#02 クラスのS級美少女は放課後デートをしたいのかもしれない


 帰りのホームルーム前、クラスは夏休み間近となって浮足立っていた。



 陽キャグループは、夏休みに地方で行われる大きな野外ライブイベントにこぞって参加するらしく、タイムテーブルをスマホに映して盛り上がっている。敷地の広い国営公園で行われるくらいだから、かなりデカいイベントなんだろうって思う。

 ちなみに俺は人混みが好きじゃないために参加はしない。



 誘われてもいないけどな。



 普段からごみごみしたところに住んでいて、ガヤガヤとうるさい店でバイトしていて、休みの日までやかましい音楽を聴きに行く神経が理解できない。夏休みを使って地方に出向くなら、人の少ない海でのんびりするとか、山を眺めながら温泉に浸かるとか、そんな休暇を楽しみたいものだ。



「お前、おっさんだな」

「誰がおっさんだよ」

「富松だよ、富松」

「なんで?」



 前の席で椅子の背もたれに顎を乗せながら、幸田是清がからかってきた。もしかしてこいつは心の声が読めるのか。こんなウザいクラスメイトと以心伝心なんてしたくないし、もし心の声が聞こえているとしたならば、これほどキモいことはない。



「あいつらまだ参加者募集してるらしいぞ」

「……へぇ」

「友達作りに参加してみたらどうだ?」

「いや、いい。それより、なんで俺がおっさんなんだよ」

「知ってるか?」

「なにを?」

「お前、おっさんって何歳からおっさんって呼ばれてると思う?」

「……三〇代とか?」

「そいつを見るヤツの年齢で変わるらしい。俺達一六のガキからしたら、二〇代後半はおっさんに見える」

「で?」

「人生八四年と考えると、俺達一六歳から考える人生の約七〇パーセントはおっさんだろ。絶望しかないと思わないか?」



 是清の言いたいことは理解した。確かにそうかもしれない。けど、それと俺がおっさんなのとなにが関係あるのだろうか。いまいちピンとこない。



「どうでもいい。それよりも、それが俺になんの関係が?」

「つまり、俺から見たら富松はおっさんに見えるってことだ」

「……今の説明絶対にいらないだろ。それって、お前の感想ですよね?」

「そうかもしれないけど、達観して見るのはもう少し年取ってからでいいんじゃないかってこと」

「つまり俺に、あの陽キャグループの催す、”フォーチュンフェスに行こうぜ、イェ〜〜〜イ”のイベントに参加しろと?」

「そうだ」

「なんで?」

「ちな、俺は参加するぞ」

「は?」

「夏休み明けの文化祭で、お前ボッチになったら最悪死ぬぞ。クラスの大半のやつが参加するっていうのに、一人除け者にされたくないだろ」



 うちの学校は夏休みが明けると、次は文化祭に向けての準備が行われる。文化祭はクラス発表と個人発表があり、そうなるとクラスの団結力が求められる。そこに乗り遅れると、是清の言うようにボッチになってしまう可能性がある。ボッチになった場合、作業のグループ分けでたらい回しにされるという、精神的苦痛を味わうことになりかねない。



「だる……」

「俺は親切にも誘ったからな。誘ったからな」



 俺は机に突っ伏して寝たフリをすることにした。右手を振って、是清に「はいはい」と合図を促し、どこか行けと暗に告げる。



 しかし、事態は急転直下する。ホームルームがはじまり、突然のくじ引きタイムとなったのだ。うちの学校は美化活動の一環として、クラス毎に花壇の管理が役割付けられている。夏休みは皆平等に訪れる。すると、『花の水やりを誰がやる?』的な騒動が起きるのだ。こんなにもクソ暑い夏だというのに毎朝毎晩水やりをしなくてはならない。



「次、富松」

「はい」



 先生に促されて、前に出て引いたクジは一三番だった。不吉な数字だな、などと内心どうでも良いことを思っていると、電子黒板に俺の名前が記載された。必ずしも男女になるわけではないのだが、必ず誰かとペアになる仕組みだ。その理由は、もし体調不良だったり、失念したり、どうしても来られない用事ができてしまったときにペアの人がいれば大丈夫だよね、という安易な発想からそうなったのだ。

 水やりなんて、一人いれば十分だろ、と俺は思っているのだが……。



「雨ノ浜さんの番だ」

「うぉ〜〜〜来い」

「頼む、神様」



 男子が突然みんな色めき立つ。雨ノ浜さんがくじを引く番だからだ。雨ノ浜さんが引いたクジの番号はわからない。先生が電子黒板に名前を記載すると、そこでペアの相手が判明した。



「……お前、強運だな」

「るせぇ」



 運が良いとも悪いとも思っていないが、雨ノ浜さんは俺とペアになったのだった。次に誰のペアがどこの日に水やり当番をするのかを決めることになった。ここで早速問題が発生する。

 そう、クラスのほぼ全員がフォーチュンフェスに参加を決めているのが一番の問題になった。水やりは朝と夕にそれぞれ一回しなければならない。となると、その日は二回も学校に来なければならない。フォーチュンフェスに参加をするクラスメイトたちが、一気に殺伐とした雰囲気になった。



「フォーチュンフェス、俺は参加しないから、八月九日でいいよ」



 これで文化祭にボッチになる可能性は低くなった。感謝されても良いくらいだ。だが、ペアの相手である雨ノ浜さんはどうなのだろう。やはり、フェスに参加したかったのかもしれない。だとしたら、俺が勝手に発言したことで、嫌な思いをさせたかもしれない。



「わ、わたしも……フェスには……参加しないので……ええっと、だ、大丈夫です」



 緊張しているのか、震えた声で雨ノ浜さんが発言した。なぜかクラスでは拍手が沸き起こる。



 ホームルームが終わって、バイトもあるし早々に帰ろうとすると、雨ノ浜さんが俺に近づいてきた。長い髪を指で弄りながら、俯き加減で口を開く。



「あ、あの……と、富松くん、よろしくお願いし、します」

「こちらこそ。さっきはごめん」

「え?」

「勝手に水やりの日決めちゃって」

「と、とと、富松くんが言わなかったら、わ、わた、わた、わたしが言ってたと思いますし」



 雨ノ浜さんが顔を上げると、水晶玉のような瞳に午後の日差しが差し込み、凛とした顔がより一層美しく見える。S級美少女と呼ばれることがなんら不思議ではないと思えてくる。



「あ、あの、これから、少しだけ時間ありますか?」

「うーん」



 バイトの時間の入の時間まで二時間程度なら余裕がある。



「少しなら」

「あ、あの……ちょっとだけ訊きたいことあるのですが……いいですか?」



 なんのことだろうと思っていると、「ここじゃちょっと」と雨ノ浜さんが言うので、学校を出て電車に乗ることにした。降りたのは二番街の最寄りの駅だった。

 二番街に近いファーストフード店ファーストキングバーガー、通称ファッキンに入り、ハンバーガーのセットを受け取ってから席に着いた。

 


「ご、ごめんなさい。時間取らせてしまって」

「いいけど、それで訊きたいことって?」

「この二番街で……と、富松くんを良く見かけるんだけど……その、隣にいつもいる子って」



 それはレミー……晴宮玲海琉のことを言っているのだろうか。いや、俺が女の子と歩くのはレミーしかありえない。



「うん。レミーのことかな」

「そう。あの子って、音楽して……いますよね?」

「楽器……あぁ、確かやってたな」



 レミーは中学の頃、かなり熱心にギター弾いていた。しかし、最近はそこまで熱を入れていない。



「それがどうかした?」

「こ、こ、今度紹介して……もらえないですか?」

「別にいいけど。でも、どうしてレミーを知ってるの?」

「ちゅ、中学生の頃、路上で見たことがあって」



 レミーは中学の頃、路上ライブをしていた。それでよく警察に補導されていたのだった。未成年の、しかも中学生が夜遅くにら路上ライブなんてしていたら、それはそうなるよな。



「もしかしてファンとか?」

「……はい」

「紹介か……まあ、善処してみるよ」

「ホントですか? よかったぁ。彼女さんかわいくて……お、お似合いだと思います」

「……彼女?」

「……違うんですか?」



 だいぶ違う。幼馴染ではあるけど、アニメのような幼馴染とは違って恋愛感情はない。たまたま同じ都営アパートに住んでいて、子どもの頃からたまたま一緒に遊んでいるだけの関係だ。そして、同じバイト先というだけ。

 俺みたいなヤツがレミーの彼氏だなんて、畏れ多いし、レミーは俺に対してそういう感情を求めていないと思う。



「幼馴染ってだけで、別に彼女とかでは……」

「じゃあ、彼女じゃない人と……そういうこと……しちゃうんですか?」



 雨ノ浜さんの顔がズーンと暗くなった。”二番街で俺がレミーといつも一緒にいるところを見かける”、と雨ノ浜さんが発言したのはバイト帰りの俺達の姿を目撃しているからだ。しかも、いつも一緒にいると言ったことから、見かけたのは一度や二度ではないことを案に示している。

 つまり、俺が彼女でもないレミーをホテルに連れ込んでいると勘違いをしているのだろう。



「なにを勘違いしているのかわかんないけど、バイト先が一緒なだけで、帰りはほら、女子にとって二番街は危ないから送ってるっていうか」

「へ……」



 壮大な勘違いをしていることに気づいたようで、雨ノ浜さんは何度も頭をヘコヘコと下げて土下座しそうな勢いで謝ってきた。



「ごめんなさいっ!!」

「いいよ、誰だって勘違いくらいあるから」

「でも、早とちりで……あ、頭の中では昼下がりの、ドロドロした情事のドラマが流れちゃって……」



 それをいうなら、自分はどうなのだろう。おっさんと週四以上のペースで会っているじゃないか。レミー自身もひと目見ただけで『売女』と言ったくらいだ。



「あれ、蒼……え」

「……あ。レミー」



 ファーストフード店に入ってきて、俺達の横を通り過ぎようとしたのはレミーだった。



「へぇ〜〜〜これが俗に言う放課後デートですか。いいですね、学生さんはッ!!」



 レミーは新品のポテトを俺に投げてつけてきて、走り去っていった。



「は? はぁ〜〜〜〜ッ!?」

「な、なんか誤解させてしまいましたね……」



 追いかけようとすると、今度はラインに鬼メッセージが連打。



 レミー>死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 レミー>バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ

 レミー>不潔不潔不潔不潔不潔不潔不潔不潔不潔不潔不潔



 不潔ってどういうことだ……。



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