ラドゥとアムリタの雫
☆ほしい
第1話
暁の光が、デヴァプラの街を柔らかな金色に染め始める頃、アマラは目を覚ました。
色鮮やかな壁に囲まれた小さな家の中庭から、ひんやりとした空気が流れ込んでくる。ジャスミンの花の甘い香りと、遠くの寺院から聞こえる朝の祈りの鐘の音が、新しい一日の始まりを告げていた。
アマラはゆったりとしたサルワール・カミーズに身を包むと、まず中庭に置かれた小さな祭壇に向かった。
素焼きの小さな灯明皿(ディヤ)にギーを注ぎ、綿の芯に火を灯す。揺らめく炎に、今日の無事と、ささやかな夢の成就を静かに祈った。
彼女の聖域であり仕事場でもある台所は、家の心臓部だった。壁にはスパイスを入れるための小さな壺がずらりと並び、空気はカルダモンとシナモンの香りで満たされている。
今日、アマラが挑戦するのは、菓子作りの神様とも言えるガジャラージがこよなく愛するお菓子、ラドゥだ。もうすぐやってくるディワリ祭りで、彼に捧げるための特別なラドゥ。その試作なのだ。
アマラの手には、不思議な力が宿っていた。彼女が幸せな気持ちで心を込めてお菓子を作ると、材料たちは喜ぶように輝きを増し、食べた人をほんの少しだけ幸せにする力が宿る。
彼女は深く息を吸い込み、心を穏やかに整えた。
真鍮の大きな鍋を火にかけ、黄金色の澄ましバター、ギーを溶かす。鍋の中でとろけるギーは、まるで太陽の光を集めたようにきらきらと輝いた。
そこに丁寧にふるったひよこ豆の粉を加え、木べらでゆっくりと混ぜていく。焦がさないように、愛情を込めて。
やがて台所中に、ナッツのような香ばしい匂いが立ち込めた。それは、幸福そのものの香りだった。
粉に火が通り、砂糖とカルダモンの粉末、砕いたピスタチオを加えて混ぜ合わせる。
粗熱が取れた生地を、アマラは少しずつ手に取り、優しく、優しく丸めていった。一つ、また一つと、手のひらの中で生まれる黄金色の小さな太陽。
見た目は完璧。香りも最高。
アマラは一つをそっと口に運んだ。
「……おいしい」
間違いなくおいしい。甘さは完璧で、口の中でほろほろと崩れる食感も理想通りだ。
でも、何かが足りない。ガジャラージ神が「これは素晴らしい!」と、その大きな象の顔をほころばせるような、特別な「喜びのきらめき」が。
それは、技術や材料だけでは決して生まれないものだった。
アマラが少しだけ眉を寄せて考え込んでいると、戸口から涼やかな声がした。
「アマラ? いい香りがするわね。お茶の時間かしら?」
振り向くと、そこに立っていたのは親友のリラだった。
リラは天女アプサラスの血を引いており、その身のこなしはまるで舞を踊るように優雅だった。彼女は街の寺院で舞踊を教えながら、人々の心を癒している。きらめくシルクのサリーをまとった彼女が部屋に入ってくると、そこだけぱっと華やいだ。
「リラ! 来てくれたのね。ちょうどお茶にしようと思ってたところよ」
アマラはすぐに小鍋に牛乳と水、茶葉とスパイスを入れて火にかけ、甘く煮出したマサラチャイを用意した。
リラは出来上がったばかりのラドゥを一つ、優雅な仕草でつまむ。
「まあ、なんて美味しいのかしら。あなたの作るお菓子はいつも、食べた人の心を温かくしてくれるわ」
「ありがとう。でも、まだ何かが足りない気がするの。ガジャラージ様に捧げるには、もっとこう……心躍るような何かが」
リラの言葉に励まされながらも、アマラの表情は晴れない。
リラは温かいチャイの入った素焼きのカップを両手で包み込み、ふわりと微笑んだ。
「あなたはいつも完璧を目指すわね。でも、一番大切なスパイスは、あなた自身の心の中にあるんじゃないかしら? 焦らないで、アマラ。あなたの優しさがこもっていれば、きっと神様はお喜びになるわ」
リラの言葉は、いつもアマラの心を軽くしてくれる。
二人はしばらく、中庭に咲く花を眺めながら、穏やかなお茶の時間を楽しんだ。
リラが帰った後、アマラは決心した。足りないのは、きっと「新しい発想」だ。そして、特別な材料。
彼女は買い物かごを手に取ると、デヴァプラで最も活気のある場所、中央市場へと向かった。
市場は、生命力そのものだった。色とりどりのサリーや布地を売る店、山と積まれたスパイスの芳香、焼きたてのナンの香ばしい匂い、威勢のいい野菜売りの声。
遠くには寺院の塔(シカラ)の先端が見え、人々の祈りと生活が混じり合っている。アマラは、この場所にいるだけで心が躍るのを感じた。
「そうだわ」
アマラはふと足を止めた。
彼女の目に映ったのは、蜂蜜売りの老人が大切そうに抱えている小さな壺だった。その蜂蜜は、ヒマラヤの奥深く、神々の庭でしか咲かないという伝説の花から集められたものだという。
そして、その隣には、一滴で心に光を灯すと言われる奇跡の甘露、「アムリタ」の雫が入っているという、小さなガラス瓶が置かれていた。もちろん本物のアムリタではない。けれど、人々はそう信じて、お祝い事の際にほんの少しだけ買い求めていくのだ。
これかもしれない。
アマラは、今日のお菓子作りで得た稼ぎのほとんどを差し出し、その小さな瓶を譲ってもらった。ガラス瓶の中で、雫は朝日を受けて虹色に輝いていた。
これを使えば、きっと。
希望を胸に、アマラは再び家路についた。
彼女の心は、次に作るラドゥへの期待で、あたたかく満たされていた。
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