3.11 池原包囲網
地蔵山での駄犬との戯れから一夜明け。
僕はスマホから顔を上げて告げる。
「禍具流出犯である池原の所在が割れました」
カフェかのこで大盛りナポリタンを頬張る本郷も顔を上げた。
「ここ数日あちこちで市木という悪魔が、種はどこだ、池原はどこだと聞いて回ってるようです。偽名も考慮に入れた上で、市木と市木の探す池原の情報に僕は賞金をかけました。現在複数タレ込みがきてます。ついでに別件ですが、潤さんが壊滅させた神奇の下っ端もなぜか種と池原を探してるようです」
本郷の表情が固く引き締まった。
「市木がなぜお仲間の池原を追っているのかは不明ですが、大方取り分で揉めたか池原が売上を持ち逃げしたかでしょう。よくある話です。潤さん、いけますか?」
「大丈夫だ」
本郷が瞑目し、ズボンを握る。
僕は続ける。
「池原は木賃宿を転々としているようです。逃げられる前に。刀を鞘から抜く時です」
本郷が峻烈な顔で、「ああ」と応じた。
*
ガラガラの安宿の二階の部屋には、まさにこれぞ人攫いという光景があった。
ゴロツキの男二人が冴えない若者に猿轡を噛ませ、スーツケースに詰め込まんとしていた。
「
僕の指示に、本郷が猟犬の如く
「ナンっだテメッ!」
中国語訛りで威嚇する一人目へ、本郷の前蹴りが飛ぶ。
膂力、キレ、バネ、身体操作。
すべてが異次元の水準で放たれる蹴撃は、巨漢を軽々と窓際まで弾きとばす。
「いきなぁり何すんだ犬、殺してやるネ!」
腰の引けた怪しい発音の威嚇への返答は回し蹴り。
鮮烈な足刀は二人目も窓際へ。
度重なる衝撃に耐えきれず、ボロ宿の窓枠が外れて男らは地上へ落ちていった。
窓の向こうでは地面にガラスが降り注ぐ音。
そして悲鳴。
白昼堂々の凶行に流石の僕も渋面を浮かべる。
「……死にましたかねコレ?」
恐る恐る覗き込むと、ゴロツキらは腰を押さえながら立ち上がり、停めてあったバンに乗り込んで走り出した。
頑丈なやつらだ。
「無事、ということは悪魔。神奇の兵隊でしょうか。まあ今は捨て置きましょう」
僕は池原と思しき男の拘束具を外し、様子を伺う。
二〇代半ばくらいか。眼鏡をかけた丸っこい顔の、ぽっちゃりした小男だった。
「大丈夫ですか? もう安心してください。安全です」
僕は捕まえにきたことなど
「あ、あなたたちは……!?」
「時間がありません。ついて来て助かるか、さっきの連中に捕まるか、いま選んでください」
考える暇など与えず、僕は誤った二択を与える。
そして「緊急」、「いますぐ」。
期限付きで迫られると、人は合理的に考え選択する能力をなくす。
「つ、連れてってください!」
バカめ、まんまと引っかかったな。
これで誘拐する手間が省ける。
僕のえげつない演技にドン引きする本郷へ、「余計なこと喋って気取られるなよ」と目配せる。
僕は地下監獄の出張誘拐をキャンセルし、従業員へ修繕費を渡してタクシーを拾った。
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