第13話 クロノ・アビスの目覚め ⚔️🏭

 『VX-09クロノ・アビス』──企業が開発した融合型兵器。

 魔導生物と兵士を掛け合わせ、都市の治安維持に投入する計画だったらしい。


 ……だが、それにしては、戦闘能力が高すぎる。


 都市を統括する中枢AIセントラル・ノードからの命令──

 結晶脈動コア・パルスに反応して、自律起動する仕様。


 魔導波形マナ・ウェーブへの感知能力は、通常兵器の十倍以上。


 これが本当に“治安維持”のためだったのか?


 都市の外縁部や封鎖区画での“排除任務”。

 あるいは、中枢AIの命令を直接実行する──

 “殺戮兵器キリング・ウェポン”として設計された可能性もある。


 記録には、開発中止の報告書が残っていた。


「第5階層実験区画にて、融合体が制御不能に陥り、研究員3名が死亡。結晶干渉による精神波の暴走を確認。計画は凍結、対象兵器は封印処理済み」


 ……なるほど。


 生体部位を含む構造は、魔導波形に干渉かんしょうされやすい。


 魔導波形は、都市の“記憶”そのもの。

 人間の精神波と共鳴すれば、人格が崩壊する。


 生体義肢に魔導波形を流し込む実験でも、同様の事例があった。

 融合体キメラの精神波が乱れ、被験者が錯乱した。


 一度暴走すれば、制御は不可能だ。


 結晶の波形は、ただのエネルギーじゃない。

 意思を持つ“記憶の振動”だ。


 それを兵器に流し込めば──暴走は、必然。


 ……いや、暴走させることが目的だった可能性もある。


 俺は端末を閉じ、記録片ウェーブ・タグに報告書の抜粋を転送しておく。

 元軍医であり、義肢技術者のグレイに聞けば、さらに詳しい情報が得られるだろう。


「……戦いたくはないな」


 兵器というより、都市の“失敗作”だ。

 封印処理済み──そう記録にはあった。

 だが、結晶の波形はまだ脈動している。

 もう動かないはずだ。


 ……それでも、気になる。


 こいつはまだ“死んでいない”。

 俺の直感が、そう告げていた。


 指輪の能力を使い、鞘と黒刀を具現化リアライズする。

 左手に持ち、いつでも抜刀できるよう構える。


 通路の奥へと進む。

 足音が、金属床に乾いた反響を返した。


「……やっぱり、ここだな」


 この施設は、企業が兵器の試験運用を行っていた区画らしい。

 魔導炉から直接波形を引き込み、融合体の起動実験を繰り返していた。


 通路の先──壊れた扉の奥に、魔導兵器の残骸ざんがいがあった。


 室内は、焼け焦げた金属臭と魔素の残滓ざんしが混じり合い、空気が重い。

 壁には波形遮断材が貼られていたが、爆風で剥がれ落ちている。


 試験中に暴走したのだろう。

 閉じ込めて、自爆させた──そう考えるのが自然だ。


 扉は内側からの爆風で吹き飛び、床には火災の痕跡が残っている。

 焦げ跡は放射状に広がり、中心には人型のフレームが崩れていた。


 頭部は吹き飛び、胴体の中央には結晶が埋め込まれている。

 割れてはいるが、微かに波形が残っていた。


 壁には、予備パーツと思われる四肢が掛けられている。

 グレイが扱っている義肢に似た構造──だが、明らかに“人間用”じゃない。


 関節の可動域が異常に広く、筋繊維の代わりに魔導繊維マナ・ファイバーが編み込まれていた。


 ……戦闘用だ。


 しかも、都市の標準兵器とは設計思想が違う。


 これは、都市の“外”に向けて作られた兵器かもしれない。


 俺は結晶に視線を向ける。

 魔導波形が、まだ微かに脈動していた。


 機体は沈黙している。

 だが、骨のような部位が剥き出しになっている箇所もある。


 人工筋肉と思われる素材は、金属繊維ではなく、黒ずんだ塊──

 魔導繊維が腐食ふしょくしたものか。


 もう少し近づいて観察しようとしたが、結晶がわずかに脈動している。


 ……まるで、俺の存在に反応しているかのように。


 『VX-09クロノ・アビス』。


 合成獣キメラの要素が強く、魔導生物の暴走リスクが高い。

 優先排除対象──企業のマニュアルには、そう記されていた。


「……嫌な予感しかしない」


 俺は剣に手を添え、周囲を警戒する。


 この施設は、ただの廃墟じゃない。

 都市の“記憶”が眠る場所だ。

 そして、その記憶は──まだ終わっていない。


 触らぬ神に祟りなし。魔導兵器の残骸を通り過ぎ、さらに奥へと進む。


 通路は細く、天井が低い。

 壁には、企業ロゴと並んでプレートが掛かっていた。


 『第3実験隔離区画』

 『精神波干渉試験室』


 プレートの文字は焼け焦げ、ところどころ剥がれている。

 だが、読める部分だけでも十分に不穏だった。


 この区画は、都市の魔導炉と直結している。

 通路は螺旋状に折れ曲がり、各部屋が波形遮断材で隔離されていた。


 通常の研究施設とは構造が違う。

 ここは、中枢AIとの精神波接続を試みるための“干渉試験室”だった。


 都市の意思に触れるための“扉”。

 そして今──その扉が、開きかけている。

 結晶の波形が、俺の精神波に触れようとしていた。

 脈動が強くなり、空間が微かに震える。

 頭の奥に、誰かの感情が流れ込んでくる気配がある。


 ……これは、ただの反応じゃない。


 都市の“記憶”が、俺を認識し始めている。

 だから分かる。


 この場所は、都市の意思を封じた中枢区画。

 そして今──その意思が、俺に向かって“開こう”としている。


 通路の先で、結晶の脈動が強くなっている。

 空気が重い。粒子が濃く、視界が揺らいで見える。


 壁の一部が崩れ、結晶がむき出しになっていた。

 直径は俺の胸ほど。表面は滑らかで、淡い青紫の光を放っている。


 だが、ただの光じゃない。

 波形がある。脈動している。


 ……呼吸しているように。


 結晶の波形が、俺の精神に直接触れようとしている。


 ……侵入してくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る