16.幽霊船が流れ着いた。
街行く人々は足を止める。時計台の方を皆が向く。そこからは不穏な鐘の音が鳴り止まず警告が続いている。周りの人々の不安な様子にソラは緊急事態だと察知する。
ソラは目の前に立つオトの様子を伺う。時計台の方を向いたまま眉をよせている。緊張はソラにも伝染し心臓の鼓動が早くなる。一声かけたいが、何を言えばいいのかわからず、混乱だけが顔に出る。
オトは一瞬はっとする。我にかえったように、真剣な顔になる。口元に手をもってきて指笛の構えをしようとする。その動作と同時、あるいは一刻早くオトの頭上に影が立つ。
スズキさん。イルカのスズキさんが彼女の元に戻ってくる。オトは素早くスズキさんの背びれを掴み、飛び乗る。左手で背びれを掴んだまま右手をソラに差し出す。どうやら、一緒に乗ることを促しているらしい。
二人と一匹は、時計台の方に向かっていく。オトが背びれを掴み、ソラがオトの腰に手を回す。混乱と不安のなかでもソラはオトに触れる感触に気恥ずかしさを感じていた。
まもなく時計台で鐘を鳴らす者の元へ到着する。オトが事態を説明するよう、男に促す。オトの声には緊張が混じる。
「なにがあったの?侵入者?」
男は鐘を鳴らすのを止め、やぐらの端に身をのりだし指差す。ソラとオトはその方向に首を向ける。黒い巨大な影が見える。ソラは一瞬あの雨雲を連想した。オトは睨むようにその影を見ている。
「船だよ。巨大な船が近づいてきている。
そんな船の発着は連絡を受けてないんだ」
男の説明に思わずソラが口を開く。船と聞いて恐怖があの太鼓の音を呼び起こす。腹の底まで響く太鼓の音を。
「それってあの鬼の乗った船?海中まで追いかけてきたの!?」
オトは静かに首をふる。
「違う。あの船は海中を移動できない。」
オトの声の緊迫感にソラはまだ安堵できないと感じる。オトは続ける。
「でも、安心はできない。予定に無い船が街の周りを航行してるなんて異常だ。
しかも、大きい。屋台船程度の大きさじゃない、あれは大型船。」
ソラは影に目を向ける。たしかにそれは大型の帆船のような形に見える。海中を渡る帆船は海底都市に迫ってくる。
帆船の見える方角から、魚群がやってくる。逃げ惑う魚たちにソラの不安は膨れる。街の人々も、自分の家に避難していく。
時計台の男は再び警告の鐘を鳴らし始める。その音がソラの胸の鼓動と合わさる。時計台の横でスズキさんの背に乗る二人はしばらく漂っていた。
穏やかに漂って見えるが、真剣なオトの表情からは目まぐるしく思考しているのがわかる。
「ねぇ、オトあれやっぱり近づいてきてるよね?」
ソラの不安は語尾を小さくする。巨大な雨雲のような黒い影となって現れた帆船は近づくにつれその全容を見せる。
広げられた帆はやぶれ、船体と船底にも無数に傷や穴があいている。使用されている木材は朽ち、今にも崩壊しそうである。船の軋む音が悲鳴のように聞こえてくる。海底に眠る沈没船が漂っているようにも見える。幽霊船そんな言葉が当てはまる。
屍が動きだしたような不気味さにソラの背筋が凍る。口からでる息が、冷気のように感じられる。
ソラから見えるオトの横顔にも、不安が伺える。しかし、その視線と口元には一歩も引かないという強い意志が感じられる。
街の端に影が伸びる。雨雲のように建物を黒く覆う。海底都市の上空に幽霊船が流れ着いた。
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