28.花が咲くように
目を閉じ胸に手を当て想像する。瞼の裏から見える黒い世界に"月"をイメージする。ソラは冥月王に託された月を自身の中から取り出そうとする。人魚の長老は真剣に見守る。オトは応援するような表情でソラを見る。
球体。表面の凸凹、クレーター。淡い黄色い発光。ソラの頭の中で空想にリアリティを足す。ソラの胸がほのかに光る。胸に当てた手の隙間から淡い輝きがこぼれる。気づいた長老の目がわずかに大きくなる。
ソラの手に押されるような感触がある。手は少しずつ前へ前へと進む。面から半円、球体へと月は姿を現す。淡い黄色の光、月自体は白みを帯びる。ソラはゆっくり目を開け息をつく。
光の強さに目を細めながら、ソラは胸の前に浮かぶ"自分の月"を見つめた。手を離しても月は胸の前で留まる。月の光と興奮がソラの目を輝かせる。長老が語る。
「月の与える力は"引力"。
冥月王がやったように周囲の重力を強めて相手を地面に押さえつけたり、
逆に自分の方へ引寄せることもできる。」
オトは重力で押さえつけられた感覚を思いだし渋い顔をする。ソラは手元の月を見つめる。
「その月は冥月王の魔力の象徴のようなものだ。」
長老は一拍置いて続ける。
「個人の魔力量には限界がある。周囲に満ちる魔力を操れれば魔力の消費は抑えられるが魔力制御は高等技術。一晩で身につくものではない。」
「だが……」
「その月があることで自分の魔力を消費せず術を行使できる。
いわば、"重力を操れる魔道具"と思っていい。」
長老の話を聞きながらソラは使い方を考える。この世界ではイメージが魔法に変わる。月の引力と聞いてソラが思い浮かべたのは潮の満ち引き。
荒れる海を想像する。鬼の乗る船がもたらすあの嵐を思い出す。
…それが、まずかった。
月の周りに波が起こった。しだいに月を中心に小さな渦ができる。人魚の長老はこの時点で気づく。
「いかん。その想像は危険だッ…」
慌てた長老はソラを押し倒す。残された月を自身の尾びれで強く上空へ弾き飛ばす。両手から水球を出して月めがけて飛ばす。さらに海上へと月を押し上げる。
倒れたソラにオトが心配して駆け寄る。ソラは上半身を起こし月の行方を追う。上空に巨大な渦ができる。球体となった渦はさらに力を増す。渦の中を稲光が駆ける。その光が寝静まった海底都市を不気味に照らす。
オトは唖然とし口を開ける。横目でソラを見る。呆然とする少年の横顔を見ながら彼の才能に驚愕する。
嵐は勢力を増す。渦は海中を大きく回す。渦が膨らむ音が水を震わせ、鼓膜を打つ。はるか上空で起きた海流の乱れがソラ達の周りの水まで震わす。身体ごと引きずり込まれるような圧力。
オトが突然うずくまる。なにかに怯えるように震えるオトを見てソラの不安が増す。オトは嵐を見て過去のトラウマを思い出していた。あの穴に閉じ込められたあの日のことを…。
「イメージを止めろ少年っ‼
このままでは海底都市が嵐に飲まれるっ‼」
長老の強い口調にソラは背筋を伸ばす。しかし、どうすればいいかわからない。あの船のこと、嵐のことは頭から離れてるはずである。だが、月の引力はイタズラに海中を渦巻く。
「いや、いや…いやっ。」
オトが小さく声をもらす。震える声がソラの恐怖を煽る。ソラは地面にしゃがみこむオトの肩にそっと手を置く。肩が小刻みに震えていることに気づく。顔をのぞきこむと不安と恐怖で歪んでいる。今にも泣き出しそうな顔。
その顔を見てソラは思う。自分のイメージのせいでオトにこんな顔をさせてしまった。違うんだ。ぼくがオトにしてほしいのはこんな顔じゃない。ぼくが守りたいと思ったオトの顔は……
その時、頭上で破裂音が聞こえた。一瞬まばゆい光が辺りを包む。海底都市全体を覆う光にソラは目をつぶる。
目を開け上を向く。そこにはなにも見えず海中の闇だけが広がっていた。月が消え嵐も消えた。ソラの胸だけが嵐の余韻のように震えている。オトはゆっくり呼吸を整えている。
長老は見ていた。嵐の行く末を。破裂音と共に光って消えた嵐。それはまるで花火。花が咲くように開き消えていった。
長老は思う。このソラという少年は危うい。
ーー"英雄"にも、"魔王"にもなりうる。
だからこそ導かねばならぬ。
月に呑まれる前に。
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