ガイア 失われた帝国
一之瀬 のの
第1話 1000年前からやってきた…
―――――――死ぬ覚悟を生きる力に変えよ。
これは遥か昔1000年前、人類史上初である世界統一を果たし空白の期間からの脱却を実現させた民主政治の権威である初代統合政府最高顧問、和泉牛斗が残した言葉である。
この時、和泉は全てを悟っていた。
―――――ガイアが怒りの雷を地へ落としに来るだろう。絶対に…と。
西の方角を見つめながらそう言った。
※ ※
4月、月曜日の朝は憂鬱だ。
「ちょっとーん!ミナトー!早く支度しないとまた学校遅刻わよー!小学6年生にもなって、しっかりしないと駄目よー?」
夢の世界でヌクヌクとしていたのに、現実世界へ呼び戻す父さんの張った声が一階から聞こえた。
はあ、学校かよ。面倒くさい。まだ寝ていたい。
光の入ってこない瞳を掻きながらベッドから起き上がると、僕は一つ大きな欠伸をした。半分寝ぼけながら声のした一階へ降りると、父さんが居間で朝飯を食べていた。
僕の家は『永楽』という自宅兼中華料理屋を経営してる。
店内は小汚いが、普段から地元のサラリーマンや家族連れに愛される町中華の名店ってところだ。 毎日店内が大盛況ってほどではないのだが、ありがたいことに僕達2人が暮らしていける分には繁盛している。
しかし、僕こと須藤ミナトは将来この店を継ぎたいとは全く思わない。何で、だって?そりゃ簡単だよ。”普通”だからじゃないか。普通の人生、普通の幸せ。全く憧れない。それだったらもっとでっかくならなくちゃって強く思う。人生一度きりなんだからさ。
テレビで売れっ子のお笑い芸人になるとか、絵がうまけりゃ漫画家になるとか、世界中のテロリストを捕まえる凄腕潜入捜査員とか。夢は大きい方が絶対楽しいって。
ごちゃごちゃしたテーブルの上には質素なトーストと牛乳が置いてあって、ホコリが被ったブラウン管テレビからは朝のニュースが流れていた。
「先日、統合政府第258ブロック東京23区内で暴走したアンドロイドの捜索がまだ続いています。怪我人などはいませんでしたが…」
「最近、物騒よね~。アンドロイドが暴走なんて何年ぶり?アンドロイドなんて昔の産物で数も少ないのに。警察や専属能力者はなーにしているのかしらねー」
父さんの皮肉っぽい独り言を横目に見ながら、僕はバターを塗ったパンを口に詰め込むように食べた。
すると、タンスの上に飾られた亡くなった母さんの写真が目に入った。僕がまだ幼い頃に病死したから記憶や思い出はあまり無いけど、この栗色がかったブロンドヘアーや中性的な容姿は母さん譲りだ。
今や父さんは無精髭の生えた加齢臭漂うオカマのおっさん。美人だった母さんがアイツに何の魅力を感じて結婚までしたのかは永遠の謎だ。朝食を食べ終わり超特急で朝の支度をしていると、テレビから7時50分になると流れてくる今日の占いが始まった。
やっべ。この時間はまずい。学校まで近道して全力ダッシュでもギリギリ間に合わないかもしれない時間だ。
「やっべえ!遅れちまう!父さん!行ってくる!」
「はーい!気をつけて行って来るのよ!」
父さんの”いってらっしゃい”を聞くとガバガバのランドセルを背負いこんで勢いよく玄関を飛び出していった。
空を見上げると、今日の八王子は雲一つない晴天だ。この坂の上から見えるのは、いつもと同じ真っ直ぐと続く住宅街、そしていつもと同じ赤い”止まれ”の標識、学校に到着するといつもと同じ下駄箱の土の匂いを抜け教室へ着いた。日が差し込む一番後ろのいつもと同じ僕の席にはクラスメイト数人が屯していた。
「はぁはぁ…。お、おはよーー!!ギリギリセーフッ!」
「セーフじゃねえよぅ!須藤また遅刻ギリギリ!」
「ははは。ごめんごめん」
これが僕の通う八王子市立梟ヶ丘小学校6年3組の朝だ。机に寄っかかり一緒に昨日見たテレビの内容だとか今度発売されるゲームの話題だとか何気ない会話をしてゲラゲラと笑った。この上なく幸せだ。しかし、昨日も同じ様な会話をしたような気がする。
そうだ、と僕はまたふと思う。いっつも同じ。毎日同じ生活の繰り返しで冒険がないんだ。誰だって味気のなくなったガムは吐き捨てたい。いつもと違う味の飴を舐めてみたい。声に出さないだけで誰もがそう思っているはずだ。
父さんや親戚のおじさん達は親戚の集いでよく子供の頃が一番楽しかったと、昔話に花を咲かせていた。しかし、それを僕のいる空間で話すことは遠回しに僕の人生がこれから暗いトンネルへ突入すると言っているようなもんだ。失礼極まりないと正月になればいつも思う。
僕はそんな大人になりたくない。普通の幸せじゃ物足りない。特別な人間になりたい。
僕は、幼い頃から自分が選ばれた人間で主人公なんだと、世界の中心に僕がいるんだと、確証が無い癖に過信していた。
それは恐らく病死した母さんの面影がある僕を父さんが溺愛していたからだ。例えばクラスで一番足が速かっただけでこう言った。
「おっ、きっとミナト位の運動神経があれば陸上選手になれるわ!」
またある日は父さんが風邪で寝込んでいた時に薬を持っていっただけで鼻水を垂らしながら泣いていた。
「ミナト、やっぱり母さんに似て優しい子ねえ。その優しささえあれば…」
ただ成績は学年で下から数えたほうが早い僕だから叱られる回数も多い。しかし、そのオーバーな褒め言葉を真に受け妙に自信がついていた。
そして、いつの間にか僕自身も大食い世界チャンピオンになっていたとか、大事件の重要参考人になっただとか、テレビの取材を道端で受けただとか些細な事を想像するだけで心が弾み楽しくなっていた。大人になれば特別な人間になれるという期待の一方で、日を追うごとに父さんや周りの大人の様な普通に仕事をして普通の家庭を持つ”つまらない人間”に近づいているのを薄々感じていた。
そう、僕は平和なこの状況にありがたみを感じるも、何処か退屈に感じていた。
今座っているこの席も、真横の窓から差し込んでくる暖かい太陽の光も、明日にはもう変わってるかもしれないのに僕は世界で一番わがままだな、と溜息をついた。
※ ※
午後、給食を食べ終え僕はクラスの友人達とサッカーをしに教室を後にした。校庭へ出ると、早く来たつもりだがもう低学年から六年生までで遊び場が埋まっていた。僕達は渋々すみっこでボールを回していると、アホ毛の目立つ黒髪の少年が木陰から僕を見つめているのに気づいた。
―――――――――彼の名前は木場ユウ。彼はあまり笑わない。
クラスでもかなり浮いた存在で、一言で表すと一匹狼というやつだ。
正確に言うと笑わないんじゃなくて、笑った顔を見た事が一切無い。少なくとも人の前では笑わないんだ。
ユウとは、小学校に入学した当初から一緒の学年だったが喋ったことがなかった。5年のクラス替えで初めて同じクラスになったけれど、以前からかなり小柄な癖にその黒く濁りきった瞳は常に僕達を上から見下している様な気がした。
笑顔を作るのが苦手だとか、人前だから笑えないとか、色々事情があるのかもしれないが、彼の心の奥深くは酷く干からびていたような気がしていた。そんな彼だから、笑っている姿を想像する事すらとても困難だった。
もちろんあまり多くを話すタイプではなく、無口で無愛想な態度を取るばかりだった。かと言って僕は彼が一人で居る時間や空間が好きでも、孤独を好んでいるとは思えなかった。
どうでもいいが、難のある性格の割に成績優秀で容姿はさほど悪くないからか一部の女子には密かに人気があるらしい。
しかし、僕達とはどこか違う世界に住んでいる彼に積極的に話しかける猛者は中々いない。
だが僕は違う。
自分とは対照的でミステリアスな彼の事が非常に気になっていた。
素顔がベールに包まれた彼は、もしかしたら人間じゃなかっただとか、ロボットだっただとか、僕を殺しに来たスパイだとか想像力を最大限に掻き立ててくれた。そうじゃないのは百も承知で、ただ僕の脳内で想像するのが楽しかった。だから、僕はクラス替え早々隣の席になったその日から、しつこいと思われる程積極的に喋りかけていた。
「お前いつもムスッとしたつまんないみたいな顔してさ。『統合政府の成り立ち方』?なにそれー。そんな堅っ苦しい本どこが面白いの?」
「…バカにするな。お前には関係ないだろ?」
「はあ。お前、ぜってー血液型1型だろ。根っからの真面目っ子でさ。ずっと本ばっかり読んでるとかつまんなくない?」
「…別にいいだろ。それに俺は0型だ。血液型占いなんて、アホらしい。今どき、そんなもの信じているのか?」
それ以降、どんな会話をしたかは覚えていない。たぶん、ほとんど会話が続かなかった気がする。こうやって強引に喋りかけても、彼からは最低限の言葉を返されるだけだった。
それ以上の言葉が返ってくることはない。
彼から話を広げようとか、相手のことをもっと知ろうとか、そういう気は一切感じられなかった。また、彼は僕と目線を合わせようともしない。本や教科書を書きながらとか、ノートに今日やった授業の内容をメモしながらとか、そんなんばっかりだった。優先順位の1番目は自分のことで僕との会話は2の次。そんな彼の態度に引っ張られて次第に僕も強い言い方をするようになっていった。
だが、僕という人間はちょっと変わってるもんで駄目と言われるとやりたくなる。
嫌だったらどんなに嫌がってももっと喋りかけてやる。 僕の中には変な競争心が生まれていた。
「ちょっと待っててくれ」
そうクラスメイトに告げると、僕はスタスタと引かれ合うようにユウへ向かった。
「ユウ!どうだ?たまには一緒にサッカーやらないか?見ているだけじゃつまらないだろ?」
「やらない」
僕が話しかけても拒絶する様にそっけない言葉がすぐに返ってきた。すると彼は僕をそのどす黒い瞳でギロッと見つめ口を開けた。
「ところで、最近隠れて俺の周りをウロチョロしてるのはお前なんだろ?家にまでついてきやがって…。俺に構うんじゃねえよ。いい加減しつこいんだよ」
珍しい。僕に質問をしてくるなんて。
でも、僕は一体こいつが何の話をしているのか分からなかった。そもそも、ユウの家がどこにあってどういう家族構成で、どんな家に住んでいるのかすら知らない。自分のプライベートや身の上話を全く話さない彼だ。僕だけが知らないわけじゃない。恐らくこの学校にいる児童は誰一人として知らないんだと思う。それに根本的に今表立ってユウと関わりにいってるというのに陰でコソコソする必要があるのか、単純に疑問だった。
「何の事だ?」
「違うのか…フンっ。お前じゃないんだったらいい。とっとと戻りやがれ。毎日毎日、いい加減暑苦しいんだよ!俺は、1人でいるのが好きなんだよ」
ユウは一瞬「見当外れか」という驚きの表情を見せたが、その後はシッシと手で僕を払い邪魔者扱いした。僕はユウの自分の用が終われば後はどうでもいい様なそっけない対応にイラッとした。
「もうちょっと言い方ってもんはあるだろ!?…そんなんだから友達がいないんじゃないか!」
まずい。ついに、言ってしまった。
心の中で思っていても、流石に言葉にするのは躊躇っていた。しかし、言われてばっかりじゃあ今さっきまで余裕のあった僕も我慢の限界だ。
そして、ユウは一拍おくと形相を変え僕に怒鳴りつけた。
「何だと~!」
こんなこと言って煽れば向こうも怒ると分りきっていたが事実は事実だ。少しは自覚したほうがいい。
そして、ユウがドシドシと大股で近づき、僕の胸ぐらを掴んだ瞬間だった。
太陽が昇る南の方角だろうか、光の様な透明な球体が風の如く物凄いスピードで僕とユウのいる校庭の林めがけて向かってきた。光速までとはいかなくとも恐らく車や、下手すれば新幹線より速いかもしれない。
「…な、何だあれ」
ユウにも見えているんだろうか。よろよろと震える指をそちらに差した。校庭にはその勢いで砂が舞い上がり傍から見てる人には強い旋風にしか見えないだろうが、獲物としてロックオンされてる僕は一瞬でとてつもない危険を察知した。
来る来る来る。こっちに来る。
「――――危ない!」
僕はとっさに横にいたユウを押し倒し身代わりになった。すると、球体は僕の体に溶け込み、同時に雷が直撃したかの様な強い電流が走った。目の前にはもやがかかり急に息が苦しくなり、頭の中には金切り音が響き渡る。死んでしまうかもしれない。ジンジンと熱い痺れで手先が動かなくなり隣にいるユウに助けを求め声を掛けようとしても、うまく声すら出せなくなっていた。すると突然、雑音混じりの掠れた若い男の声が僕の頭の中に流れてきた。
「…て…て…ぉ…ひ…」
途切れ途切れでを言っているのか全く分からず、そもそも僕が理解できる言語かすら怪しかった。
でも、一つだけ察せた事がある。それは、彼がとんでもなく疲れ果てているという事だ。それは、死ぬ事すら許されず永遠とこの世に生を持つという十字架を背負った亡者の様だ。
しかし、そんな事より僕は意識が朦朧とし始め、隣りにいるユウの顔すら見えなくなっていた。
「ぁ…うぅ…。だ、誰だ…」
そうフラフラと弱い意識にかられながら謎の男に問いただすと、急に体が重くなって僕は倒れてしまった。
「お、おい!」
隣でユウがどうすればいいか分からず、呼びかける声を最後にそれからの記憶は全く無かった。
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