第4章 騎士たち二人の気まずい修行

第13話 初のダンジョン探索はどうしてもトラブル続きになりがち

 気まずい空気だった夜も明け、私とマベルは最低限の会話だけで宿を出た。

 このままの状態で旅に出るのは正直なところ、勘弁被りたい。

 そう思っていた矢先だ。


「おはよう、リナリー。それに、マベル。昨晩はお楽しみだったかな?」


 赤髪の魔女――ことダリアが妙にニヤけついた顔で宿屋の真ん前に立っていた。

 何を想像しているのかはその表情を見れば汲み取れる。

 無論、ダリアの考えるようなことは一切合切なかったわけだが。


「何よ、その顔は。同室でそんなに気まずかった?」


 気まずいなんてものじゃなかったぞ、と言ってのけたかったが、目線で返す。


 ダリアからすれば、私とマベルの関係性はよく理解しているつもりだろう。

 何せ、長年険悪だったパエデロス領とアミトライン領の双方の領主の子息息女。

 結婚したことにより和平が結ばれたというのもここ最近の話だ。


 折角なら私とマベルも良好な関係に、とでも思っているのだろう。

 ダリアとは付き合いはさほど長くないが、それくらい分かる。


「自警団の補佐が朝からご挨拶なんて、どんな風の吹き回しだ?」

「まあま、あんま怒らないでよ。あなたたち、二人でダンジョン探索するんでしょ? いいところ探しておいたからさ」


 ダリアから羊皮紙を手渡される。広げてみると地図であることはすぐに分かった。

 比較的近い距離。歩いても行ける程度の位置に遺跡があるらしい。


「……わざわざ、すまないな」

「辺境伯の娘様には恩を売っておいて損はないからね」


 それ、喧嘩も一緒に売ってないか? と思うくらいのにやけ面で言われる。

 そこまで悪気があるようではなさそうだが、本人はどう思っているのやら。


「マベルもさ、リナリーとは仲良くしてやってよ。私としてもね、領土間が良好だと仕事が減って楽になるからさ」

「はい、まあ」


 口ごもる、というよりも照れくさそうに言う。

 マベルも昨日の気まずさを引きずっている感があるな。

 自分でもあまり言いたくはない言葉を吐いてしまったような、そんな顔だ。


「この遺跡は――」


 マベルが私の手に広げられた羊皮紙を背中越しに眺める。


「なんだ、最近発見されたパエデロス領の遺跡だぞ。知っているのか?」

「いや……、結構この街から近いところにあるな、と思ってね」


 なんとも煮え切らない、含みのある言い回しだ。

 とはいえ、マベルがパエデロス領の遺跡を知っているとは到底思えない。

 何かの勘違いなのかもしれないな。


「ともあれ、今日はこのダンジョンを探索だ。装備の手入れは十分済ませたな」

「あ、ああ、一応ね」


 そう思ってふと振り返る。む、マベルと思ってたより顔が近い。

 一瞬ドキリとしてしまったが、冷静に、冷静に一歩引く。


 さて、改めてみると、今のマベルは騎士らしく甲冑姿だ。

 兜までは調達できなかったが、剣もちゃんと持たしている。

 馬子にも衣裳という奴か。相変わらずヒョロいが、戦えない格好ではない。


「ダンジョンではモンスターが巣を張っている。気を抜くと怪我をするからな」

「分かっているよ。承知の上だ」


 ついついこう、上官気取りになってしまうのは何故だろう。

 軟弱オーラが滲み出すぎているせいだからか。


 私も騎士見習いの稽古をつけたことは数回ほどだが、あるといえばある。

 マベルのようなヒョロヒョロとした奴も散々しごいたものだ。

 中には逃げ出していった奴もいたが、コイツはどうなんだろうな。


 一度はお見合いパーティから逃げ出した男だしな。


「それじゃあダリア、地図をありがとう。街の治安は任せた」

「はいはい、任されましたっと。マベルと仲良くするのよ」


 肩がガクっと落ちるかと思った。

 そんな見送りを背に、私はマベルとともにこの街を出ていくのだった――……。


 ※ ※ ※


 ※ ※


 ※


 冒険者たちに踏み鳴らされたのであろう道を突き進み、そこへ辿り着いた。

 遺跡というからには、どれほど神秘的で荘厳な建造物が残っているのかと思えば、石の組まれた洞窟にしかみえない。


 風雨にさらされて大分崩れてしまった後だろうか。苔むした感じもまさに洞穴。

 土が半分むき出しの石畳もお粗末な雰囲気を増長させる。


「なるほどな、これは確かに初心者向けのダンジョンに相応しい」

「初心者向けという基準は何かあるのかい?」


 これから初めてダンジョンに飛び込もうというマベルはやや不安な顔を見せる。

 何もそんなに緊張しなくてもいいだろうに。


「自然に形成されたものを除いて、ダンジョンというのは人工的な魔脈製造を目的に古の時代の叡智で建てられたものが殆どだ」

「これは、分かりづらいけど少なくとも自然形成されたものじゃないね」

「そう。そして、そういったダンジョンは自我を持たないが生命活動を疑似的に行ういわば生きている建物のようなもの」


 何度でも採掘が可能な再生する鉱脈。侵入者を阻む罠の組み込まれた回廊。

 それらが組み込まれ、現代にまで至るわけだが、長い年月の間に風化してしまい、制御も管理もされないままでいたため、自ら拡大していくものもある。


 魔脈の居心地の良さにモンスターたちが棲み着いてしまって、生態系を確立して、まさしく生きているかのように固着するケースも無数に確認されている。


「で、このダンジョンの場合は見ての通り風化が激しい。おそらく内部の人工魔脈が枯渇状態にあるのだろう。そうなると拡大することもないし、罠も生成されないし、モンスターにとっても棲みにくくなる」

「つまり、死にかけのダンジョンということ?」

「そういうことだ。こうなってしまえば、もはやただの広いだけの洞穴と変わらん。魔脈を栄養にしているようなモンスターたちは弱体化してしまうしな」


 なお、自然に形成されたものはその限りではない。

 人工的な魔脈とは構造自体が異なり、寿命も短い場合が多い。

 ただ、その代わり、そういう場所にこそ、厄介なモンスターが繁殖しやすい。


「というかアミトライン領にもダンジョンのようなものはあったんじゃないのか?」

「あることは認知している。ボクは入ったことはないけど」


 まあ、ダンジョンの存在自体、パエデロスの固有のものというわけでもない。

 当然ながら世の中には私の知らないようなダンジョンも数多くある。

 今軽く説明したものもほんの一握りであって、全てが共通しているわけでもない。


「これから存分に堪能してもらうから覚悟しろ。ダリアからもらった資料によれば、この遺跡で確認されているのはスライムとゴブリン、あとローパーくらいだな」


 これらは少ない魔脈でも生息できるモンスターの代表格だ。

 言ってみれば、今回のようなダンジョンでよく見かける顔といってもいい。


 スライムは魔脈から魔素を啜って生きている苔みたいな生物。

 ゴブリンは魔脈から採掘できる鉱石を集めるのが大好きなモンスター。

 ローパーはそういう奴らの生き血を好む蛭の仲間みたいな奴だ。


 いずれも、数が多くなければどうとでも対処できるだろう。

 あくまで、数が多くなければ、の話なのだが。


「見つけ次第、先手必勝がセオリーだが、ゴブリンだけは気をつけろ」

「近くに群れがある場合、仲間ごと襲ってくる、んだっけ」

「そうだ。特に巣穴を設けているゴブリンは厄介だ。一匹見たら三十匹いると思え」


 ゴブリンの巣穴と化している洞窟にだけは近寄りたくない。

 無限に分裂しているのかと思うほどウジャウジャ湧いて出てくるからな。

 しかも魔脈を吸って生きているわけじゃないから、死にかけダンジョンでも平気で巣を作ってしまうところが何よりも面倒なところだ。


「説明は、こんなところか。よし、出発するぞ」

「う、うん、善処する」


 いつまでもダンジョンの前でおしゃべりするのが目的じゃない。

 用意してきた松明に火を灯し、いよいよ遺跡の中へと足を踏み入れていく。


 中は、やはり遺跡というよりも、崩れた洞窟。形を保てていない。

 今すぐに崩落することはないだろうが、不気味さを駆り立てている。


 湿っぽく、じめじめしていて、空気は冷たいのに何処か不快だ。


「かび臭いような、饐えた臭いがするね」

「スライムの死骸か何かが腐ったんだろう。気にするな、進むぞ」


 床は泥のようにぬかるんでいて、それでいてぬちゃぬちゃと粘っこい。

 おそらく大量のスライムが発生し、それが餓死していったのだろう。


「罠が生きている可能性も考慮して、進むのを忘れるな」

「ああ、分かった。だが、こう暗いと足元も……」


 ぐっちゃり。そんな深い溝に何かが押し込まれるような音が聞こえた。

 少なくとも、ただ単純に水たまりを踏んだだけではこうは鳴らない。

 何処か少し離れたところで揺れる音も聞こえてくる。


「あ、あの、リナリー……? この音って……?」

「やってしまったな、マベル。今のうちに身構えるんだな」


 私は、思わず酷く、はぁと溜め息をついてしまった。

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