5.水面で魚が跳ねる音を聞いた
木造二階建て、家の横に農機具を入れる納屋がある。その納屋は古くなっていたため、一昨年改築された。家と比べて新しい納屋、二つが並ぶ光景はいくらかちぐはぐに見えた。
家の玄関を横切るように道がある。家の前の道は砂利道で少し進んだ先に舗装された道が続く。その反対側の道はソラたちが先ほど通った道とは違う森へと続いている。
その森に近づく途中で交わる道がソラたちが通った道である。
家の前には小さな畑があるが、祖父母は他に舗装された道路のさきに田んぼとさらに大きな畑を持っていた。
家自体はひらけた場所にあるが、周囲を森で囲まれているため、ここも涼しく過ごしやすい。
軽トラを停車した祖父はすぐに玄関に向かい引戸を開ける。
「ばあさん!ばあさん!ソラ連れてきたで。ばあさん!」
家に響くように祖父は叫んでいる。返事はない。
ソラも車から降り、ドアをしめる。すると、軽トラの死角から祖母が姿を現す。
「ソラくんか、ようきたね、スイカ冷やしてるで、お食べ。」
そう言って誰もいない家に呼びかける祖父のいる玄関の方に歩みを進める。小柄な祖母の背中を見ながらソラは困惑した顔であとを追った。
冷えた麦茶と、スイカをたべながら、ソラは畳の上に胡座をかいていた。脱いだ靴下は足の横に置いてある。クーラーをつけずともこの家の中は扇風機の風だけでも過ごしやすかった。
くつろぐ少年とは対照的に祖父母は忙しなく動いている。祖父は祖母にソラの面倒を頼み、田んぼの様子を見に行く言ってとまた軽トラで出ていった。 祖母は、お風呂と夕食の支度をしている。
二人がいなくなり、畳の上に腰を下ろすとソラは深く呼吸した。1日の疲れがどっとでたが眠気はなく、横になろうとは思わなかった。
部屋のテレビも見る気になれず、スマホも母に「着いた」とLINEを送ると放置した。
この静かな田舎の家は、ソラの住む都会とはかけはなれている、彼にとってはある意味異世界だった。
耳をすませても、車の騒音も、人々の声もしない。祖母の食事の支度の音と、ヒグラシ、木々と風が織り成す音、そしてどこから聞こえる奇妙な鳥の声……
そんな異世界でソラはなにもする気になれず、いや、なにもしないを楽しんでいたのかもしれない。しばらく、なにも考えず呼吸だけに集中していた。
気づくと四角いテーブルの上にあったスイカは片付けられ、祖母が忙しなく料理の皿を運んでくる。それに気づいたソラも台所へ向かおうとしたが祖母はぶんぶんと手をふり少年を休ませる。ソラはいくぶん落ち着かない、ここ数年は彼が食事の支度をしている。家事の苦労も知っている。その為、手伝いがあれば言ってほしかった。
いつの間にかテレビの電源がいれられ、時刻は16時45分となっていた。ぼんやりしている間に2時間近くたっていたことに気づく。
それから、五分ほどして祖父の軽トラが戻ってくる。
手土産のたこ焼きは夕食前だからという理由で祖母に取り上げられた。
午後5時、少年の感覚としては少々早い夕食が始まる。しかし、朝からほとんど食べていない彼にとっては待ちわびた瞬間だった。
白飯、味噌汁、惣菜の揚げ物、漬物、練り物、卵焼き、などなど。揚げ物などは普段食べない夫婦が少年のために買ってきて用意したのだろう。確かに揚げ物はソラの好物である。
それ以上に卵焼きや、具だくさんの味噌汁など祖母の作る手料理が大好きだった。
明日は寿司にしようと二人は相談していたがソラは内心、祖母の手料理を期待した。しかし、孫の為を思う二人の気持ちを察してそれは口に出さない。
風呂に入り、寝間着に着替え、居間で三人でテレビを見た。21時30分には二人は寝室に向かうと言い出した。
ソラにはまだ、テレビを見ているよう薦めるが彼も自身の寝室に向かう。彼に割り当てられた客間にはすでに布団が敷かれ寝れる用意ができていた。
クーラーを適温に設定し、布団にもぐる。今日干しておいたという布団はふっくらと、少年を包んだ。目を閉じ、電気を消した暗い室内には日中のセミのやかましさが消えた森の静けさだけが辺りを包んだ。
いつもよりずっと早い就寝だったが長旅の疲れのせいかすぐにソラの意識は夢の中へと誘われる。
現実から夢へ入り込む間にソラは、水面で魚が跳ねる音を聞いた。
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