちっ」

「舌打ちするな」

「へーい」


 

 今日も俺は裏方で洗い物とキッチンを同時にこなしていく。大盛況のホールを横目に、忙しなく仕事に明け暮れていると、あっという間に退勤の時間となった。



「蒼文~~~もう上がれる?」

「ああ、うん」

「じゃあさ、ちょっと行っちゃう?」

「どこに?」

「決まってるじゃん。この裏の、」

「……どこ?」

「裏といえばラブホに決まってるじゃんさ」

「……一人で行け。っていうか、着替えしてないだろ。置いていくからな」



 またそんなことを言って、俺をからかってくる。着替えが終わっていないレミーを置き去りにして、「お疲れさまでした」と帰ろうとするとレミーが慌てて俺の腕を引っ張ってきた。



「待ってよ~~~冗談も通じないのかよ、この童貞は」

「帰る」

「あ~~~うそうそ。ホントに」

「五秒やろう」

「むりぃ~~~~」



 慌てて更衣室に入っていくレミーの背中を見送り、俺はスマホの確認する。好きな作家の新刊がそろそろ出る頃なのだが、情報がないか検索をかけているとゾロゾロと更衣室から嬢たちが出てくる。

 


「蒼文くんおつかれ~~~」

「明日もよろしくね」

「うっす。よろしくです」



 帰宅する嬢たちと挨拶を交わしつつ、新刊が出るのが三ヶ月も先だという現実に落胆した。そんなこんなで、ようやくレミーが現れた。



「おうおう。待たせたのう、蒼文」

「どこの兄貴だよ」

「奢ってやるから。コーラ」

「奢ってもらって、代わりにポテチ買えってアレ、やめてくれる?」

「あはは」

「笑って誤魔化すな」



 レミーとくだらない話をしながら繁華街を歩いていく。酔っぱらいやら犯罪スレスレの客引きを避けながら慣れたいつもの道を進んでいく。

 すると、まただ。

 また、今日も道の向こう側に見覚えのある姿が見て取れた。

 今日もおっさんと仲良く歩いている。でも、今日はなにか夢中に話をしているような感じ。それに二人とも大きな荷物を背負っている。



「もしかして、あの子知り合い?」

「うん、まあ」

「あれ、完全にやってるね」

「別に俺には関係ないし」

「好きなの?」

「は? 誰が?」

「蒼文が、あのバイタを」

「好きなわけないじゃん」

「でも、気になってるんだよね?」

「それは……同じクラスの子だから。気になるっていうか、不思議な感じはする」

「ふぅ~~~ん」



 その『ふぅ~~~ん』にはいくつもの情報が込められていた気がするが、訊くと色々と聞き返されて面倒なことになりかねないため無視することにした。

 昨日はレミーが急遽休みだったために俺一人で目撃したが、今日はレミーも一緒だ。

 そうなると、おそらくレミーは俺に絡んでくるんだろうな。


 

「蒼文ちゃん」

「ちゃん?」

「学校楽しい?」

「可もなく不可もなくってところ」

「楽しいんじゃん」



 どうしてそういう解釈になるのか理解できないが、訊いた本人はつまらなそうに自販機前で立ち止まり、コーラを親指でさした。



「奢るから飲め。今日はとことん付き合ってやる」

「酒は二十歳からな?」

「コーラじゃんよ」

「今のノリはおっさんが後輩に酒を勧めるていだった」

「じゃあ、コーラで付き合うって」

「遠慮しておきます。帰ってはやく寝たいし」

「ケチ」

「なんで?」

「こんな美少女が誘ってるのに」



 レミーさんは学校に行っていないから、昼間はネカフェで寝放題しているのを知っている。しかし、俺は明日も学校に行かないといけないわけ。



「蒼文、学校たのしい?」

「だから、」

「蒼文が学校行ってる間、あたし一人なんだけど?」

「……知らないし」

「ケチ」

「このくだり、まだ続く?」

「はいはい、コーラ買いますよ」



 自販機でコーラを買ってくれたのはいいが、どうせ帰り道のコンビニでポテチを買わされる羽目になる。ならばはじめからコンビニでコーラを買ってくれればいいものを、などと思ったが、あの自販機のコーラは百円のために若干安いのだった。



「蒼文、また明日」

「あぁ。また」



 同じ都営アパートに住む俺達は、いつもA棟で別れる。俺がB棟で、レミーがA棟に住んでいるからだ。



 レミーは俺がB棟に行くまで、二階の階段の踊り場で手を振っている。エレベーターにはやく乗れよ、と思う。



「蒼文~~~」

「ばか、近所迷惑だろ、何時だと思ってるんだ?」

「帰ったらラインしていい?」



 夜なのにうるさい。だから俺は腕で輪っかを作ってオッケーサインで返事をした。

 レミーは人の迷惑も顧みずに、一時までラインをしてきたのだった。

 


 

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