第17話
「二人とも、お帰り!」
「お疲れさまだね」
ルークの部屋のドアを開けると、カレンさんとショウマさんは笑顔で出迎えてくれた。
でもついさっきまで、反省会してたんだろうな。
テーブルの片隅にある作戦の資料。さりげなく閉じられたショウマさんのノートパソコン。
極めつけは、カレンさんの目元だ。こすったのか、赤くなっている。
「おう! ただいま!」
隠しきれていないそれに触れることはなく、ルークは明るく応えた。そして「あー。疲れた」なんて言いながらベッドに倒れ込む。ルークがそうするのなら、私もそれにならう他はない。
「……そちらこそ、お疲れさま」
それだけに留めて、お気に入りのクッションに腰かける。
ようやく、帰ってこれた。
安心感と疲労が一気に襲いかかってくる。
うう。このまま寝ちゃいたい。衣装のままだとかルークの部屋だとか、どうでも良い。だって疲れたし……すごくモヤモヤする。
ここに帰ってくるまで、ルークは一度も口を開かなかった。あのルークが、だ。何か言いたそうにしては、口を閉じて。眉間にシワを寄せて。私と目が合うと、気まずそうに視線をそらす。気になって仕方がなかった。
あ、気になるといえば……。
「詐偽の証拠って結局、入手できたの?」
「ああ、バッチリ。カレンに転送済み」
「あたしとショウで確認して、後日、本部に送る予定だよ」
「そう」
それなら、良かった。ルークも目的を達成できて。
「それにしてもセーラちゃんって、危険が楽しいタイプ?」
ショウマさんの言葉に首をかしげる。自分で言うのもあれだけど、結構、慎重な方だと思う。
「謎の人物Aと対峙してるとき、アドレナリンとドーパミンの数値がすごく高くてさ。カメラに映ってる動きも軽やかだったし」
ほら、と見せられたパソコンの画面に、視線が集まる。カフェスペースで女の人を相手取る場面が再生されていた。
「これは……はしゃいでるな」
「うん。すっごく楽しそう」
「でしょ? 僕もうビックリで。挑発だよ、こんなの」
「引きつけろって言うから……」
「挑発と時間稼ぎは違うからな!?」
ルークの突っ込みに、カレンさんとショウマさんは声をあげて笑った。
いつも通りの声色に、和やかに進む会話。
何もおかしいところはない。だから、おかしい。
みんな、思うことがあるはずなのに。何も言わないで、全部自分の中に閉じ込めてる。
変なの。一緒にいるのに、一人みたい。
ううん。一人でいる時より、ずーっと虚しい。
これが、仲間?
――仲間って、なに?
「みんな! おかえりなさい!」
うわ!
びっくりした……。
突然、ドアが勢いよく開いて、ミシアさんが部屋に入ってきた。
「か、母さん。ノックぐらいしてくれ……」
「え? もしかして、聞かれちゃまずいお話でもしてたの? 青春ね!」
「違うよ! びっくりするだろ!」
心臓が止まるかと思った、とルークがぼやく。
同意でしかない。胸がバクバクしてる。考え事なんて、全部吹き飛んだ。
「あら、ごめんなさい。それよりも、はい。これ」
差し出されたのは、一本のUSBメモリだ。
「なんだこれ?」
「今回の試験での、あなたたち四人の評価よ」
「試験!?」
ルークが素っ頓狂な声で叫んだ。ショウマさんは驚きのあまり固まっちゃってるし、カレンさんは零れ落ちそうなくらいに目を見開いている。
「いい反応をありがとう。セーラちゃんは驚かないのね。やっぱり気がついてた?」
みんなの顔がこちらを向く。
「そうですね。違和感はありました」
なぜか漏れていた私たちのコードネーム。警備も、今思えばずさんだし。
そして極めつけは、急に現れた謎の女性。
ふんわりと香ったシトラスの香水と、一瞬だけ聞こえた女の人の声。どちらにも覚えがあった。背格好も、ミシアさんと似ていたしね。だから、もしかしたら何かあるんじゃないかなって思いはした。。でも目の前のことで精いっぱいで、そこで思考が止まってた。
まさか試験なんて――。
「相変わらず、セーラは察しがいいな」
「観察力があるよね」
ショウマさんとルークが口々に褒めてくれる。
ちょっと、恥ずかしい。
目を逸らすと、微笑まし気なカレンさんと目が合うものだから、余計に座りが悪い。
「それはそうと、結果なんだけど……」
固唾を飲んで、ミシアさんの次の言葉を待つ。
「ひとまずは合格よ。おめでとう」
「よ、よかったぁ」
カレンさんがヘロヘロとテーブルに突っ伏した。
「ひとまず、ということは何か引っかかる点があるんですよね?」
一方で、ショウマさんは冷静だ。手放しには喜ばない。
「そうね。いろいろあるわ。計画の甘さ、イレギュラーへの対応力……。今回はそちらの様子を見つつ、全てマリアス側で仕組ませもらったけれど、ギリギリ赤点回避。オールCというところね」
厳しい評価に、みんなが口を閉ざす。
「でもそれに関しては、これから経験を積んでいけばいいだけの話。赤点じゃないだけ立派よ。一番の問題は『大前提』ができていないところかしら。脅すわけじゃないけれど……いずれ、致命的なミスを引き起こしかねない」
背中に冷たいものが走った。顔が強張るのを感じる。それぞれが不安を感じてる中でのその言葉はもう、立派な脅しだった。
「――まあ、考えてみなさい。大丈夫。あなた達なら、絶対に分かるから」
ミシアさんは落ち着いた声で、優しく言った。教えてはくれないみたいだけれど。
マイクさんといい、ミシアさんといい、この辺りには手厳しい。
でも、そうだよね。一番大事なことなら、自分たちで気付かないと。
「あと、セーラちゃん。左腕、見せてもらっても良いかしら?」
「え? かまいませんけど……」
腕を差し出すと、するりと袖がまくられた。
そこには青紫色の痣があった。腫れているようにも見える。全然、気がつかなかった。
あらら、とミシアさんは顔を歪める。
「ごめんなさいね。加減すべきだったわ。痛む?」
「いえ、平気です」
触ったら痛むかもだけど、自分では全く気が付かなかったくらいだ。気にするほどじゃない。それなのにみんなして深刻そうな顔をされても、正直、困る。
私は袖を下した。
「本当に大丈夫ですから。動かせますし」
「そう。でも、少しでも違和感があったら言うのよ。マリアス構成員専用の病院に連れて行くから。我慢は絶対にダメ」
あまりにも念押ししてくるものだから、若干気おされつつも頷いた。そう心配しなくても、軽い打撲だ。数日で治ってくると思う。
にしても、マリアスには専用病院なんてあるんだ。手広いというか、手厚いというか……。うん、すごい。
「じゃあ、私はこれで失礼するわね。今回の報告書を書かなきゃ。みんなも、程々にね。それとも泊まっていく?」
ミシアさんが私たちを見回しながら聞いてきた。時刻は十二時を回ろうとしている。
「母に迎えを頼むことになってるので、大丈夫です。カレンも一緒に帰ります。な?」
「うん」
「それなら送っていくわよ。そのほうが早いしね。お家には私から連絡しておくわ」
準備ができたら降りてきて、とミシアさんは部屋を出て行った。
「えっと……ここはお言葉に甘えようか、カレン」
「そうね」
顔を見合わせた二人は、手早くテーブルの資料を片付けた。
私も帰ろう。
自分の荷物を持って、立ち上がる。そして、見送りのルークも一緒に、四人で玄関まで下りた。
「じゃあ、また学校で! ミシアさんからもらった評価は、後で送るね!」
「おやすみ」
「……じゃあね」
「ああ。ゆっくり休めよ」
玄関先でルークと別れ、車に乗り込んだ二人にも手を振って、家の門を開ける。
キィと甲高い音が、暗闇の中に響いた。
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