第35話 都市の咆哮、再起動する刃 ⚔️🍎

「どうやら、この施設は、完全な無人管理に移行しているみたい」


 ラナは眉をひそめながらそう言った。端末たんまつは沈黙したまま。

 通信系はすべてロックされ、外部との接続は遮断しゃだんされている。

 管理者権限も消去済みで、痕跡こんせきすら残っていない。


「残っているのは、最低限の維持機能と警備プロトコルだけ……」


 ラナの声は静かだったが、言葉の重みは十分だった。


 ……つまり、ここには“人間の判断”が存在しない。


 俺が今、何をしても、企業に報告が上がることはない。

 ユーマもそれを見越して、ここで待っていたのだろう。

 双子を利用し、秘密裏にエリシアを手に入れた。


 そして都市は、すでに人間を必要としていない。

 機械による管理のほうが調和を保てる――皮肉な話だ。


 俺はラナに、ガーディアンを起動しても問題ないか確認した。

 VX-09クロノ・アビスのように、都市の意思に操られて暴走されても面倒だ。

 ラナの説明によれば、ガーディアンは旧式で、都市の意思に干渉されることはないらしい。

 他の機械も攻撃してこない。というより、人間に従うよう設計されているようだ。


 次に気になるのは、ユーマによる支配の影響が残っていないか。

 念のため、精神干渉が可能なミーナにも確認してもらったが、問題はなかった。

 ユーマの持つ力――記憶の支配は万能じゃない。

 本人から引き離せば、効果は持続しないらしい。


 俺は再びガーディアンに飛び乗り、修復した魔導結晶を胸部のスロットにセットする。

 ラナに再起動を頼む。


 魔導結晶が淡く光を放ち始めた。

 次の瞬間、低く響く電子音が空間を満たし、機体内部のモーターがゆっくりと駆動を始める。

 関節部からかすかな魔導粒子がれ、青白い光が目の奥で点滅した。


 まるで眠りから覚めるように、ガーディアンがゆっくりと立ち上がる。

 しがみついている理由もないので、俺は背から飛び降り、距離を取った。

 金属がこすれる音とともに、機体全体が震え、駆動音が安定したものへと変わる。

 魔力が脈打ち、床に影が揺れる。

 再起動のプロセスが完了したことを告げる合図だ。


 俺はガーディアンに、床に転がっている自分の首を持つよう指示する。

 頭部だけとはいえ、金属の塊だ。

 子どもの膂力りょりょくでは持ち上げることすらできない。

 頭部を元の位置に固定し、配線をつなぎ直す。

 断面は綺麗に切れていた。俺が黒刀で斬ったあとだ。

 魔力を流しながら、金属の継ぎ目を丁寧ていねいに修復する。


 最後に動作チェックを指示すると、ガーディアンは即座に反応した。

 腕、首、腰──関節がきしみながら回転し、魔力の波が周囲に広がる。

 青白い光が脈打ち、空気がわずかに震えた。

 再起動は成功だ。俺はその様子に、ひとまず満足した。


 ……が、そうも言っていられないようだ。


 祭壇さいだんの天井は透明になっていて、空が見える。

 本来なら、魔導結晶柱がのぞくはずだった。

 だが、今見えているのは都市部のプレート。

 巨大な構造体が、ゆっくりと地上へ向かって沈んでいる。


 空が黒く染まり始めていた。

 もともと魔導粒子汚染により、砂嵐のような状態だった空。

 そこから届くわずかな光源も消え、影が都市のふちから広がっていく。

 魔導結晶柱からの魔力供給が止まり、代わりに赤黒い光が脈打ち始めていた。


 結晶柱が暴走を始めたのだ。

 予想では魔力の流れが逆転し、都市の制御系が異常を起こしている。

 同時に魔導波形マナ・ウェーブが人々の思考へと干渉するだろう。

 本来は、エリシアが意図的に発生させる予定だった障害。

 だが、状況から推測するに、被害は想定の範囲を超えている。


 このままでは、VX-09クロノ・アビスが暴走した時と同じように、都市の警備ユニットが自律判断を始める。

 不要とされた人間の駆除が始まる。


 都市そのものが、選別を終えた“結果”を実行しようとしている。

 暴走するドローンの攻撃に、人間は無力だ。

 そして、このまま放っておけば、浮力を失った都市プレートは地上へ落下する。

 人類が滅ぶのも、時間の問題だ。


 ……この状況を作り出すことが、ユーマの狙いだ。


 双子を利用し、エリシアを奪った挙句、都市を崩壊させる。

 八咫村やたむらの屋敷を襲撃した時と同じ手口。

 どうやら、俺を追い詰めたいらしい。

 あいつのやり方は、いつも回りくどくて、冷酷だ。


「急ぐぞ」


 俺はそう言って、ガーディアンの背に飛び乗った。

 足場は硬く、魔力の脈動が微かに伝わってくる。

 片手を伸ばし、ミーナを引き上げる。軽い。だが、指先がわずかに震えていた。

 続いてラナ。彼女は無言で俺の手を掴み、身を預けてくる。

 その目は、何かを見据えていた。


「武装を忘れるな」


 俺はガーディアンに指示を出す。

 床に転がっていた黒鋼の大剣。

 ガーディアンは無言でそれを拾い上げ、背部のマウントに固定する。

 金属が噛み合う音が、静かな空間に響いた。


「階段を登れ」


 祭壇から伸びる階段に向けて、ガーディアンが動き出す。

 足元に魔力の力場が展開され、重厚な機体が床からわずかに浮き上がる。

 関節の駆動音が静かに響き、青白い魔導粒子が軌跡を描きながら、すべるように階段を登っていく。


 階段は広く、かつて高位の権力者たちがこの祭壇を見下ろしていたであろう観覧席へと続いていた。

 壁には装飾らしいものは一切なく、ただ無機質な構造が続いている。

 純白の金属板で構成された壁面は、冷たい光を反射し、空間全体に人工的な静けさを漂わせていた。


 奥にはさらに空間が広がっていた。

 空気は澄んでいるのに、どこか息苦しい。

 魔力の流れが抑制されているのか、肌にまとわりつくような圧がある。


 都市の上層へと向かう道。

 その先に、何が待っているのかはまだわからない。

 だが、俺たちは進むしかない。

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