第8話 勝利の余韻〜さらば青春のおにぎり〜

 安堵の表情を浮かべながら、エマが駆け寄ってくる。


「悠真のおかげでまだ生きてる! 本当にありがとう!」


「いや、俺の方こそ助かったよ。エマが戻ってこなきゃ普通に死んでたかも。ありがとな!」


「見捨てる訳ないじゃん! ってか悠真にだけ辛い思いさせてほんとごめん! 私も一緒に背負うから、だから、あんまり気落ちしないでね。」


「大丈夫。……なにより、エマが生きてて良かった。」


 緊張の糸が切れた瞬間、足に力が入らなくなり、倒れそうになる。

 その身体を、エマが優しく抱きとめてくれる。

 柔らかい腕と甘い香りに包まれて――胸の鼓動が、じわじわと速まっていくのがわかる。


「私だけじゃなくて悠真もだよ。あんなふうに貧困地区の私を助けてくれた人なんて初めて。本当に嬉しかったよ。だから、2人で生きて帰ろ。」


 2人で生きて帰る――

 できれば俺もそうしたい。


 けど――


「2人で生きて帰るなんて、無理なんじゃ……?」


 弱音を吐く俺とは対照的に、エマの瞳は無邪気で、それでいて強く真っ直ぐに俺を射抜いてくる。


「今回悠真が勝ち残って、次は私が勝ち残ればいいじゃん! そしたら現実世界でまた会えるんだし――その時は、一般地区のレストランとか観光スポットとか、色々案内してよ!」


 なるほど、その手があったか。

 金剛寺の言ってた事が正しいとすると、今回のゲームでお互い良い成績を残して勝ち残れば、どちらかは生き返って、どちらかは次のゲームに参加する事が可能だ。


 で、エマと現実世界に戻れば、今まで俺1人では行けなかった場所にも2人で行ける!

 これまでとは違う人生を堪能する事ができる!


 ……ってか、それってデートってことだよな!? こんなにも可愛くて、純粋で、眩しい子と――デート。


 考えるだけで、顔が熱くなってくる。


「わかった! じゃあ必ず2人で生き返ろう。

……ただ、今回はレディファーストだ。エマが先に生き返ってくれ。必ず、その後を追うから。」


「ほんと? 絶対だよ! さっきみたいに“生き返る理由がない”なんて言って、簡単に諦めたりしちゃダメだからね?」


「安心しろ。もう言わない。生き返る理由なら――もうここにできたから!」


 言った瞬間、エマがきょとんと目を瞬かせる。

 ……やばい。

 恋愛経験ゼロの俺が、調子に乗ってキザったせいで、変な空気になってないか?


「……ふふっ」


 エマが小さく笑った。


「なんか悠真って、カッコつけるとちょっと不器用になるよね。でも……そういうの、嫌いじゃないよ。」


 囁きが耳をくすぐった途端、自分の頬が無意識に熱を増していく。

 救われた――ってより、余計にドキドキさせられた気がする。


「とっとりあえず食料調達にでもいかないか?

だいぶお腹も空いてきたし!」


「うん!いいよ! でも、その前に――」


 エマがふいに一歩近づき、俺の目を真っ直ぐに見つめる。

 吐息が触れそうな距離。

 エマの手が肩に触れ、胸の奥まで支配される。


「現世でフラれた可哀想な悠真を、慰めてあげる。」


 小さく笑ったその唇が、俺の方へと近づいてきた――。


 唇が触れそうな距離。

 心臓の音ばかりがやけに大きく響いて、世界がスローモーションになる。


 その瞬間。


 ――重たい銃声が響いた。


「……っ!?」


 エマの身体が、音と共に横に倒れる。


(なっ――!?)


 気配なんて、なかった。

 まるで空間の隙間から、いきなり現れたような感覚。


「うわっ、この銃けっこう重たいじゃん!?

片手撃ちだとちょいブレるな……。ま、慣れりゃ問題ないか!」


 静寂の中、20メートル程離れた石像の影から男の声が響く。


 青年っぽい声だが――どこか幼さも混じっていた。


 エマは……!?


 エマの周囲に”KILLED(撃破)”の表示は出ていない。ってことはまだ生きてる……?

 けど意識はない。動かない。


 とにかくこの男を止めないと……。


「じゃあ次は……この戦法、試してみるか!」


 男は、石像の影から影へと――

 静かに、滑るように移動してくる。

 まるでCG映像を見ているかのような滑らかさ。


(速い……!)


 俺は咄嗟に銃を構えて引き金を引く。


 けど――当たらない。

 あの動き、ただの体術じゃない。


 だが、俺だって――


 (FPS世界10位の男だ。動きの癖さえ見抜ければ……)


 タイミングを見計らって、深く一呼吸。


 狙いを定めて。


 捉えた――そう思った瞬間だった。


 耳が破裂しそうな爆音が押し寄せ、

 視界が――真っ白に


「な、なに……っ」


 聴覚だけじゃない。

 視覚すら、一瞬で奪われた。


(フラッシュ……いや、スタングレネード!?)


 気づいたときには、奴はもう俺の背後にいた。


「へぇ、このグレネード意外と使えるじゃん。

ってかそこのキミ、なかなか良いスジしてるね。ただ――」


 銃口を向けられる。 


「撃ったらすぐ移動しないと!

銃声で場所バレんの、割とあるあるだからさ。」


 それが、最後の言葉だった。


 パンッ――


 乾いた音とともに、俺の頭に衝撃が走る。


 崩れ落ちる体。

 薄れゆく視界。


 その隙間から見えたのは――

 エマに銃を向ける、あの男の姿だった。


 黒色のパーカー、金色の髪をフードで隠したシルエット、背中に見える白い王冠のロゴ。


(……その王冠……見た事がある……。)


 SNSで何度も見た、あの白い王冠。


 このパーカーを着てるやつは――あいつしかいない。


 FPS世界ランク1位。

 プレイヤーネーム――


《unlimited energy -アンリミテッド エナジー》

――通称アンリミ


(なんで、こんなやつが……ここに……)


 俺の意識は、完全に闇に飲み込まれた。

 

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