3.爆心地は目の前、ステージの上

 乗車のアナウンスが流れたあと、少年は他の乗客に合わせて列に並び、スマホをとりだし、電子チケットをその画面に表示させる。

 

 待合室の乗り場へ繋がる扉から外に出ると、暑い空気と排気ガスの臭いに少年は不快感を覚えた。彼は他の乗客に習って、肩にかけたバッグをバスの下のトランクに預けた。背中のリュックは持ち込みの荷物として背負ったままだ。


 運転手にチケット画面を見せると、彼は番号を確認し少年をその席に進むように中へと通す。少年が車内に入ると運転手は次の乗客のチケットを確認していた。

 

 3のB。運転手の口頭での説明と、電子チケットにかかれた番号を頼りに座席を探す。

 手前から三列目、通路をはさんで二席ずつある席の運転席側の通路寄りの席、そこが少年の座席であった。

 

 リュックをおろし、座席の前のスペースに置いて自身も座席に腰をおろす。少年は一旦、息を吐いた。これにさえ乗れればあとは自動的に目的地に着く。途中で隣席(3A=窓側)の客が来たので席を立ち座席に通した。


 バスは定刻通り発車する。運転手から休憩場所と停車場所の説明のアナウンスがあり、つづけて連休中は渋滞が予想されるため、定刻より到着時刻が20分遅れるという連絡があった。

 電子チケットに記された到着時刻から遅れを足しただいたいの時刻を計算する。

 そして、思い出したように母と祖父にバスに乗車できたことをLINEで知らせた。K市のバスセンターまで迎えに来てくれる祖父には遅れる可能性も付け加えてメッセージを送った。

 それから、双方からの「了解」という申し合わせたような短い返事にやはり親子だなと少年は思う。

 少年は何を見るわけでもなく、車体正面の大きな窓から景色を眺めていた。窓際の席なら窓にもたれ掛かって寝ることも考えたがこちら側(通路側)ではそれも難しいと考えた。母と二人なら気楽に寝ることもできたのにと思った。

 

 少年は景色を眺めたり、目を軽く閉じたりしながら過ごしていたがあまりに退屈なのでバスに充電器をさせる差し込み口を見つけてスマホを充電する。そして、耳にワイヤレスイヤホンをつける。 

 

 スマホから音楽を再生する、彼の耳に聞き覚えのある歌声が届く。そのアーティストは今話題の人気歌手。圧倒的声量と表現力を武器に世界的に評価をうけている。少年も二度ほどそのアーティストのライブに母と行ったことがある。(母の担当作家の映像化作品の主題歌をその歌手が担当した縁でチケットが手に入ったのだ)

 最初はライブなど自分には場違いと思っていた少年だったが、開幕前、徐々にボルテージが上がっていく会場の様子、イントロが流れるとテレビ画面越しでしか見たことない拍手と歓声が目の前で、生で、少年の耳と目を、いや全身を刺激した。

 その瞬間、多感な年頃の少年の全身に鳥肌がたった、目から熱いものがこみ上げ頬を伝う。

 なぜ、自分が泣いているのかわからぬまま、次の瞬間、少年の耳に声の爆弾が届く。

 爆心地は目の前、ステージの上。16歳になった彼の身長は170cm、それよりも小柄なステージに立つ女性アーティスト。そんな彼女から放たれる声のミサイルは少年の鼓膜を容易く振動させ耳鳴りを起こさせた。

 

 少年は揺れる車内でそのライブの興奮を思い出しながら音楽を聞いていた。


 サービスエリアでの最後の休憩を終え、しばらくすると車内に最初の到着地を告げるアナウンスが流れた。降りる者に降車ボタンを押すよう促すアナウンスだった。ボタンは押されることなく、運転手が「お知らせがないので通過します。」と告げ、バスは最初の降車場所を通過した。 

 少年の目的地まではまだ数ヶ所の降車場所がある。最後のサービスエリアの出発の際に運転手から予想された渋滞もなく、定刻通り到着するという連絡があった。

 

 それを思い出し、少年は祖父にその事を伝えるメッセージを送る。

 

 何ヵ所かの停車場所でボタンが押され、何ヵ所かは通過する、それを繰り返すうちに少年の目的地の1個手前の降車場所のアナウンスが流れる。

 バスは高速道路をおり、K市内に入っていく。市内に入ってすぐにバスは停車し、何人かの乗客を見送る。発車後バスには少年の目的地を告げるアナウンスが流れる、すぐにボタンが押され少年は伸ばそうとした手を引っ込めた。

 

 カツ丼屋、ガソリンスタンド、コンビニエンスストア、ホームセンター、ドラッグストア。

 少年の記憶に残る景色が目に入ってくる。何度か母と訪れ見た風景。都会に産まれた彼の目には建物も小さく道幅も狭い、それはミニチュアのように写った。 

 しかし、街を囲む山々は雄大で都会のどんなビルよりも目を奪われる。


 次にバスが停車すると、少年はバスをおり、預けていたバッグをうけとる。

その様子を近くのベンチに座って見ていた老人が立ち上がり手をあげる。 

 そして、少年に声をかける。


 「おう、ソラ!よく来たな。疲れただろう」

 


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