第10話


【残り生存者は3,570人。】


Henは警備室の扉をゆっくり閉め、音を立てないように注意した。

警備主任の腰から奪った鍵を二度、静かに、計算された動きで回して施錠する。

誰かが外から開けようとしても、少なくとも数秒の猶予は稼げるはずだった。


振り返り、モニターを見つめる。

ちょうど四人の人間が階へ入ってきたところだった。

Henは息を荒げながら、その一挙手一投足を追った。


彼らは休憩室を物色し始める。

一人が苛立ちを滲ませて言った。

――「ここにあるはずだ…だが、誰かがもう漁った形跡がある。」


次に、彼らは警備員たちの死体をひっくり返した。

その中の若い男が、ぞっとするような発想を思いついた。

警備主任の死体から服を剥ぎ取り、血塗れの制服を自分に着せ始めたのだ。


Henはカメラ越しにそれを見つめ、背筋を冷たい悪寒が走る。


――「どうするつもり、Hen?」

Maryの甘い声が、頭の中に響いた。

――「標的は四人。あなたには銃がある。今行って、全員撃ち殺しなさい。」


Henは拳を握りしめ、その衝動を押し殺した。

小さく囁く。

――「それが愚かな選択だ。今行けば、数秒で俺は死ぬ。」


Maryは満足そうに笑う。

――「いい子ね…やっと捕食者のように考え始めたわ。」


時が過ぎていく。


ふとHenは、四人の動きに違和感を覚えた。

カメラには、二人が廊下の角に隠れ、何かを待ち構えている様子が映っていた。


Henは眉をひそめる。

彼らは罠を仕掛けている。


すぐに理解した。

廊下に別の二人が現れたのだ。

何も知らずに歩いてくる。


先ほど警備員の制服を着た女が先頭に立ち、権威を装いながら歩み寄る。

その落ち着いた声が二人を暗がりの方へ誘導した。


事は一瞬だった。

合図の手振り。

隠れていた者たちが飛び出す。


十秒も経たぬうちに、二人は地面に倒れ、何度も刺され、命を奪われた。


Henの体が震える。

残酷な光景が脳裏に焼き付いた。

カメラには、屍がまるでゴミのように投げ捨てられる様子が映し出されている。


彼は画面から顔を背け、胃がきしむのを感じた。

――この人間たちは…もう怪物に成り果てている。

この死のゲームを作り出した吸血鬼よりも、よほど醜い怪物に。


――「恐ろしい?Hen?」Maryが挑発する。

――「慣れることよ。これが絶望に投げ込まれた人間の本性なのだから。」


Henは深呼吸し、彼女の声を頭から追い払おうとした。

このままでは駄目だ。

警備室そのものが罠だ。


部屋を見渡し、唯一の出口となり得るものを見つける。

壁の高い位置にある換気ダクト。

狭いが、通れないこともない。


Henは椅子を引き寄せ、慎重に足を掛けてよじ登る。

片手には揺れる懐中電灯。

もう片手でダクトの蓋を外そうとした。


あと少しで外れそうになった時――ギシッ。


椅子の車輪が折れた。

夜の静寂に、その音は雷鳴のように響き渡る。


Henは床に落ち、背中に鈍い痛みが走った。

だが本当の恐怖は、再びモニターを見た瞬間に襲ってきた。


廊下にいた全員が一斉に振り返り、警備室の方向を見つめたのだ。

聞かれた。


Henの心臓は破裂しそうなほどに激しく脈打つ。

時間は、もう彼の味方ではなかった。


【残り生存者は3,568人。】

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