狂った異界で、俺は怪異を集めて生き延びる

@Elkin

プロローグ

夢の中で、俺は駅のホームに立っていた。


だがそこは、あまりに現実離れしていた。

看板も広告もなく、電光掲示板は黒い板のように沈黙している。

アナウンスもなければ、人影もない。

ただ霧が、天井のない空間を白く埋め尽くしていた。


――駅のホームと呼ぶには、あまりにも“駅の形をしているだけのもの”。

まるで誰かが雑に駅のイメージを再現したかのような、作り物めいた違和感。

足元に何かが落ちていた。


古びた切符だった。

拾い上げた瞬間、指先に金属のような冷たさが走り、思わず身を震わせる。


紙切れのはずなのに、まるで体温を吸い取られるような硬質さ。

そこには滲んだ字でこう書かれていた。


『行き先:無効』


胸の奥がぞわりとした。

意味はわからない。


ただ、嫌な予感だけが濃くなる。

さらに目を凝らすと、その下に細い線が浮かび上がった。


『片道/乗客不足』


喉が勝手に鳴った。

“乗客不足”とはどういう意味だ。

誰かと一緒に乗らなければいけないのか。

それとも、人数が足りないから俺が補填されるのか。


考えたくもない。

だが目は切符から離れない。

まるで視線を逸らせば、次の瞬間に背後から何かに首を掴まれる気がした。


――ガタン。


耳を突き破る金属音とともに、霧の奥から電車が現れた。

窓ガラスは煤け、蛍光灯は一つおきに点滅し、ドアは歪んで開閉を繰り返している。

それでも確かに電車の形をしている。

いや、むしろ「電車の亡霊」とでも言うべき存在だった。


俺の掌の切符が熱を帯びた。

まるで「乗れ」と命じているかのように。


背筋に冷や汗が流れる。

逃げるべきだと思った。


だが、ここに立ち尽くすことも同じくらい危険に思えた。

ホームの奥は闇に飲まれている。

もし逆方向に走っても、どこにも辿り着かない


――そう直感してしまう。


ならば、この異様な電車に乗り込むしかないのか。

理屈ではなく、本能の声がそう告げていた。


俺は息を詰め、歪んだ扉が閉まる寸前に飛び乗った。


――車内は空っぽだった。


座席に人影はなく、吊り革だけが揺れてきぃきぃと鳴っている。

蛍光灯は脈動するように明滅し、電車全体が心臓の鼓動のようなリズムを刻んでいた。


窓の外は、真っ黒な霧。

そこを――何かが並走している。


首のない影だった。


人影に似ている。いや、腕も脚もある。

だが首だけがない。


その不完全な人影たちが、何十体も霧の中を走り、電車の窓を叩こうとしていた。

冷たい吐息が喉を塞ぐ。


――これは夢じゃない。


そう悟った瞬間、体温が一気に引かれていく。

足元に再び切符が落ちていた。

先ほどのものと同じ。

だが、文字が書き換わっていた。


『次の停車駅:選定』


電車が急激に減速した。

ブレーキ音が金属を裂くように響き、身体ごと前に投げ出されそうになる。


扉が開く。

そこは無人のホームだった。

霧が一層濃く、視界は数メートル先しかない。

ホームの中央には、三つの改札口が並んでいた。


左の改札には「記憶」と書かれた札。


中央の改札には「肉体」。


右の改札には「魂」。


改札の札はまるで生きているかのように脈動し、俺を睨みつけていた。


――どれを選んでも、何かを差し出さねばならない。

その直感だけは、逃げようもなく確かだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る