虐げられた姉はあやかし弁護士に溺愛される

またたびやま銀猫

プロローグ

プロローグ

 猫のしなやかな体が飛び出すのを見たとき、彼女もまた飛び出していた。

 声を出す余裕などなかった。

 迫りくる車の前に猫を抱き上げ、ただ走る。


 急ブレーキとともにクラクションの音が響き、彼女を轢く寸前で避け、車は走り去った。

 歩道の端で、彼女は猫を抱きかかえたまま、へなへなと座り込む。


「危なかった……」

 彼女はきょとんとしている猫に、にっこりと微笑みかける。

「道に飛び出したらダメだよ。車にひかれちゃうよ」

 振り返った彼女は、小さく「あ!」と声を上げた。

 ランドセルから落ちたリコーダーが、車にひかれてつぶれている。


「車にひかれたら、ああなっちゃうからね」

 猫は彼女に示されたものを見る。

 そこには、リコーダーの残骸があった。袋から飛び出しており、タイヤに踏まれた部分が割れている。袋には『渡辺奏海わたなべ かなみ」と名前が書かれていた。


 彼女は猫を地面に下ろし、次の車が来る前に、奏海は壊れたリコーダーを回収した。

「奥様に怒られちゃう……」

 彼女はしょんぼりとつぶやき、帰路をたどる。


 二股に分かれたしっぽを持つ猫はしばらく彼女のあとを追ったものの、途中で彼女を見失ってしまった。

 途方にくれたような目が、誰もいなくなった道路を見つめていた。

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