第8話


 早くも週がめぐって、土曜日がやって来た。

 この一週間、ずっと霧の中にいるみたいだった。分からないんだ。この気持ちが何なのか。とにかくルークが元凶なことだけは分かってる。だからひたすらに避け続けた。できるだけ、顔を合わせないように。

 小さい子どもみたい。あまりにも短絡的で滑稽だ。

 幸いなことに、クラブ活動だのショウマさんの手伝いだので忙しいみたいで、会話をしたのはほんの数回。そんな状況でも、今日もまた、あの集まりに参加できるのを楽しみにしている自分もいて……。

「――何か悩みがあるなら話は聞くけど、取りあえず、コーヒーを混ぜながらボーッとするのはやめようね。危ないから」

「え? ああ……」

 マイクさんの声にハッとして、手を止める。湯気を立たせたコーヒーが、クルクルと渦を巻いていた。

「珍しいね。お昼ご飯を食べてるときも、考え込んでるみたいだったし……。どうかしたのかい?」

 向かいに座るマイクさんが、スイートポテトにフォークを刺しながら聞いてくる。昨日ルークがお裾分け……正しくは必死な顔して押しつけていったものだ。

「――いえ、特に何も」

 柔らかくて、優しげな口調に、洗いざらい吐き出してしまいたくなった。

 包み込んでくれるような雰囲気のこのお兄さんは、私が小さい頃からの付き合いのあるハウスキーパーさんだ。家のことも、些細な悩み事相談も、全てこの人に頼ってきた。――でも、言えない。こればっかりは、さすがに。喉まで出かけた言葉は、スイートポテトと一緒に飲み込む。

「まあ、僕がココにお手伝いとしてくるようになって結構長いからね。何となくは察せるよ。また、ルーク君絡みだろう?」

 マイクさんは、また、を強調する。

 う……。確かに相談事の大半はルークへの愚痴だったけど。

 口ごもる私に、マイクさんは苦笑する。

「君たちの喧嘩は微笑ましいけど、不毛というか……。まあ、悩むだけ悩みなよ。話なら聞くからね。でも」

「分かってます」

 マイクさんはいつも、「答え」は教えてくれない。あとは私が、自分で、見つけなきゃ。

「うん。頑張って。ところで、時間」

 指さされた壁掛け時計を見ると、一時四十分を過ぎている。急がなきゃ。

 コーヒーをあわてて飲み干した。

 熱かった。




「お待たせ」 

「あ、セーラ。いらっしゃい。……ほい」

 ルークの部屋のドアを開けるなり、ヒョイとクッションを投げ渡される。難なく受け止めて、カーペットに腰を落ち着けた。

 既にショウマさんは到着していて、アカネのお手入れをしている。

「じゃあ、そろそろ始めるぞ」

「え、でもカレンさんがまだ……」

「ああ。カレンなら遅れて来るよ。なんでも、今日までの作業が間に合わなかったんだって。本当は、手伝えたらよかっただけど、僕は専門外で……」

 ため息をつくショウマさんの顔には、心配って大きく書いてある。

 確かにここ一週間、カレンさんの様子がおかしかった。授業もどこか上の空。顔色が悪い、というか。話しかけても反応が鈍いんだ。本人は、大丈夫の一点張り。好きでやってることだからって。言われてしまっては、それ以上しつこく聞くのもためらわれた。

 一体、何をしているのやら。

 視線を向けるも、ルークは首を横に振る。その様子に、ショウマさんはクスリと笑った。

「二人には内緒だって言ってたからね。知らなくて当然だよ」

「え、内緒なのに言って良いのか?」

「うーん。別に内容をバラしたわけじゃないし……。平気じゃない?」

 そ、そういうものなのかな?

 サプライズするなら、サプライズがあること自体、秘密にしておくべきだと思うけど……。

「お前、時々、ほんっと判定ガバガバだよな」

「器が大きいんだよ」

「――なるほど」

「納得するな!」

 あれ、違った?

「オレ、もう無理。やってけない。疲れた」

 ルークは力なくうなだれだ。

「そんなこと言わないで、頑張りなよ。リーダー」

「だって、皆して一癖も二癖も……」

「個性って大事よ、ルーク」

 ルークの嘆きは、誰に届くこともない。

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