第29話 記憶を斬る者 ⚔️🕳️

 祭壇さいだんは、広間の中央に静かにたたずんでいた。

 床から一段高く設けられた構造で、階段を登らなければ辿たどり着けない。

 段差は三段。無駄のない設計だが、どこか儀式的な印象を受ける。


 金属と魔導ガラスが融合した半埋没型の構造体――

 都市の記憶が眠る場所。そして、都市の意思が待つ場所。


「……あそこが、鍵だな」


 俺はゴーグルを外し、黒刀の柄に手を添えた。

 都市の記憶に触れるために。都市の意思と対峙するために。

 俺たちは、祭壇の中心へと向かった。


 そのとき、エリシアがふと立ち止まった。

 視線を向けると、わずかにまゆせている。

 緊張を隠しきれない表情で、俺の方を見て言った。


「……気を付けて。都市は、記憶を守るためなら、容赦ようしゃしないわ」


 ここへ来る前、彼女から聞かされていた。

 都市の防衛機構――魔導ネットワークが自律的に起動する排除システム。

 侵入者を感知すると、空間干渉、記憶の再構成、模倣もほう体の生成などを通じて、都市の“記憶”そのものを武器に変えるという。


 階段を登りきった瞬間、足元の床が震えた。

 壁面が赤く点滅を始める。

 警告音は鳴らない。都市は、音ではなく“拒絶”で意思を示す。

 魔導紋が浮かび上がり、空間がかすかかにゆがんだ。


「レン、動かないで!」


 エリシアの声と同時に、転送装置の柱が再び光を放った。

 だが、今度は転移じゃない。都市の防衛機構が、ついに起動した。


 床の魔方陣が反転し、赤黒い光が広がる。

 空間が収縮し、俺たちはその中心に閉じ込められた。

 都市そのものが、俺たちを“異物”として認識したのだ。


「都市の意思が……直接干渉してくる」


 エリシアがつぶやくと同時に、頭を押さえてひざを突いた。

 魔法を展開しようとしているが、反応は鈍い。

 都市の魔導ネットワークが、外部からの干渉を遮断しゃだんしている。


「レン、動かないで!」


 彼女の声が響く。これは、事前に立てた作戦だった。

 俺の指輪――黒炎の指輪が、都市の干渉を中和できる可能性がある。

 その隙に、エリシアが都市の記憶へ接続する。


 ……ぶっつけ本番だ。だが、やるしかない。


 黒刀を握ったまま、静かに構えを取る。

 都市が拒絶するなら、こちらも応えるしかない。

 この都市の心臓に触れるために、ここまで来た。

 ならば、都市の意思とて、斬るべき対象だ。


 この黒刀なら――都市の記憶すら、斬れる。


「……来るぞ」


 魔方陣の中心が脈動し、空間がわずかにきしんだ。

 都市の記憶が、形を持って現れようとしている。

 もし俺の過去が、防衛機構として再構成されるのなら――

 斬るしかない。


 次の瞬間、都市の記憶が空間に流れ込んできた。

 魔導結晶が脈動し、壁面に映像のような断片が浮かび上がる。


 誰かの叫び。崩れ落ちる通路。

 魔導粒子に焼かれた手。血に濡れた床。泣き叫ぶ子ども。

 そして、黒衣の男が一閃で標的を仕留める――

 それは、かつての俺だった。


 都市は、記録していた。

 犠牲者たちの断末魔だんまつまも、俺の殺意も、すべてを。


 指にめた黒炎の指輪が、微かに震える。

 都市の記憶と共鳴している。

 指輪が記憶を引き寄せ、断片を再構成しているのか――

 いや、都市が“俺”を通して、過去を語ろうとしている。


 だが、そんなものは――


「知ってるさ。何度も見てきた」


 俺は黒刀を抜いた。都市の記憶が何を見せようと、俺の手は止まらない。

 断罪屋として積み上げてきた過去に、今さらおびえる理由はない。


 ……だから――斬る。


 俺は、記憶の幻影に向かって、刀を振るった。

 黒炎が軌跡きせきを描き、空間が一瞬、沈黙する。


 次の瞬間――神殿が震えた。壁面の赤い点滅が、淡い青に変わる。

 都市の拒絶が、わずかにゆるんだ。


 魔導結晶が脈動し、空間に走っていた魔導紋が一部、崩れ落ちる。

 まるで都市の“皮膚ひふ”が裂けて、内側の神経が露出したような感覚だった。


「やっぱりね……」


 エリシアが低く呟いた。

 記憶の残滓ざんしを振り払うように頭を振り、ゆっくりと立ち上がる。

 すでに端末を展開し、魔導式のインターフェースを起動していた。


 空間に浮かぶ魔導紋へと指先をすべらせ、都市の魔導ネットワークに直接干渉を始める。


「……レン、あなたの斬った記憶が、都市の中枢に波紋を起こしてる。今なら、深層にアクセスできるかもしれない」


 彼女の指が魔導紋をなぞるたびに、空間に淡い光の波紋が広がる。

 都市の魔導結晶が微かに脈動し、内部の構造が露出し始めた。

 都市の意思が、俺たちの存在に“応答”し始めている。


 俺は刀を下ろし、神殿の奥へ視線を向けた。

 ここから先が、本当の核心だ。


「記憶の再接続ね。都市が忘れていた“対話のルート”を、こじ開ける」


 エリシアの声は冷静だったが、指先はわずかに震えていた。

 魔導粒子が空間にざわめき、都市の意思が再び動き出す気配がある。

 魔導紋が彼女の周囲に浮かび、光の波紋が空間に広がっていく。

 都市の魔導ネットワークが、彼女の干渉に応じ始めていた。


「もう少し……このままなら、都市の意思に接続できる」


 その瞬間だった。空間の奥から、雷光が走った。

 魔導粒子を裂くような一撃が、エリシアを狙って放たれる。


「っ……!」


 反射的に身を投げ出し、彼女をかばった。

 肩に衝撃が走る。視界が白く弾け、耳鳴りが空間を埋めた。

 焼けるような痛みが肩から胸にかけて広がり、呼吸が浅くなる。


 黒炎の指輪が雷光を受け止めるように輝いたが――完全には防げなかった。


 皮膚がげ、筋肉がしびれる。

 左腕が重い。指先の感覚が抜けていく。

 それでも、エリシアは無事だった。

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