第4話


「あ、セーラちゃんバイバイ! また明日ね!」

「うん」

 帰り際、手を振ってくれたカレンさんに、私も小さく振り返した。ソーイングの授業から数日。あの日以来、カレンさんはこうして、よく声をかけてくれるようになった。

 ――良いのかな?

 他に仲の良い子がいるはずなのに……。

「なにロッカーの前でボーッとしてんだよ」

「えっ? ああ、ルークか……」

 急に話しかけられたから、驚いた。

「なんか失礼だな……。それよか、最近カレンと話してること多いけど、仲良くなったのか?」

「は?」

 どうして知ってるの?

 もしかしてストーカー?

 うわぁ。いくら幼馴染みでも、それは……。

「なに考えてるか何となく察しがつくけど、違うからな? さすがにそれは酷いぞ」

 そうは言われても、いまいち信憑性に欠ける。日頃の行いのせいだ。気付いたらいつでもそこにいる、とか幽霊やストーカーと同じだ。

「信用ないな。ホラ、最近お前と関わってないなって思ってさ。隣にはカレンが陣取ってるし。女子同士で楽しそうなのに、割ってなんか入れるかよ」

 ああ、なるほど。

 言われてみればここ数日、ルークの顔、見てないかも。とても快適だった。

「カレンさんとは……どうだろ。分からない、かな」

 素直で嫌味のない、居心地のいい子だと思う。でも、それだけ。

「ふーん。ま、トラブってなさそうでよかったよ。お前、すぐ人と揉めるもん」

「好きでトラブってるわけじゃ……」

 痛いところを突かれた。

 ――でも、だって、どうすればいいのよ。

 周りはコソコソして、睨みつけてくる人ばかり。話しかけて返ってくるのは、よそよそしい態度。目も合わせてくれない。そしてそっと、距離をとられるんだ。

「わざわざそんなことを言うために、話しかけてきたの?」

 だとしたら相当、いい性格をしてる。

「そんなわけないだろ。別件だよ。もう帰り?」

「うん」

 クラブには所属してないし、、どこかに寄っていく用事もない。まっすぐ帰って、ゴロゴロするつもりだった。

「なら、一緒に帰ろう。話があるんだ」

 私はしぶしぶ頷いた。どうせ帰る方向は同じ。選択肢は、あってないようなもの。手早く教科書やノートをロッカーにしまう。

「よし。行こう」

 ルークの後に続いて、学校を出た。石畳の歩道を並んで歩く。私たちの間を、冷たい風か吹き抜けた。 

 てっきり、バスに乗って帰るかと思ってたんだけど……。

 チラリと横目でルークを盗み見る。話したいことがあると言ったわりには、一向に口を開く様子がない。口を一文字にして、視線は斜め下を向いている。そしてたまに私をみつめては、また、下を見て……。

 ――こっちの様子を伺ってる?

 視線の動きが、完全にそれを物語っていた。隠し事したいとき、視線があちらこちらに忙しなく動く。けれども、何か話したいときは、逆にじっと見つめてくる。昔からの、ルークの癖だ。

「ねえ。話ってなんなの?」

 近くに人がいないことを確認して、聞いてみた。

 いつも使う、家の近くのバス停が見えてきたところだった。

「その……マリアスのことなんだけどさ」

 それは予想が付いてた。やけに周りを気にしてたもの。わざわざ歩きを選んだ理由も、納得できる。

「オレ、入ることにしたよ。救える想いがあるなら、救いたい。オレにできることをしたい」

「そう」

 やっぱりって、思った。驚きはない。こういう選択をできる人だから。昔から、分かりきってることだった。

「それで、明日の放課後、同じチームになる予定の奴らと、集まりがあるんだ。オレの家でやるから、伝えとくな」

「え、何で?」

「何でって……」

 ルークはガシガシと頭をかき回した。髪の毛が、指の間からこぼれ落ちる。

「というか、チームって?」

 そんな話、初めて聞いた。

「あ、その説明が先だよな。なんでも、新人のうちは数人でチーム組んで、経験を積むんだってさ。オレたちは四人チーム」

「四人って。私、まだ決めてな……」

「という訳で、はい」

 ルークは私の言葉を遮って、小さなメッセージカードを渡してきた。

 ――何?

 反射的に受けとってしまった。星の装飾があしらわれたそのカードには『明日、四時にオレの家』と右肩下がりの癖のある文字が書かれていた。まごうことなく、ルークの字。

 人に渡すならもう少し丁寧に……ってそうじゃなくて。

「これは……?」

「それ渡しとく。招待状」

 え、いらない。

 突き返そうとしたけど、遅かった。ルークは走って坂を上っていってしまった。影がどんどん遠ざかる。追いかけたいけど、アイツは足が速い。こんなにも距離が開いてしまっては、追いつけない。

 ああ、もう。とんだ置き土産だ。

 押しつけられたカードに目を移す。

 まったく。こんなファンシーなの、どこで手に入れたんだか。

 そっと表面を撫でる。装飾部分は凹凸があるし、紙には厚みを感じる。十枚いくら、の品じゃない。ルークはこんなに質の良い、いや、そもそもメッセージカードすら持ってないはず。そこまで気が回るタイプじゃないから、ノートの切れ端がせいぜいだ。

 誰が用意したんだろう?

 さっき言ってた、チームメンバーかな?

 こんなものまで準備しちゃって、なに考えてるんだか。

 視線をあげると、ルークの姿はもう、見えなくなっていた。

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