第12話 封鎖区画の残響 ⚔️🏭

 魔導霧マナ・フォッグが濃くなっていた。

 魔導炉の排気が制御されず、漏れ続けているのだろう。

 奥へ進むほど、粒子の密度が増し、肌にまとわりつく感覚が強くなる。

 フィルター越しでも、金属と魔素の匂いが鼻腔びこうを刺す。


 目的地は、この施設の最深部──都市の魔導炉と接続された結晶格納区画。

 双子の情報によれば、そこに“都市の記憶”が眠っている。


 問題は、そこまで辿たどり着けるかどうかだ。

 この区域には、企業が放棄した警備兵器ガードロボや、結晶汚染で変異した害獣キメラが残っている可能性がある。


 遮断ガードコートのフードを深く被り、魔導剣マナ・ブレードに手を添える。

 この剣は、魔導波形に反応する。


 魔導波形マナ・ウェーブ──都市の魔導炉から発せられる“記憶の振動”。

 都市AIとの通信に使われ、意思や制御命令を波形として伝達する。


 結晶はその波形を蓄積し、空間に放つ。

 触れれば、都市の過去が“感覚”として流れ込んでくる。

 結晶の脈動が近ければ、波動の揺れを感知できる。


 だが、波形が人間の精神波と共鳴すると、幻覚・記憶混濁・人格崩壊を引き起こすことがある。

 ……その感覚が、今まさに来ていた。


 結晶の脈動が、壁越しに伝わってくる。

 かすかな振動。だが、確かに“生きている”ような気配がある。


 足を止め、壁に手をえる。

 魔導繊維マナ・ファイバーの手袋越しに、冷たい波動が指先をう。


「……動いてるな」


 結晶は、ただの鉱物じゃない。

 都市の魔導炉と接続され、情報を蓄積し、波形を発する。

 それは、都市の“記憶”そのものだ。


 そして今、その記憶が、俺の中に流れ込んでくる。

 意味のある情報ではない。

 このまま干渉を放置すれば、精神干渉が起きる。


 ただ、俺の身に付けている黒の指輪は、記憶の力を利用できる。

 精神波と結晶波形が共鳴すると、人格が崩壊する危険があるが──この指輪が、それを防いでくれているらしい。


 使い方次第では、都市の記憶を操作することも可能だろう。

 もっとも、俺の使い方じゃ、刀剣や家電を具現化リアライズするのが関の山だが。


 施設の内部は、思った以上に静かだった。


 足音が、金属床に乾いた反響を返す。

 外のざらついた路面とは違い、廊下は滑らかで歩きやすい。

 だが、空気は重い。

 魔導霧マナ・フォッグが滞留していて、粒子が視界を曇らせる。


 魔導灯マナ・ライトの残光が壁を照らしているが、照度は不安定で、時折ちらついた。

 光が霧に吸われている。


 目的地は、この施設の最深部──都市の魔導炉と接続された結晶格納区画。

 今いるのは、その手前にある制御室らしき場所だ。

 魔導炉の配管が集中していて、端末も複数設置されている。


 周囲に危険な気配はない。

 魔導昆虫インセクト・ギア害獣キメラの痕跡も見当たらない。

 魔導波形の乱れもなく、警備兵器の反応もなし。

 ……静かすぎる。


 壁面には、企業のロゴがかすかに残っていた。

 『VX INDUSTRYヴァル=クロノ・インダストリィ』──都市の魔導技術を独占する企業。

 表向きはインフラ管理だが、裏では兵器開発と結晶研究を進めていた。


 この施設は、かつてその中枢だった。

 今は封鎖され、記録からも消されている。


 焼け焦げた魔導炉の配管。砕けた結晶。破損した端末。

 それらは、都市の“過去”が確かにここにあったことを物語っていた。


 端末のひとつに近づく。

 外装は焼け焦げた金属製で、企業ロゴがかすかに残っている。

 ディスプレイは黒く沈黙しているが、魔導波形の残留が微かに漂っていた。

 起動はしていない。だが、完全に死んではいない。


 端末の側面に、記録片ウェーブ・タグスロットを見つける。

 魔導結晶を加工した薄片──波形を記録する媒体だ。


 双子から渡されていたタグを取り出す。

 表面には、青白い波形パターンが脈打っていた。

 都市の“記憶”を封じ込めるために作られたもの。

 高位都市技術者か企業研究員しか製造できず、一般流通はしていない。


 スロットに差し込むと、タグが微かに震えた。

 一瞬、端末が反応する。

 ディスプレイに波形認証の表示が浮かび上がった。


 ……魔力同調認証か。


 俺は指輪に意識を集中させ、魔力の波長を調整する。

 この指輪は、記憶の力を具現化することができる。

 制御室に残る魔力の残滓ざんしを拾い、過去の波形を再生する。


 手間取るかと思ったが、すんなりと成功した。

 まるで、指輪が俺を導いているようだった。


 ……もしかすると、対をなす白い指輪の手がかりがあるのかもしれない。


 認証が通った。

 OSが起動し、端末の操作ログが表示される。


 結晶との接続履歴──誰かが最近アクセスした形跡がある。

 考えられるのは、企業の連中。

 あるいは、エリシアのような研究者か。


 俺はログを元に、参照されていたデータをタグに書き込む。

 転送が終わると、タグを抜き取り、ポケットにしまった。

 後で双子に解析させるつもりだ。


 今は、オルド結晶の奪取が最優先。


 端末のログをざっと確認する。

 結晶格納区画の警備履歴──そこに、見慣れない兵器名が記録されていた。


 『VX-09クロノ・アビス』。

 魔導生物と兵士を融合させた、企業製の治安維持兵器。


 設定情報によれば、結晶の脈動に反応して自律起動するタイプらしい。

 生体部位を含む構造で、魔導波形への感知能力が異常に高い。


 ……嫌な名前だ。


 都市の“深淵”が、兵器として形を持ったような響きだ。

 知りたくはない。だが、調べておかないと後悔する気がした。


 俺は端末のログをさらに読み込む。

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