第27話 隔離装備と魔導霧の昼食 ⚔️🕳️

「まずは調査室を探しましょう。地上探索用の装備があるはずよ」


 エリシアの言葉に頷き、俺たちは廃棄物処理場の奥へと進んだ。

 この区画は、かつて地上調査のために設けられた施設らしい。

 だが、実際に地上へ降りた者はいない。

 建前は“調査”でも、実態は“封印”だったのだろう。


 通路はせまく、天井の魔導灯マナ・ライトはほとんど機能していない。

 ぼんやりと脈動する光が、壁のさびあとを浮かび上がらせる。

 床には魔導粒子が沈殿ちんでんしていて、靴底が踏むたびにかすかに煙を上げた。


 空気は重い。湿っているのに、乾いた金属臭が鼻を刺す。

 壁には古い警告文が残っていたが、文字の半分は魔導腐食ふしょくで消えていた。

 “地表接触時の精神異常に注意”――そんな文言だけが、かろうじて読める。


 地表に近づくほど、人はくるう。

 草木は育たず、機械はすぐに故障する。

 動物はみつかず、昆虫でさえ、原型を留めない変異種しか見かけない。

 ただ、魔導粒子のざわめきだけが、空気を満たしている。


 この施設に、機械も合成獣キメラもいないのは当然だ。

 都市が“生き物”を置くことを拒んでいる。

 ここは、都市の記憶が沈殿する場所。

 そして、都市の意思が“触れてほしくない”場所だ。


 調査室はすぐに見つかった。

 扉は半開きで、内部は薄暗い。

 魔導灯マナ・ライトは点いていたが、光は弱く、ほこりの層を照らすだけだった。


 壁際のラックには、防護服がずらりと並んでいる。

 どれも重装型で、魔導粒子の遮断しゃだん加工がほどこされたものだ。

 未使用のまま、静かに保管されている。

 タグには「地上調査用」と記されていたが、使われた形跡はない。


「誰も使ってないのか……」


 俺は一着を手に取り、重さを確かめた。

 分厚い素材に魔導繊維が編み込まれていて、表面は硬質な光沢を帯びている。

 さながら宇宙服だ。

 都市の底という“異世界”に踏み出すための、隔離装備。

 サイズはすべて成人向けで、当然、今の俺には合わない。


 仕方なく、すみたなを探ってみると、フード付きのローブ型装備を見つけた。

 軽装だが、内側に魔導遮断層が仕込まれている。

 俺はそれを羽織はおり、フードを深く被った。

 視界を確保するため、棚の奥にあったゴーグルも装着する。

 魔導霧マナ・フォッグの遮断率は低いが、ないよりはマシだ。


「似合ってるわね。じゃあ、私も」


 エリシアは俺の真似をして、同じタイプのローブを選んだ。

 フードを被り、口許くちもとをマスクでおおう。

 動きはれていて、装着も手早い。


「都市の中央にある魔導結晶柱――中心軸に向かうには、地上を通るしかない。魔力供給を制御するには、あそこに干渉する必要があるわ」


 彼女の言葉に、俺はうなずいた。

 都市の機能を一時的に止める。それが、今回の目的の第一段階だ。


 装備を整えた俺たちは、調査室の奥にある補助室へと移動した。

 そこは、魔導粒子の流入を遮断する構造になっていて、比較的安全な空間だった。

 壁際には古びたベンチと、魔導冷却装置の残骸ざんがいが残っている。

 空気はまだ重いが、ここなら一時的に呼吸を整えられる。


「エリシア、ここで待機してくれ。外の濃度を確認してくる」


 そう言って、俺は扉の隙間から廊下に出た。

 フードを深く被り、ゴーグルを下ろす。

 魔導霧マナ・フォッグが濃く漂っていたが、遮断層は生きている。

 視界は揺らぐが、マスクのお陰でのどの焼けるような痛みはない。


 この装備と、エリシアの防御魔法を組み合わせれば、短時間の行動なら問題なさそうだ。

 俺は補助室に戻り、彼女に報告した。


「遮断層は機能してる。魔法でおぎなえば、外でも動けるはずだ」


「了解。じゃあ、準備しておくわ」


 彼女がローブの襟元えりもとを直していたとき、腹のあたりから小さな音が鳴った。


 ……聞き逃すような音じゃない。


 エリシアの手が止まり、気まずそうに視線をらす。

 俺は少しだけ笑って、言った。


「お弁当にしよう」


 俺の一言に、エリシアが笑顔になる。やれやれだ。

 俺は苦笑しながら、ベンチに腰を下ろした。


「どうせ、外の粒子は濃い。無理して動いても意味はない」


「賛成。魔導霧マナ・フォッグの中で倒れたら、笑えないしね」


 彼女もベンチに座り、マスクを少し緩めた。

 ローブのすそを整えながら、端末から魔導粒子遮断容器マナ・コートを取り出す。


 弁当は、昨晩俺が仕込んだものだ。

 都市製の合成食材を使って、魔導濃度でも腐らないように調整してある。


 メインは『スモーク・プロテイン・ブロック』。

 高密度栄養体を燻製くんせい風に加工したもので、見た目は黒曜石こくようせきみたいだが、めば香ばしく、肉に近い食感がある。

 本当は卵を使った『魔導卵マナ・エッグの厚焼き』を入れたかったんだが、今の魔導濃度じゃ卵はすぐに変質する。入手も難しく、今回は断念した。


 副菜には『ナノ発酵野菜』のピクルスを添えた。

 都市の地下農場で培養された発酵野菜で、魔導粒子の影響を受けにくい。

 酸味が強く、保存性も高い。彩りの面でも、少しでも緑が欲しかった。


 主食代わりには『炭化ライス・パッド』。炭素繊維でコーティングされた米状の栄養体で、腹持ちはいいが、味はほぼ無い。

 水分を吸うと膨らむから、見た目よりは満足感がある。


 ……正直、見た目は地味だ。


 だが、都市の底で食うには、これが限界だ。

 魔導濃度が高すぎて、普通の食材はすぐに腐るか、変質する。

 調理も保存も、都市の“空気”と戦いながらの作業になる。


「……見た目はアレだけど、意外といけるのよ」


 エリシアがそう言って、プロテインブロックを一口かじる。

 俺もゴーグルを外し、マスクをずらして口に運んだ。


 確かに、悪くない。

 都市の底で食うには、十分すぎるほどの贅沢ぜいたくだ。

 この静けさが、嵐の前触れでないことを祈るしかなかった。

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