第11話 下品な荒くれ者どもに囲まれても助けてはくれない軟弱男

 馬車をゆっくり引いてきて、半日少々。

 一応途中の勾配のある道は荷台に乗せてもらっていたので全部が徒歩ではないが、早朝に関所を出発して日が暮れる手前に到着という距離は遠からず近からずか。


 ならず者の街にして、パエデロスの中心部。

 訪れる度に姿を変えていく発展途上の中にある何とも不思議な街だ。


「つくづく思う。パエデロス領は偏狭なのだな、と」

「少なくとも自分の土地ではないのか、リナリー」


 マベルの言い分もごもっとも。とはいえ、別に私の出身地ではないわけで。

 辺境の地であり、偏狭である。他の領土の隙間に埋もれそうな位置にありながらもこうして賑わう街があることに皮肉も言いたくなる。


 ガラの悪い集団がうろうろしているし、怪しげな行商人も馬車を引く。

 ちょっと調べればお尋ね者もいそうだし、売ってる品も盗品な気がしてならない。

 そういうのを全部ひっくるめて賑やかなのだから、傍から見ても掃き溜めだ。


 集落ができるか、できる前くらいか、の早い段階で上手く対処できていたのなら、今とは全く違う形を遂げていたのだろうな、というのはヒシヒシと感じる。

 マベルが身ぐるみはがされたのも当然としか思えない。


 何より、この街が諸外国からパエデロスと呼ばれているのだから頭が痛い。

 この分だと、正式にこの街もパエデロスと認定されるのだろうな。

 なんともはや私にとっては歯痒い話だ。


 何なら、パエデロス領にある小さい集落もこちらに移住してきている動きもあり、パエデロス領の民と呼べる者もここに集約されてきている事実もある。

 それ自体はよしとしても、ただでさえ諸外国から無法者たちが集まってきてるのにパエデロス中の移住者まで集まりだしたら淘汰されないか心配なところだ。


 パエデロスという辺境の地の端っこの端っこで細々過ごしていた集落の民にとってこの街はどういう認識でいることやら。

 はたして治安の悪さに目を瞑ればいいだけの話だろうか。


「また知らない建物が増えているな」


 整備され綺麗に並べられた石畳。丈夫なレンガ造りの建物の数々。

 復興する前の関所前と比べたら大都会もいいところだ。


 金が動く土地というのは治安はともかくとして豊かなものだ。

 奇特な貴族も別荘を建てたり、移住しているという話も聞く。


 外観はどうあれ、治安が悪いことには変わりないのに。

 こんな街に住みたいものかね、と思わないでもない。


 何にしても、私とマベルは馬車を引きながら街の敷居を跨ぐ。

 石畳の上を車輪がガラゴロを音を立てて、そう間もなく。


「げっへっへ……、なんだぁ? また新入りかぁ?」

「商人だか貴族様だか知らねえが、通行料は払ってもらわねえとなぁ?」


 何処の物陰で見張っていたのか、なんかゾロゾロとやってきた。

 既に武器を手に取っている辺り、理性も知性も感じられない。

 なんという下品な連中なのだろう。さすがは最悪の治安の町。


「通行料が必要とは聞いていないな。そういうのは領主ビパリーに話を通せ」

「はぁ? 領主? 知らねえよそんなの」

「金をよこせ、って言ってんだよ」


 完璧に舐められているということは分かる。少し懐かしい気持ちにもなる。

 まあ、十中八九、私が女であることと、マベルが弱々しいことが要因か。

 向こうからしてみればカモにしか見えないんだろうな。


「リナリー、あまり刺激しない方が」

「まあ、大丈夫だ。こういう手合いを相手にするのは慣れている」


 もう相手は剣やら鎌やら武器を持って威嚇してきている。なら何も言うまい。

 仮にも、ここは私の父が治める土地。悪漢を対処するのも私の仕事だ


「あぁん? ごちゃごちゃうるせえよ、さっさと金出せってのが聞こえねえんか!」

「この私に手を出したことを後悔させてやる」


 まず一歩目。威嚇する男の鳩尾に肘鉄砲。膝を折って崩れる間も惜しみ、二歩目。

 後ろの剣を構えた男ども三名に剣の柄を突き出し、頬を引っぱたき、三歩。


 やっと攻撃されたとに気付いたその他大勢に四歩、五歩、六歩と蹴りを入れる。

 足を揃えて七歩目にしていいだろうか。

 私たちから金をせびろうとした男とその仲間たちは、石畳の上に倒れる。


「ぐ、ぐぇぇ……、は、腹がぁぁ……」

「しばらくそこで悶えていろ。そのうち自警団も駆けつけてくる」


 それだけ言い残し、私はマベルのいる馬車へと戻る。


「凄いね、何をしたのか全く見えなかったよ。瞬きしたら男たちが倒れてた」


 マベルの視点ではそう見えたらしい。

 下品な荒くれ者どもに囲まれても助けてはくれなさそうな感想だ。

 いや、別に、私は、マベルに助けてほしいとか思ってないし。

 というかそもそも、私は騎士なんだから助けられる側じゃないだろう。


「貴様が身ぐるみはがされたときもこんな感じだったのだろう?」

「まあ、面目ないというべきか……あはは」


 本当、こうしている分には吹けば飛ぶような軟弱さが見て取れるというもの。

 騎士の名家の長男なのかと何度も思わされる。

 私が気にかけるような男ではないはずなのだ。


 だが、関所前の集落。自分の危険も顧みず、住民たちを救おうとした無謀な勇気。あれを目の当たりにしてしまったからか、喉奥に詰まるものを感じてしまう。


「あら、騒がしいと思ったらリナリーじゃない。久しぶりね」

「ん? その声は……ダリアか。相変わらず元気そうで何よりだ」


 声を掛けられ振り向く。そこには燃ゆるような赤髪の魔女が凛々しく立っていた。炎がそのまま人の形をしているかのような威圧感さえ覚える。

 その後ろにはこの街の自警団を引き連れていた。


「彼女は知り合いか?」

「ああ、紹介しよう。レッドアイズ王都から派遣されてきたダリア・ノベルティだ」

「ここの自警団の補佐を任されてるわ。よろしくね。で、そちらの彼は?」

「こっちはアミトライン領の領主クレプリーズ家のマベルだ」

「……名前ほど大層なものではないが、こちらこそよろしく」


 双方、簡潔ながら初対面の挨拶を済ませる。

 マベルもそんな卑屈にならなくてもいいと思うのだが。


 このダリアが何者かと問われれば、紹介した以上のことは山ほどある。


「さぁてみんなぁ、そこで倒れてるの、とりあえず運んでおいて」


 一声かけると、ダリアの後ろの自警団が動く。

 そして、私が先ほどのしておいた悪漢たちが連行されていった。

 統率の取れたテキパキとした動きだ。慕われているだけではなさそうだ。


 噂によれば、戦場ごと敵を焼き尽くした魔女とも名高い。

 何処ぞでは黒蝶の魔女の異名で知られ、災害のように恐れられているとか。

 ともあれ、彼女を語りだすと日が暮れるどころか夜も明ける程度の大物だ。


「クレプリーズ家って、あなたの妹さんが嫁いだところよね」

「ああ、そうだ。妹の旦那の兄にあたる」

「マベル、マベルね。覚えておくわ。遠路はるばるパエデロスまでご苦労様」


 そういってダリアとマベルが握手を交わす。


「予定には聞いてなかったけど、わざわざクレプリーズの者が来たっていうことは、アミトライン領としての監査みたいなものかしら?」

「いや、ただの観光みたいなものだ。そうだよな、マベル」

「ま、まあ、そういうことで。本当に大仰なものではないよ」


 まさか無理やり領主の娘に引っ張り込まれたとまでは言うまい。

 修行の旅も、観光の旅も大差ないだろうしな。


「そうだ、ダリア。頼みたいことがある。この辺りでなるべく安全な宿はあるか?」

「そうねぇ、領主の娘様の頼みとあらば自警団の息のかかってる場所を紹介するわ」

「ありがとう、恩に着るよ」


 渡りに船とはまさにこのことだろう。

 ここでダリアに会えたのはある意味運が良かったとも言える。


「ただまあ部屋が空いているかどうかはちょっと分からないけどね。やっぱり最近、ここいらも色々な人が増えすぎちゃって増えすぎちゃって、はぁ……」


 笑い事ではなさそうな本気の溜め息をこぼす。

 相当色々と溜め込んでいるのだろうな、と察せる。

 何せ、治安最悪の街の自警団補佐。日々気苦労が絶えないに違いない。


「ボクからもお礼を言うよ。ありがとう、ダリア」

「いえいえ、どういたしまして。こういうのも私の仕事みたいなとこあるから」


 補佐でこの有り様。自警団のリーダーはどうなんだろうな。

 毎日毎日、胃に穴が空いていそうな多忙に圧し潰されていると見た。


 実は私はまだ会ったことがない。

 会いたいとは思っているが、主に相手の方が忙しすぎて。

 王都レッドアイズとパエデロスを何度も往復しているらしい。


 名は何といったかな。確か貴族とかではなく傭兵稼業の出身と聞いたことがある。妙に覚えづらい名前だった気がするが、いつか会う日はくるのだろうか。


「さあ、案内するわ。また変なのに絡まれないうちについてきて」


 悪戯じみた笑みを見せ先導するダリアを追い、私たちは宿へ案内されるのだった。

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