親思う心に勝る親心 #1
春の暖かさを届けていた日が、少しずつ沈みかけていた。
暖かな春風がふく街道で、御者が馬車を止めた。
その中からクロムを先頭に、四人のメンバーからなるパーティーが降りてきた。
馬車を見送ると、四人は街道から伸びる道を歩き始める。
道の先には、それほど大きくはないが城壁に囲まれた町が見えている。
「あれが、アンバーちゃんのお父さんとお母さんが働いている町なの?」
クロムは隣を歩くアンバーに尋ねた。
アンバーは、涼しげな黒いワンピースを着て、肩からは大きなカバンをタスキにかけていた。
だいぶクロムとの会話にも慣れてきたけれども、それでもどちらかといえば内気な感じで答える。
「は、はい。冬の間は、雪で覆われて山菜取りなどできないので、毎年出稼ぎに……」
「でも、えらいねー。あの村で留守番をしていたんでしょ」
「おじいとおばあがいるので、そこまで寂しくはありませんでした」
仲良く会話する後ろを、ラーセンとオリーブがついていく。
二人は、道の両端に広がる畑を眺めていた。
畑では、夏野菜の種を蒔く農夫たちがちらほらと見える。
しかし、少し遠くにある川沿いの畑は、少し様子が異なっていた。
「ラーセンさん、あのあたりの畑」
「ああ、ちょっと作業が遅れているようだな」
「時期的に、そろそろ終わらないといけないと思うんですけどねえ」
「何かトラブルでも起きているのかもしれないな」
若いメンバーとベテランメンバーが、それぞれ会話を交わしながら、アンバーの両親が出稼ぎに出ている町に向かっていた。
アンバーの両親を訪ねようというのは、ラーセンの提案だった。
目的は二つ。
一つは、アンバーをパーティーのメンバーとして連れていくことについて、きちんと両親の許諾を得ておくべきだということ。
もう一つは、アンバーが会いたいと言っている魔法使いについて、どこにいるのかそのヒントを聞きたいということ。
ラーセンがその目的を村長に伝えると、村長はアンバーの両親が働いている町の名前を告げた。
そして、二人に事の次第を伝えるための、簡単な手紙をラーセンに渡した。
(さて、事が単純に済めばよいのだが)
そんなことをラーセンが考えているうちに、一行は町の入り口までたどり着いた。
入り口で簡単な身分確認を行い、通行税を払う。
クロムも、少しずつこの手続きに慣れてきて、すんなりと町に入れるようになった。
町の入り口には、噴水がある少し大きめの広場があった。
広場につながる道は、農作業を終えて畑から帰ってきた農夫たちが、歩いていた。
そして、少し早めに収穫を始めた麦を買い求めるために、空の荷馬車を引いてやってきた、行商人らしき人たちもいる。
「さーて、アンバーちゃんのお父さんたちは、どこにいるのかな」
クロムがキョロキョロと町中を見渡すのを見て、オリーブは、はぁ、とため息をつく。
「クロちゃん、最近少しは旅慣れてきたかと思ったけど、まだまだねえ」
「酷いなあ、オリーブさん。結構スムースに町に入れたつもりですけど」
「町についたら、まず何をするんだっけ?」
クロムは、少し頭を捻った後、ハッと思い出したかのように答える。
「宿探し、ですね」
「はい、正解。アンバーちゃんも慣れない長旅で疲れているだろうから、まずは拠点を作って一休みよ」
「ごめんねー、アンバーちゃん」
両手をパンと合わせて謝るクロムに、アンバーは全然気にしてませんよ、という笑顔を向ける。
そんな笑顔を見て、クロムはアンバーの可愛さを再確認していた。
クロムとオリーブがいつもの言い争いをしているうちに、旅慣れたラーセンは広場の案内板に、近くの宿屋の情報があるのを見つけていた。
その情報を元にラーセンがスタスタと歩いていくのを、クロムが慌てて追いかける。
その後を、オリーブとアンバーもついていく。
「ごめんね、アンバーちゃん。クロちゃん、いつもあんな感じだから」
ちょっと呆れたように謝るオリーブに、アンバーは軽く首を振って答える。
「でも、クロムさんといると楽しいです。なんだか、お姉ちゃんができたみたいで」
そう言ってから、ちょっと恥ずかしくなったのか、アンバーは俯いてしまう。
そんなアンバーを見て、オリーブはちょっとからかいたくなって、要らぬ入れ知恵を入れてみる。
「それなら、そのうち『クロムお姉ちゃん』って呼んでみたら。クロちゃん、きっと喜ぶわよ」
「そ、それは、もう少し、仲良くなってからに、します……」
そういうと、アンバーはますます俯いてしまった。
そんな感じで赤面しているアンバーに、当のクロムが声をかける。
「アンバーちゃーん、オリーブさーん。宿はここですよー」
その声の元におずおずと歩き出すアンバーを、オリーブは、全く可愛いわねえ、という感じで見つめていた。
ラーセンが見つけた宿は、この町では比較的大きな宿だった。
三階建てとなっていて、一階は受付兼食堂になっている。
表通りの人の多さが、そのまま宿の中にも持ち込まれているようで、受付には列ができていた。
ラーセンはその列に並ぶ。
クロムも、こう言った旅の手続きについて学ぶために、ラーセンと一緒に列に並んでいた。
オリーブはアンバーと共に、待合室に設置されていたベンチに座り、手続きが終わるのを待っている。
やがてラーセンの前の客が受付を済ませると、受付嬢が挨拶をしてきた。
「『麦の穂』へようこそ。お泊まりでしょうか?」
クロムがラーセンの方を向くと、今日は自分でやってみろ、というふうに目線で合図を送る。
クロムは受付嬢と向かい合うと、手続きを始める。
「はい、四人でお願いします」
「何泊ほどされますか?」
「一週間を予定しています」
「食事はどうされますか?」
「朝食と夕食を、お願いします。昼は外で食べる予定です」
「お部屋の割り振りは、どうなさいますか?」
部屋の割り振りと聞いて、ハッとクロムの表情が変わる。
今までは、ラーセンとオリーブが同部屋で、クロムが一人部屋という割り振りだった。
納得はしているけれども、ちょっと寂しいなとクロムは思っていた。
しかしアンバーがパーティーに加入したので、これからはクロムも夜一人ではない。
その事実に気づいたクロムは、グッとテンションが上がった。
「男性二人で一部屋、女性二人で一部屋、でお願いします!」
それまでの質問に比べて、だいぶ大きな声で返答をする。
受付嬢は、机に置いてある台帳に口頭でやりとりした内容を書きつけていく。
そして、部屋の鍵を渡すと、奥の階段を指差した。
階段を二つ上った三階に、クロムたちの部屋は並びで用意されていた。
クロムが扉を開けて中に入ると、それほど大きくはないがさっぱりと整えられた部屋であることがわかる。
奥まで進んで窓を開ける。
そこからは、町を囲む城壁と、さらにその先にある田園風景が見えた。
「お、お邪魔します」
控え目な声と共に、アンバーが部屋に入ってきた。
クロムは、改めてアンバーと相部屋になったということを自覚する。
「ようこそ、アンバーちゃん。今日は一緒だね」
「は、はい」
それがとても嬉しいクロムは、ついつい必要以上にアンバーに話しかけてしまう。
「そうそう。さっき受付をした時に教えてもらったんだけど、この宿、なんと共有浴場があるんだって! 一緒に入らない?」
「お風呂!」
お風呂があると聞いて、アンバーの表情がほんの少しぱあっと明るくなる。
山で暮らしていたアンバーにとって、体を綺麗にするのは、水かお湯で絞ったタオルで体を拭くことくらい。
町には風呂というものがある、と両親から聞いていたアンバーは、密かにお風呂に興味を持っていたのだ。
「そうなの。結構立派らしいの。善は急げよ。早速行きましょう。着替えはもった?」
「今、出すので。ちょっと待っててください」
「もちろんよ。アンバーちゃんを置いていったりはしないから、安心して」
隣の部屋から聞こえる歓声と、そして部屋を出て廊下を歩いていく音が小さくなっていくのを聞いて、オリーブは部屋に用意されていたポットから水をコップに注ぎ、そしてくっと飲み干した。
そして大きく伸びをすると、ラーセンに向かって話しかける。
「相変わらず、若い子達は元気ねえ」
「ああ、全くだ」
ラーセンも、荷物を解きながら答える。
「さて、明日からどうしますか?」
「村長からの手紙には、アンバーの両親が働いている地主の住所が書かれていた。まずはそこを尋ねてみよう」
「なあに、あっさり見つかりそうね」
「苦労せずに見つかるなら、それに越したことはない」
確かに、という感じで頷くと、オリーブも荷物を解き始めた。
その後、すっかり日も沈み、ラーセンとオリーブが持参していた魔法書をだいぶ読み進めたところで、ようやく部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「すみません、遅くなりました」
「クロちゃん、遅いわよう。お風呂で溺れたのかと思っちゃったわよ」
「久しぶりのお風呂だったもので、つい」
「もう。早くしないと、夜ご飯食べられなくなっちゃうかも」
「それは大変。アンバーちゃん、準備していきましょう」
「私たちは、先に行ってるわ」
そう言い残すと、オリーブとラーセンは、読んでいた本を片付けて部屋を出る準備をし始めた。
クロムもアンバーを連れて、部屋に戻った。
部屋に置いてあった、温風を出す魔具のついた道具で、丁寧にアンバーの髪を乾かす。
そして、自分の髪もざっと乾かすと、貴重品を持ってアンバーと一緒に部屋を出た。
一階にある食堂は、町に来た時に見た行商人たちで賑わっていた。
クロムがぐるりと見渡すと、窓際の広い机にラーセンとオリーブが座っていた。
アンバーの手を引いて、クロムはそのテーブルへとかけていく。
「結構かかったわねえ」
「女の身支度は、時間かかるんです。ねぇ、アンバーちゃん」
突然同意を求められたアンバーが、反射的にこくりと頷く。
「まあ、いいわ。特に急ぎの用事があるわけでもないし。それより座りなさいな。二人の好きそうなもの、頼んでおいたから」
「ありがとう、オリーブさん。今日は珍しく優しいですね」
「あらあ、あたしはいつも優しいわよ。特にアンバーちゃんには、ね」
「もう、いつも一言多い」
そんな楽しげな会話を聞きつつ、ラーセンは周りの行商人たちの会話も聞いていた。
その中には、町に至る道を歩いている時に見た、種まきがされていない畑について話しているものもあった。
種まきができないのは人手が足りないわけではなく、畑自身が種まきができる状態でないこと。
その理由が、川上から汚染された水が流れていること。
地主は、それが原因で困っているものの、どうすれば良いか悩んでいるらしいこと。
概ね、そのような会話が取り交わされていた。
程なく、ラーセンたちのテーブルに食事が運ばれてきた。
周りの畑で麦や新鮮な野菜がたくさん取れるこの町の料理は、これまでの宿の料理とは一線を画していた。
まず、皿にたっぷりと盛られたサラダが目をひく。
そして、白パン、黒パン、バケットなど、様々な種類のパンも食欲をそそる。
あとは、燻製肉を薄く切ったものと、そしてアンバーの住んでいた村で振る舞われたチーズもあった。
「さあ、食べましょう」
手際よくみんなの皿にサラダを取り分けたクロムは、待ちきれないかのようにこういった。
美味しそうにご飯を頬張るクロムを見ていたアンバーも、手にした白パンをちぎりながら食べる。
しかし、明日半年ぶりに両親に会うかと思うと、少し緊張していた。
まして今回は、ただ会うだけではなく、旅に出ることを伝えて、許してもらわなければならない。
普段あまりお願い事をすることのなかったアンバーにとって、それはなかなかにハードルの高いことに思えた。
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