第7話 死闘〜開戦の元素記号〜


「銀の元素記号を教えてやる」


 俺がそう言った瞬間、金剛寺の眉がピクリと動いた。


「……お前、俺を舐めてるのか?」


「舐めてると思うなら、撃てばいいさ。

ただ、お前が銀の元素記号を思い出すことは――

一生ないだろうけどな。」


 これは賭けだった。

 普通の奴なら、「そんなのどうでもいい」で終わる話。

 だが――こいつは、そうじゃない。


 おそらく筋金入りの完璧主義者。

 未解決の問題なんて、我慢ならないタイプだろう。


「……クッ、いいだろう。お前の望みを聞こう。」


 食いついた!


「俺は……撃たれても構わない。

だから、この子だけは助けてやってくれないか。」

 

 このセリフは、半分本音。


 俺なんかより――

 夢や希望にあふれているエマが、生き残るべきだ。


「ほう?」


「俺にはこの子みたいに仲のいい家族もいないし、 特に生き返りたい理由もない。それに……多分だけど、俺、同級生にフラれたショックで死んだっぽいし。このまま生き返ったところで、惨めなだけだからさ」


「最後くらい――カッコつけさせてくれないか。」


 しばらく沈黙が流れる。

 そして、金剛寺がふっと笑う。


「いいだろう。お前のその惨めさに免じて今回だけは、その女、見逃してやろう。」


 銃口が下がる。


「おい、女。さっさと失せろ」


「……いいの?」


「……ああ。行けよ」


 クールに決めたつもりだったけど――

 実際は、心も体も震えていた。


「じゃあ、答えてもらおうか。

銀の元素記号は?」


「……Agだ」


「…………」


「やっぱAgかよ、クソがっ!!!!」


 ――金剛寺が叫んだその瞬間。


「とりゃーーーーーー!!」

 

 エマの叫び声と共に、金剛寺の身体が横に吹っ飛ぶ。


「エマ!?」


 彼女は、金剛寺に跳び蹴りをかましていた。

しかも、完璧なタイミングで。


「悠真っ! ぼっとしてないで早くあれっ!」


 エマが飛び蹴りの勢いで吹っ飛んだハンドガンを指差す。

 俺は反射的にそこへ走る。


 ……エマを助けようとした理由の、もう半分は。


 ――もし、ここで俺たちが生き残れたとしたら。


 この先も彼女の隣で未来を歩けるかもしれない。

そんな淡い希望が、脳裏をよぎったからだ。


 いや、俺って単純だな。

 でも――

 人間、そういう“くだらないこと”のために、命かけられたりするんだよな。

 

 俺は転がった銃を拾い上げる。

 金剛寺は別のハンドガンを構えようとしているが、それをエマが必死に静止していた。


「放せ、クソ女っ!」


「離さないっ!」


 金剛寺ともみ合うエマ。

 その間に銃を握りしめ、汗で滑りそうな指を必死に抑え込み、金剛寺に銃口を向ける。


「お前、それを人に向けるって意味分かってるんのか? それで俺を撃ったら、人を殺すのと同じだぞ」


 脅すような金剛寺の声に、思わず足がすくむ。

引き金を引く指が石みたいに硬く重くなっていく。


 確かに――これはゲームじゃない。

 俺に、本当に“生きていた人間”を撃てるのか……?


「悠真っ!無理しないで!」


 エマの声が割り込む。


「撃てないなら、早くこの場から逃げてっ!

このままだと2人ともやられる!

……命懸けで私を助けようとしてくれた君には、死んでほしくない!」


 息が詰まった。

 逃げる……? 1人で?


 彼女を見捨てて――


 そんなの、できるわけないだろ。


 彼女を見捨てるくらいなら……人殺しになった方がマシだ!


 一度、深く息を吐いて、再度銃を構える。


 震える指先と必死にもがく金剛寺。

 ――なかなか照準が合わない。


 それでも、これまでの人生で最新FPSの銃型コントローラーを握り続けてきた感覚が、自然と俺の指先と視線を一致させてくれる。


 捉えた。


 パンッ――!


 銃声が響いた。

 金剛寺は崩れ落ち、彼の背後に“KILLED(撃破)”の文字が浮かび上がる。


 現実みたいな大量の出血も、苦悶も、なかった。


 俺は……撃った。

 人を殺した。


 だけど――彼女を守れた。


 それなら、この選択に後悔はない。

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