第18話

 ※


 老夫婦に再会したのは、そのあとのことだった。トビラ島に向かう途中の道沿いに、石抱きガジュマルという名の通り、大きな石を包み込みながら成長してしまった、ぱっと見ドラクエの人面樹を思わせるガジュマルの大木があるのだけど、その前を通り過ぎようとしたときに、てんなちゃんが二人の存在に気が付いたのだ。夫婦はまるで、石抱きガジュマルと対話でもしているかのように、並んで立ったまま大木を見上げていた。


 ぼくは車を停めて窓を開けた。「こんにちは、またお会いしましたね」

「ああ、これはこれは」と旦那さんが言った。奥さんはにっこりと微笑んだ。一体二人はどうやってここまで来たんだろうと思ったけれど、まあタクシーでも使ってやって来たんだろうと思って深くは考えなかった。

「どちらに行かれる途中なんですか?」

「この先の、トビラ島の見えるところまでであります」

「それなら、乗っていかれませんか。ちょうどぼくたちも、そこへ行く途中なんですよ」

「よろしいんですかな?」

 もちろんいいよ! とぼくの代わりにてんなちゃんが元気いっぱいに応え、奥さんがまたにっこりと微笑んだ。三太君はエイハブ顏のままで、眉間のしわも和らいだようには見えなかったけれど、まあ今回はしょうがない、我慢してもらう他にはないようだった。

「どうぞ乗ってください」ぼくは言った。「申しわけありませんが、どちらかは助手席の方へ。てんなちゃん、ごめんだけど、三太君の方に寄ってくれる?」

 奥さんが後部座席へ、旦那さんが助手席に乗り込んだあとで車を出した。到着するまでの間、旦那さんの方がトビラ島にまつわる伝説を話してくれた。トビラ島はいちという集落前の湾に浮かんでいる、トゥブラ、とも呼ばれる小島なのだけれど、その市を統治する女神と、向かいの喜界島を統治する女神の二人とが、数年もの間島を引っ張り合って、大接戦を繰り広げながらも、結局は若くて力の強かった市の女神が勝利したのち、今の位置に落ち着いたということだった。でもその引っ張り合いに持ち込んだことからしてが既に、勝利を確信していた市の女神の戦略だったということだ。そして島が元にあった場所は、キャーゾネ、と言われ、魚がたくさん取れる場所になったらしい。旦那さんいわく、二人の女神の超力が焼き付いてそうなったということだ。


 まもなく市の前に到着すると車を降りて、湾にぽっかりと浮かんだトビラ島を、ぼくたちは五人で並んでのんびりと眺めた。トビラ島は山のてっぺんだけを切り取ってぽんと置いたかのような、円錐状のかわいらしい島だった。優衣の大好きだったアポロチョコレートのことを思い出したけれど、頭の中で声を発して封じ込んだ。ふと、ぼくだけがカップルじゃないことに気が付いて、隣りに麻凪がいないことを淋しいと思った。

 島を見終わったあと、なんとなく老夫婦と別れがたくなってしまい、よかったら次の目的地まで送りますよ、と申し出た。ちらっと横を見ると、三太君とてんなちゃんも、そうしようそうしようという表情を浮かべていた。今やぼくは、てんなちゃんはもちろんのこと、三太君の表情をもしっかりとわかるようになっていた。一見いつもおんなじエイハブ顔に見えるのだけど、眉間と口元の力の入り具合と、そして目の向きとで、正確に読み取ることができるのだ。

「では先ほどの、石抱きガジュマルの前までお願いできますでしょうか」

「え、もっと先まで送りますよ?」

 旦那さんは微笑んだ。「ありがとうございます。しかしあそこまででけっこうでありますので」

 どうやら遠慮しているようでもなかったので、それ以上強くは誘わないことにした。「わかりました。じゃあ送りましょう」

 ぼくたちは車に乗り込んで、石抱きガジュマルの前に向かった。


 車から降りた旦那さんが言った。「いろいろとありがとうございました」

「いえ、これくらい」ぼくは言った。「また、どこかでお会いできるといいですね」

「『きっと』会えますよ」

 ──と。どこからか強い風が吹いてきて、石抱きガジュマルの枝をざわざわとざわめかせた。

 見上げると、一番高いところにある枝が、しなやかに揺れていた。


 窓越しに改めて老夫婦へ別れを告げたあと、ぼくはゆっくりと車をスタートさせた。

 サイドミラーを見ると、二人がぼくたちに向かってゆるやかに手を振っていた。いつの間にかシートベルトから抜け出していたてんなちゃんが、膝立ちになって振り返り、リアウィンドウを覗き込みながら、ぶんぶんと懸命に手を振り返し続けている。安全のためにスピードを出さないように気を付けながら、二人に向かってぼくは訊ねた。

「ねえ、さっきお爺さんが『きっと』って言ったときさ、なんかちょっと、不思議な感じがしなかった?」

 したよ! と言いながらてんなちゃんがこっちを向いて、三太君がバックミラー越しにぼくを見た。やはり二人も同じことを感じていたようだ。

「もしかしたらあの二人、本当にガジュマルの木の妖精だったのかもしれないね。だってほら、見てみなよ」

 さすがに好奇心を我慢できなかったのか、今回は三太君もシートベルトを抜け出して、てんなちゃんと一緒に膝立ちになって後ろを振り返った。

 ついさっきまで確かに見えていた老夫婦の姿は、もうどこにも見えなくなっていた。

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