第40話 黒曜の塔と虚ろな目 ⚔️🏢

 都市プレートの中心にそびえる『ヴァル=クロノ・タワー』――

 都市技術管理局と企業連合の中枢が集まる巨大な本社ビルだ。

 かつては秩序と制御の象徴だったと聞く。

 だが今は、混乱の震源地となっている。


 ミーナとラナが流した情報が、都市の不安をあおったのだろう。

 人々は疑心ぎしん暗鬼あんきおちいり、互いを信用できずにいる。


 警備塔の機能が麻痺まひしたことで、外周部の迎撃げいげきシステムは停止。

 俺を乗せたガーディアンが進む通路――都市の中心部へと続く道は、おどろくほど静かだった。

 誰もいない。いや、誰も“出てこない”だけだ。

 ガラス張りのオフィスビルには灯りが点いている。

 だが、窓の向こうに人影はなく、魔導遮光フィルムの揺らぎの奥から、誰かの視線がこちらを探っている気配だけが伝わってくる。


 ゴキブリの襲撃しゅうげきを恐れて、住民たちは息をひそめている。

 この混乱が収まっても、しばらくは黒い影におびえながら暮らすことになるだろう。

 都市の“清潔さ”は保たれている。だが、それは表面だけだ。

 この静けさは、都市が自らの機能を止めている証でもある。


 一方、転移装置のある施設では、依然として混乱が続いているようだった。

 双子からの報告によれば、逃げ惑う人々と、それを追い返そうとする住民が衝突しょうとつし、現場は混沌こんとんとしているらしい。

 まるで都市の排泄物はいせつぶつのように扱われるゴキブリたち。

 だが、この状況を見る限り、争っている人間の方がよほどみにくい。


 俺たちが侵入させた黒い群れは、都市の中心部へと雪崩なだれ込むように移動していた。

 魔導光源と空気振動に誘導されているのか、建物の壁をい、車両やドローンにむらがる姿を道すがら見かける。

 すでに群れは熱源と振動に反応し、分散・拡散を終えたようだ。

 結果として、都市のセンサーは撹乱かくらんされ、警備ドローンの精度はいちじるしく低下している。


 さらに、第2階層の住民が第3階層から来た避難者の通路をふさいでいるらしい。

 その行動が、市民の間で暴動を誘発する“結界”となり、都市の秩序ちつじょは崩壊しつつある。


 かつて、人類が多くの都市を失った“大崩壊”の記憶がよみがえったのだろうか。

 「ゴキブリは出ていけ!」というさけびが、都市のあちこちでこだましている。

 この異常事態は、単なる生物災害バイオ・ディスラプションではない。

 都市機能そのものを麻痺させる、情報戦の一端になってしまった。


 やがて、ヴァル=クロノ・タワーが姿を現した。

 黒曜石のような光沢を放つ多面体構造――都市の中心にそびえるその建築は、まるで空間そのものを切り裂く刃のようだ。

 上層部はガラス張りの展望室になっていて、魔導波形マナ・ウェーブを反射する設計。

 都市の“顔”として、秩序と権威を象徴する建物。

 だが今は、誰もその顔を見上げようとしない。


 周囲の街路は、整然としていた。

 第7階層のような薄暗さはなく、ここでは人工太陽アーク・ライトによる照射が行われている。

 魔導粒子を含んだ光が、街路樹バイオ・グリーンの葉を揺らしていた。

 都市技術管理局が設計したこの樹木は、空気浄化と魔導波形マナ・ウェーブの安定化を兼ねている。

 見た目は自然だが、根は都市の魔導炉に接続されている。

 静かな市街地に、緑の揺らぎだけが残っていた。


 通常時なら、階級の低い人間はタワーに近づくことすら困難だ。

 魔導障壁とドローン監視網が張り巡らされ、接近者は即座に排除される。

 だが今は違う。記憶片ウェーブ・タグによる波形干渉で、指令系統は麻痺。

 迎撃ドローンはゴキブリの駆除と暴動ぼうどう鎮圧ちんあつに回され、タワー周辺の防衛は手薄になっている。


 ガーディアンの接近に伴い、警告音が鳴り、赤いランプが点滅。

 地面からバリケードが競り上がってきたが、俺は構わず突っ込ませた。

 魔導力場を展開したガーディアンの突撃に、バリケードは軋み、歪んだ。

 俺はガーディアンから飛び降りると、そのまま黒刀で斬り裂く。

 金属の悲鳴が響き、通路が開ける。


 ガーディアンは再び突き進む。

 だが、タワーの入り口はシャッターが下りているのか、壁と同化していて、どこが入口なのか判別できない。

 外周をのんびり調べている時間はない。

 俺はガーディアンに大剣を抜かせ、その切っ先に立つ。


 ほぼ同時に、企業専用の警備用ドローンが飛来。

 何もなかった地面からは、人型の警備機兵が競り上がってきた。

 都市の防衛システムが、ようやく俺たちの侵入に気づいたらしい。


「俺を上に飛ばせ」


 短く命じると、ガーディアンが大剣を振り抜いた。

 俺はその勢いを利用し、空へと跳ね上がる。

 都市の“顔”――ヴァル=クロノ・タワーに、俺自身が斬り込む瞬間だった。


 タワーの外壁は、黒曜石のような魔導結晶で構成された多面体構造。

 表面には魔導波形マナ・ウェーブを反射する加工がほどこされており、接触するだけで波形干渉を起こす危険がある。

 だが、俺の黒刀はその干渉を逆手に取る。


 もう一本、黒刀を具現化リアライズさせ、両手にそれぞれ握る。

 手首のスナップを利かせ、円を描くように回転させながら、壁に切っ先を当てて走るように登る。


 魔導波形マナ・ウェーブが刀身にまとわりつく感触――

 その瞬間、屋敷が襲撃された夜の記憶がよみがえった。

 買ってきた食材を利用し、人を殺した黄昏時。

 今とは違う。だが、状況は酷似している気がした。


 経験がそう感じさせるのか。

 それとも、柄にもなく焦燥感がよぎったのか。

 都市の“顔”に斬り込むこの瞬間、俺の中で何かがざわついていた。


 窓ガラスのある階まで登ると、黒刀で一閃。

 魔導ガラスが軋み、裂け、俺の身体がタワーの内部へと滑り込む。


 中には社員がいた。

 突然の“子ども”の登場に、驚いた様子を見せる。

 迷子のふりでもしておくか――一瞬、そんな言い訳が頭をよぎった。

 刀を振り回していたら、こんなところに来てしまった……とでも言えば、納得してくれるだろうか。


 だが、彼らの様子は明らかにおかしい。

 仕事をしている風体ではなく、目がどこかうつろだ。

 まるで都市の混乱が、彼らの精神をじわじわとけずっているかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る