第14話 いきなり思いもよらない急接近とかちょっと待ってほしい
ゴロンゴロンという地鳴りとともに、巨大な何かが迫りくる気配。
それが何かを確かめる気も起きなかったが、あえて見た上で言おう。
「大岩だ、こっちに転がってくる! 早く逃げろ!」
「あ、ああっ!」
マベルの踏んだ罠は大岩を動かすためのものだったらしい。
ボーっとしていたらこのまま二人はぺしゃんこだ。それだけは勘弁というもの。
そうなれば必然と反対方向に向かって走り出すしかあるまい。
ただでさえ遺跡の床はスライムの死骸、あるいは苔のせいで酷く水気を帯びていてぬちゃぬちゃと足を取られるのに、走りづらいったらありゃしない。
全く、マベルも余計なことをしてくれたものだ。
ダンジョンはモンスターの脅威の他、こういう罠もあるから少しも油断できない。
ゴロゴロゴロゴロ……。
凄い勢いで転がっているのはこの轟音と振動で分かる。
「横穴だ、あそこに飛び込むぞ、マベル!」
「分かった!」
進行方向の先、手前の右側。おあつらえ向きな窪みが見えた。
あの中に入れば大岩を避けられるだろう。
そう思い、走る勢いをそのままに窪みに向かって体をねじる。
私が先頭で窪みの中へと入れば、必然と後方からマベルもついてくる。
思いのほか、狭く浅い窪みだったのは少々誤算だったのかもしれない。
「むぐ」
「わっ!? す、すまない」
何が起こったのかは説明するまでもない。
私の体はマベルに押されて壁に激突する。
だが、マベルはそこから退くわけにはいかない。
何故ならすぐ後ろを大岩が通過するからだ。
そうなれば体を密着させるしかないわけで、マベルはさらに私の体を壁に向けて、グッと押し付ける形になってしまうのも仕方ない。
マベルは両腕を壁について堪えるが、一方の私は中腰に近い格好になってしまい、四つん這いになりかけという、不安定な姿で待機せざるを得なかった。
この格好、普通にキツい。
体勢もそうだが、マベルの腰の位置に私の下半身が密着しているのもキツい。
「リナリー、もう少しの辛抱だ」
すぐ近くゴロンゴロンという音。そして体を震わすガタガタという振動が伝わる。
時間にすればほんの一瞬の出来事なのかもしれないが、異様に長く感じられた。
早く大岩よ過ぎ去ってくれと願いながらも、下腹部に押し付けられるマベルの腰を意識せざるを得なかった。心なしか、熱くなっているようにさえ思えた。
というか、大岩の振動も相まって、余計に押し付けられている感触が強まる。
なんで、こんな状況に? どうして私がこんな目に?
ああ、そうだ、マベルのせいだ。マベルが余計な罠を踏んだから……。
沸々と湧いてくる怒りを抑えつつ、大岩が過ぎ去るのを待つ。
ゴロゴロ……、そう確かに通過していったのを確認し、私は体勢を変える。
「ふぅ、危なかった。すまない、リナリー、ボクのせいで」
「本当にな――」
ゆっくりと振り向きつつ立ち上がって、私は自分のしたことに気付いてしまった。
近い、近すぎる。マベルの顔面が指一本もない距離にあった。
「ぁわっ……、がっ!」
情けない声が出てしまった。
おまけに仰け反る猶予もないのに後ろに退いてしまい、後頭部が壁に激突する。
「だ、大丈夫か、リナリー」
「心配するな、少し足を滑らせただけだ。何も問題はない!」
なんだってこんなに密着しなければならんのだ。なんだか顔が熱くなってきた。
マベルを押しのけるようにして私は窪みから抜け出す。
通路へと戻ると、いやに開放感を覚えた。無駄に心臓がバクバクいっている。
たかだか異性と密着しただけだろうに、何を興奮しているのだ、私は。
「今ので分かっただろう? 死にかけのダンジョンといえど、警戒せねばならない。戦場でも同じだ。少しでも気を抜いたら――」
「危ない、リナリー!」
「ふぇっ?」
一瞬何が起きたのか分からなかった。急にマベルが私に向かって駆け出してきて、あろうことか私の体を抱きしめる。そのままの勢いで私を床へと押し倒してきた。
背中ごしに、べっちゃりという粘性を帯びた水の跳ねる音とその感触が伝う。
マベルの肩越しに見えた天井から刃物が振り子のように飛んでくるのが見えた。
鎌のように鋭く、大きな刃がギラリと光る。
もし、あのまま動かなかったら首が飛んでいたかもしれない。
気を抜くなとマベルに言った直後のコレで屈辱も湧いてきていたが、それよりも、今のこの状況に私の意識は持っていかれそうになっていた。
……どうして私は、全身をぬるぬるにされた状態でマベルに抱きしめられたまま、床に押し付けられているのだろうか。なんでこんなに顔が近いのだろうか。
「ご、ごめん、すぐに退く――う、思ったよりぬるぬるするな」
慣れない重い甲冑を着ていたからか、完全に倒れた体勢から上手く立ち上がれず、マベルが私の上で不器用に足掻く。いやちょっと、顔近。くっつく、くっつくって。
私から動けばいいと気付くまで数秒、私は頭が真っ白のまま硬直していた。
体を転がすようにして、マベルの下から這い出て、ゆっくりと手をつく。
当然ながら、ぬるぬるを余計に体にまとわせてしまうことになるが、仕方ない。
「まったく……、とんだ災難――」
ぐっちゅり。そんなぬかるんだ深みに何かを押し込むような音が聞こえた。
あろうことか、私の腕の先からだ。
「あ」
またしても、私は間抜けな声をあげてしまった。
まさか手をついた先に罠があったとは。
冷静な状態ならこんなことすぐに気付けたはずなのに。
ゴゴゴゴと何かが大きく動き出す音が響いてくる。今度は大岩ではなさそうだ。
「今度は、なんだ? 何処からくる?」
ぬるぬるする体で立ち上がろうとするが、マベルみたいに上手くいかない。
焦りが勝ってしまい、平静も保てていない。
今日の私は何かおかしいぞ。いや、今日だけだっただろうか。
そんなことを考えている間に、遠くからザアアアァという音が聞こえてきていた。
これは、波の音? いや、水の音だ。何処かで大量の水が流れてきている。
「リナリー! 危ない!」
「ひゃあっ!」
マベルがぬるぬるの私をまたしても抱きしめに来る。
当然ロクに立ち上がることもできない私は避けようもなく、抱擁されてしまう。
その直後だ。鉄砲水が通路の向こうから押し寄せてきて、私とマベルを飲み込む。
踏ん張れるような体勢ですらなかったため、大量の水の勢いに押されるがままに、私たちは流されてしまう。
「――ぶはぁ。り、リナリー、大丈夫か?」
「――ぼへっ! 少し水を飲んだ程度だ。くそっ、何処に流されるんだ」
マベルに抱かれたまま水面へと浮かび上がり、呼吸を整える。
とはいえ、足はついていないので今にも水の中に押し戻されそうになりながらも、激流に身を任せるしかなかった。
かろうじて立ち泳ぎが精いっぱいで、流れに逆らうこともできない。
マベルが私を抱えてくれていたおかげでどうにか離れ離れになることはない。
が、それはそれとして、私は気が気でなかった。
離せとも言えないし、自分の方からも抱き返して身を寄せるしかない。
「なんだ、この音。リナリー、聞こえるか?」
「え? ああ?」
一瞬、マベルの言葉が耳をすり抜けていたが、ハッとした。
ゴゴゴ、ザザザザザという音。それは水の流れが途切れ、下に落ちていく音。
滝の音によく似ていた。
「まずい、落ちるぞ!」
そうマベルに言って間もなく、私とマベルの体は空中に浮かんでいた。
通路が途切れたのだ。このままでは下に叩きつけられる。
だが、何を思ったのか、マベルは私をさらに強く抱きしめて、体勢を変える。
着地の際、できるだけ衝撃を抑えるべく、体を細くしたのだ。
おまけに私が上になるように、自らが下へと体をひねらせて。
ちょっと待て、と言いたい気持ちも遅く、私とマベルは下へと到達した。
幸いにも、そこは最初から水たまりになっていたのか、思いきりドボンと着水して大した衝撃にはならなかった。
水の底まで沈んですぐ、マベルが私を強く抱きしめたまま、足をばたつかせる。
滝つぼなどに落下した際、泡が立つ都合上、水面には浮かびにくくなる。
さらには滝が落ちてきてくるため、水の重圧に押し込まれてしまうものだ。
だが、ここは河川ではないし、本物の滝でもない。
多少の息苦しさこそあったが、なんとか水が途切れ、浮かび上がれた。
「ぼへぇっ! あ、ああ、た、大量の水を飲んでしまった……」
「大丈夫だったか、リナリー。ともかく、岸に上がろう……」
全身ずぶ濡れで重い体を引きずるようにして水たまりから脱出する。
物凄く体が怠い。相当体力を消耗してしまった。
「げほっげほっ、とんでもない目にあった。……しかも、私の油断のせいで」
「それをいうなら、最初に罠を踏んだボクのせいでもある。気にしないでくれ」
と、お互いに身を寄せ合ったままだと気付いたのはこの直後だ。
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