22.世界の命運
ソラと冥月王は睨み合う。ソラには時間が止まったように感じる。恐怖と緊張で感覚が狂っていく。冥月王の次の発言が遠い。周りの者たちも息をのみ静寂が訪れる。そして、脳が揺れる。
「今夜、日付が変わる時。」
冥月王の言葉を皆が理解できない。疑問符だけが頭に浮かぶ。それをわかってか王は続ける。
「我は眠りにつく。10日間の眠りにな。
すなわち、世界の危機は今夜、日付が変わる時に訪れる。」
神官の一人が腰の懐中時計を見る。あと、八時間。長老の顔が険しくなる。思っていたよりずいぶんと早い。
「異界の小僧よ。なぜあの娘の前に出た?死は怖くないのか?貴様は自殺志願者か?」
ソラは冥月王の目をそらさない。どこか王の雰囲気から威圧感が消えたように感じる。ソラは質問に答える。
「死は怖い…です。
でも、いや、やっぱりわからない。自分でもわからない。ただ守りたかった、オトを。
心が勝手に守れ守れって。そしたら体が勝手に動いたんだ。」
冥月王は少し上を向く。なにかを考え再びソラに視線を戻す。
「誰かを守るだと?
月の力が効かないだけでなんの対抗手段も持たないお前が?
我の前に出て何ができる?うん?」
ソラは答えられない。だが、恐怖は消えている。目の前の王からは確実に殺気が消えていた。
「なにもできないっ。」
脳裏に響くその言葉に先ほどまでの冷徹さが消え感情が宿る。
「貴様はなにもできない。
月の力が効かなくとも貴様を殺す方法などいくらでもある。
わかっているだろう?恐怖に震え足がすくむ。本能が逃げろと警告していたハズだ。
なぜだ?なぜ我の前に立てた?」
捲し立てるように言葉が脳に流れる。王の威圧感が増す。死の恐怖は無いがソラは唾をのむ。
「ぼくしかいなかったから。
誰もあの場で動けなかった。だから、動けるぼくしかオトを守れない。だから…」
脳に響く声は大きくなる。王が責める。
「だから、守れないだろう。貴様では我からあの娘をまも…」
「わかってるっ。」
冥月王が言い終わる前にソラが叫ぶ。それは力強く水中を揺らす。王は静かにソラの言葉を待つ。
「わかってるよ。でも理屈じゃないんだ。
どうなってもいいから守りたいって思った。理屈じゃない。
理由なんて求められても答えられない。」
冥月王は何も言わずに佇み静寂が訪れる。ソラから目線を外し下を向く。やがて右手を自身の胸の前に持ってくる。
小さな月、今度はビー玉サイズだ。右手をソラの胸の前に差し出す。長老やオト、周りの者は事態を飲み込めず混乱している。
小さな月はソラの胸に吸い込まれていきやがて消える。ソラも状況がわからず、眉を寄せる。なにをしたの?そう訪ねる前に脳に解答が届く。
「我の月の力を一部譲渡した。簡易的ではあるが貴様も月の重力を操れるようになった。」
一同は言葉の意味を理解できず何も言えない。長老は混乱していた。冥界の王が力を託す?何が起きている?何の気まぐれだ?問いただしたいが、何から聞けばいいかわからない。
そのうちに冥月王が動く。ソラに膝をつき、頭を下げる。その場の全員が目をむく。それには構わず王は語る。
「勇者よ。非礼を詫びよう。
我はこれより眠りにつく。自分の弱点をつかれ、世界に危機をもたらすことになるとは不甲斐ないばかり。
王の名を冠する者として貴様に世界を託す。その勇気と、意思をもって世界を救ってくれ。
頼むっ。」
冥月王はさらに深く頭をさげた。恐怖の対象であった絶対的な存在が今自分に敬意を払い頭をさげる。ソラの体に鳥肌が立つ。
ソラの返事をまたず冥月王の体は泡になる。やがて全身が消える。幽霊船も徐々に泡に代わり消えていく。
それは白昼の夢であったようにソラたちの前から消えていた。水中に漂う長老やソラたちを残して。
そして、ソラの心には世界の命運を託されたという意思だけが残った。
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